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「うるせえ! 文句があるならお前が百億トン持ってみろ!」
「持てるわけないじゃない! バカじゃないの!」
「百億トン? また冗談みたいな重さになったもんでござるな」
「想像の範疇外」
待ちに待った最終兵器の到着に、一同が色めき立つ。だが彼女らの注意が逸れたほんのわずかな一瞬を見逃すほど、混沌は甘くはなかった。
「危ない!」
虎徹が叫んだときにはもう遅い。
無防備な状態で宙に浮かんでいた美波に、混沌は銃床でのフルスイングを容赦なく叩き込んでいた。
一撃。しかし圧倒的質量による一撃は、如何な超越者といえど完全に防御しきれるものでははく、ジャストミートした野球のボールのように、もの凄い速度で美波をふっ飛ばした。
楓の声にならない悲鳴よりも速く、美波は校舎に叩きつけられる。壁をぶち破っても勢いは収まらず、校舎内の壁をいくつも壊していく音が聞こえた。
「美波ーーーーーーーーーーーーぃっ!」
「美波どのおーーーーーーーっ!」
美波が校舎に開けた穴から、土煙が漏れ出す。これだけで、中がどうなっているのか想像に難くない。
まだ濛々と土煙が立ち込める穴に向かって、楓と蒼雲が向かう。だが一人、虎徹だけは真っ直ぐ混沌に向かって駆け出していた。
「てめええええっ! よくもやりやがったなあ!」
地響きを立て、虎徹は走る。肩に担いだ大剣の握りを、いつでも振れるようにしっかりと固める。空を飛んでいた蒼雲が、一足早く穴に飛び込んだ。自分も駆けつけたい思いを死ぬほど堪え、美波のことは彼女たちに任せる。
敵意丸出しで向かって来る虎徹に、混沌が気づく。混沌は巨体ゆえに、フルスイング後の流れた体勢を元に戻すのに少々時間がかかる。今度はそこを虎徹が見逃さなかった。
「喰らえっ!」
混沌の右足に向けて、アペイロンが大剣を思い切り振りかぶる。刃筋も剣筋もクソもない、ただの全力バット振り。けれどアペイロンの力なら、そして魔王謹製の全特異点の属性を込めた大剣なら、必ずや混沌を倒してくれるに違いない。
そんな楓たちの希望を、そして怒りを込めた虎徹の攻撃はあまりにも単調で、
剣先が届く前に、アペイロンは混沌の左足に踏み潰された。
ずん、と子供が蟻を踏み潰すくらい呆気なく、アペイロンの姿は混沌の足の下に消えた。
「虎徹…………」
わずか数秒の間に二人も仲間を失い、頭の中が真っ白になった楓は、先に美波の救出に向かった蒼雲の後を追うことも忘れ、呆然と立ち尽くした。
まるでこれまでやられた恨みを晴らすかのように、混沌は執拗に左足を捻り、アペイロンを踏みにじる。その光景は白濁とした楓の頭を、怒りという真っ赤な色で染めた。
「……どけなさいよ」
歯を食いしばり、魔法のステッキを構える。
「その足をどけなさいって言ってるのよ!」
ありったけの魔力を込めて、連射する。弾は全弾狙い違わず混沌の、今もなお虎徹を踏みにじっている足に吸い込まれる。
が、それだけだ。すでに楓の魔法に抵抗力を持つ混沌には、風に吹かれたほども感じないだろう。それでも、楓は撃ち続ける。そうでなくとも引き金を引く指が、自然と三点バーストでの連射をこなしていた。
怒りを込めて吐き出し続けた弾丸が尽きると、急激に悲しみが楓を襲った。溢れ出る涙を拭こうともせず、引き金を引き続ける。だが出るのは虚しい空打ちの音と、自分の嗚咽のみ。
「やめてよ……。もう踏まないでよお……」
もはや今の楓には、混沌に懇願することしかできなかった。怒涛のように押し寄せる絶望と自分の無力さに、楓が思わず役立たずの魔法のステッキを混沌に投げつけようとしたそのとき、
「――じゃねえ」
地面を震わす地鳴りとともに、あの男の声がした。
「まさか……」
楓は涙で曇った目を見開く。けど相変わらず混沌の足と地面には隙間など無く、むしろ何度も踏みにじられて少し穿たれているくらいだ。そんな中で無事なはずがなく、さっきのは錯覚だったのだろうと思い直した矢先、
「いつまでも調子に乗って踏んでんじゃねええええッ!」
