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「――とにかく、この人が振れない剣になっちゃったから、後はもうあんたしか居ないってワケよ」


 どれどれ、と虎徹が試しに剣を握ってみると、確かに桁外れに重い。だがアペイロンなら辛うじてではあるが持てる重さだ。地面から大剣を持ち上げ、スズキを解放する。


「どうでもいいが、魔法で重力を遮断するとか、他にやりようはいくらでもあっただろ」


「それができりゃあ最初ハナっからしてるっつーの……」


 両手をさすりながらスズキが解説するには、大剣には上位の魔法をかけているところなので、それより下位の魔法は効果がないのだ。なので魔王にできる補助も、剣ではなくこの一帯の地面に防護魔法をかけ、大剣と持つ者が重みで地面に際限なく沈んでいかないようにするくらいだった。


「それに、どのみちこの手じゃもうコイツを振れそうにないからな……」


 篭手を外したスズキの両手は、どす黒く内出血していた。


「おい、大丈夫かよ? すげぇ色だぞ」


「三人目あたりで剣を支えきれなくなってな。油断してたとは言え、お前もさっき見たとおりだ。両手が地面と熱烈なキスをしちまったよ」


「あたしも術に集中してたから、咄嗟にカバーできなかったの。こうなることが分かってたら、まだ少しは何とかできたかもしれないのに……」


「お前のせいじゃないよ。俺の鍛え方が足りなかっただけだ」


「いや、鍛えたところで一億トンは無理だろ」


「というわけですまないが、後はお前に任せた」


 自分の役目はここまでだと、スズキは自分の不甲斐なさを恥じつつ、後のことを虎徹に託す。


「いい? まだあなたの分が残ってるから、どこまで増えるかは分からないわよ?」


「いいさ。いくらなんでも地球よりは重くならないだろ」


 だといいわね、と微笑して小さく呟くと、魔王は呪文の詠唱を始めた。


 オペラを歌うような朗々たる魔王の詠唱によって、さらに属性が一つ大剣に上書きされる。その感触は大量に血を抜かれているみたいで、虎徹は貧血に似た軽い目眩を覚えた。身体が軽くなっていく錯覚を感じる傍らで、手の中の大剣はぐんぐん重くなる。虎徹は取り落とさないように慌てて柄を両手でしっかりと握り直す。


 重い。さっきより確実に重量が増している。虎徹はアペイロンになって初めて、物が重いという感覚を味わった。


「く……、コイツはちょっとばかしキツくなってきやがったぜ」


 虎の顔が歯を食いしばると、長く鋭い牙が剥き出しになる。


「集中しろ。一気に来るぞ」


 経験者であるスズキの忠告に、虎徹の手にさらに力がこもる。すると忠告どおり、加重が一気に来た。


 思わず膝が曲がり、腰が落ちる。辛うじて踏ん張れたのは、直前にスズキの忠告があったからだ。


 始まってから何十分経ったのか。いや、何分も経ったのだろうか。時間の感覚はすでに無い。魔王の詠唱はまだ続いている。正直そろそろヤバいが、事前にあれだけ余裕を見せた手前、早く終わってくれと催促もできない。そして魔法の呪文なんて分からないので、あとどのくらい時間がかかるのか皆目見当もつかない。