混沌の足が持ち上がり、下から虎徹が顔を出した。いや、虎徹が大剣を盾の代わりにして、混沌の足を持ち上げている。地鳴りのような音は、彼の背中から火山の噴火みたく盛大に噴出しているバーニアの音だった。
「こてつううううううううううッ!」
涙を振り切り、楓が歓喜の声を上げる。
「アペイロン《無限大》の名は、伊達じゃねえっ!」
虎徹の気合とともに、バーニアの噴射が勢いを増す。それに負けじと混沌も左足に力を込め、今度こそ踏み潰してやろうと体重をかけてくる。
最初は両者が拮抗していたが、アペイロンの最大噴射には際限というものが無く、徐々に虎徹が混沌を押し返してきた。恐るべきことに、あの冗談みたいな重量の大剣を持ったままだ。上に乗ってる混沌も含めると、総重量がいくらになるかはもう計り知れない。
「すごい…………」
もはや出来の悪い特撮みたいだった。自分の身体の何十倍もある火柱を背中から生やしたアペイロンが、遂には混沌の足を持ち上げて、巨人を転ばせたのだから。
「宇宙最強なめんじゃねえぞこの野郎!」
混沌の足をすくい上げた勢いのまま、虎徹は上空へと舞い上がる。楓は必死に目で追ったが、アペイロンはバーニアから出るロケット雲を残して、あっという間に見えなくなった。
大気を切り裂き、アペイロンは上昇を続ける。バーニアの噴射だけでなく、落下の加速を最大限に得るためだ。それにはどれだけの高度が必要になるか、虎徹には分からなかった。だからただ単純に、行けるところまで一気に上へ。それだけを考えて真っ直ぐ飛んだ。
雲をいくつも突き破り、気がつけば周囲に星が見えていた。どうやらここはもう、空と宇宙の狭間のようだ。
「飛び過ぎちまったな。まあいいや」
大気中での飛行は、宇宙とは勝手が違うがすぐに慣れた。大事なのは噴射の向きで、そこにさえ気をつければ後はまあ適当でも何とかなる。つまり、
「空から地上に向けて飛ぶ限り、いくら噴かしてもいいってことだよな!」
進路反転。頭を地上に居る混沌に向けると、虎徹はこれまで抑えていた噴射を、一気に解き放った。
「さあ、ぶった斬るぜ!」
初っ端から全開だった。それでも、この怒りをすべて吐き出すには全然足りなかった。むしろそのもどかしさが、新たな苛立ちを生んで噴射の威力が増す
「もっと! もっとだ!」
生まれて初めて大気圏再突入したときは、あまりの速度に小便を漏らしそうだったが、今はあのときの何倍もの速度で降下していてるのに遅く感じる。
流星のように全身に炎を纏いながら、混沌目がけて飛ぶように落ちる。目立つことこの上ないし、軌道も単調だから相手も準備しているだろう。現にアペイロンの超視力で見た混沌は、バッターボックスに立つ打者のように、銃を構えてスタンバっていた。
その姿に、銃床で殴り飛ばされた美波の姿が思い返され、虎徹の怒りがさらに燃え上がる。
「世界や誰かを守るために戦うのがヒーローだったが……、いま俺は、俺個人の怒りでお前を倒す!」
背後に気を使わなくていいので、全力でバーニアを噴射できる。虎徹は大剣を振るのをやめ、速度を生かした刺突に賭けることにした。これまでの経験上、素人が振ったところで上手く切れないと考えてだ。
地上で待ち構えていた混沌が、見る見る迫り来る。否、自分がもの凄い速度で接近しているのだ。もう作戦もクソもない。ただ己と仲間を信じて、全力でぶつかるだけ。力と力のガチンコ勝負だ。
剣先を混沌に向ける。混沌も突撃銃を大上段に構え、大根切りの体勢に入る。互いのミートポイントまで、あと五秒。
「勝負だ、この野郎!!」
虎徹が吠えると、呼応して混沌も吠える。
「いっけええええええええええっ!」
握り拳を高々と突き上げ、楓も叫んだ。
激突。混沌と虎徹を中心に、衝撃波が放射状に走る。
混沌の突撃銃と、アペイロンの大剣がぶつかり、物理的反応と魔術的干渉が同時に起こる。発生する衝撃波と電磁乖離する大気に、楓は落ち葉の如く煽られて転がる。
銃床と切っ先の接点では、魔術的干渉がピークだった。混沌の特異点に対する免疫と、すべての特異点を混合した新たな特異点とのせめぎ合い。それはまるで、互いを殲滅し取り込もうとするバクテリアたちの戦いのようだった。
明日も更新します。
次回が最後です。