 早くしてくれよ、と何度も思いながら大剣を支え続けた虎徹だったが、さすがに限界を感じていた。汗をかかないはずなのに、柄を握る手が徐々に滑りだす。握力も限界に近い。


 こいつはダメかもしれないな。わずかではあるが、虎徹が内心弱音を吐きかけたそのとき、


『あきらめないで!』


 アペイロンの超聴覚が、混沌を足止めしている楓たちの会話を拾った。


『しかし楓殿、もはや拙者たちの攻撃は無意味。どこにも活路が見えぬでござるよ』


『逃げ回るだけで、精一杯……』


 話し声だけでも、彼女らが窮地なのは手に取るように分かる。息遣い、声のトーン、声量、そして内容。どれをとっても、良い光景が思い浮かぶわけがない。


 だがただ一人、この状況で明朗と叫ぶ声があった。


『活路なんて、見えなきゃ自分で開けばいいのよ! 逃げ回る? いいじゃない。三十六計逃げるに如かずよ!』


 身体は疲労困憊で、目の前の敵は攻略不可能だというのに、楓だけが、息を乱しながらも声に力がある。希望がこもっている。


『口で言うのは容易いが、このままでは全滅を待つのみでは……? ここは再度撤退を進言するでござる!』


『馬鹿なこと言うんじゃないわよ! あたしたちがここで踏ん張らなきゃ、これまでの苦労が全部水の泡でしょ!』


『しかし……』


『大丈夫! あと少し。あと少しだけ持ちこたえればいいんだから! そうすれば――』


『そ、そうすれば?』


『彼が、来る』


『あの馬鹿が何とかしてくれるわ!』


 武藤虎徹が何とかしてくれる。


 希望に満ちた彼女たちの声を聞いた瞬間、


 どくん、


 虎徹の心臓が爆発的に跳ねた。


 ――内燃氣環ソウル・ジェネレーター――無限開放アンリミテッド・フルブースト


 魂が燃えに燃え、無限のエネルギーが溢れ出る。一気に身体が熱くなり、爆発しそうだ。全身に力がみなぎり、自分に不可能なんて無いと思えてくる。


 いや、ヒーローに不可能なんて無い。


「だったら、こんな棒っきれにフラついてちゃいけねえよな」


 柄から剥がれかけていた指に再び力がこもり、これまでにない強さで握り込む。


 膝の震えが止まり、腰が引けた体勢から背筋を伸ばして重心を正すと、地面に触れる寸前まで下がっていた刃先が水平に戻り、今や完全に持ち直していた。


 魔王の詠唱はまだ続いている。その間大剣の重量はずんずんと天井知らずに増えていく。けれど今の虎徹には何の支障も無い。何故なら、無敵状態のアペイロンに質量など意味は無いからだ。


 詠唱が終わるのを、まだかまだかと待ち焦がれる。大剣の重さに耐えかねてではない。むしろ今じゃ軽すぎるくらいのこの棒っきれを、早く混沌の顔面にブチ込みたくて仕方がない。世界がどうとか、もうどうでもいい。虎徹は一秒でも早く、楓たちの下に馳せ参じたかった。


 長きに渡った詠唱が終わる。魔王は余韻のような間を置いてから、大きく息を吐くと、


「さあ、ぶちかましてきなさい」


 疲労をまったく感じさせない、輝くような笑顔で言った。


「応!!」


 叫ぶと同時に、虎徹は駆け出す。


 百億トンの剣よりも重い、みんなの期待を背負って。


               ◆     ◆


 銃床ストックは脇と胸の狭間に添え、反動で肩を外さぬように骨の上を避けて構えるのが乙女の嗜み。流れる三点バーストの美しい音色は、決して乱れず一定のリズムを刻む。


 だが一撃でビルに風穴を開ける巨大な銃弾を前に、楓の持つ魔法のステッキなど爪楊枝ほどの役にも立たない。しかしどの最前線よりも激しい銃撃戦の中で、橘楓は混沌相手に一歩も退かなかった。


 何故なら彼女は信じていた。この絶望的な状況を何とかしてくれる、ヒーローの登場を。


 彼女だけではない。混沌には砂粒ほども効果は無いと知りつつも、上空から羽根手裏剣を飛ばし続けて楓を援護している蒼雲も。


 瞬間移動の連続で注意を引きつけながら、念動力で混沌の撃つ銃弾の軌道を逸らしている美波も。


 そして後方で自らの役目を終えた魔王も、痛む両腕を押して彼女の身体を支えるスズキも。


 武藤虎徹アペイロンが何とかしてくれると信じていた。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 雄叫びを上げながら、アペイロンが駆ける。皆の期待とともに。


 今の彼にとって、仲間の期待は世界の命運よりも、手に持った大剣よりもずっと重い。けれど重ければ重いほど、彼は必ず応える。それがヒーローというものだ。


 しかし勇ましい雄叫びと気合のわりに、走る速度は悲しいくらい遅い。かつて稲妻よりも速く、風よりも軽やかに駆けていた姿からは、足音をドカドカ鳴らし土煙を上げて走る今の鈍重な光景はとても想像できない。


 それでも必死で走り続ける。往路は一秒とかからなかった道を、復路は人並みの時間がかかったが、どうにか仲間たちの下へと辿り着くことができた。


「待たせたなあ、お前らぁっ!」


「遅い! って何よ、そのブサイクな格好は!?」


 虎徹の声に、輝く笑顔で振り向いた楓だったが、ガニ股で肩に大剣を担いだ、まるでこれから野良仕事に行く百姓みたいな姿に、一気に表情が冷めていく。

明日も更新します。

あと2回。

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