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動きを封じたはずの混沌が突然動き出したことで頭が混乱していた楓だったが、元勇者の人間味溢れる救援要請にようやく我に返った。
「美波、蒼雲。もう一度お願い!」
このままではいくらスズキでも危ない。その前にもう一度混沌の動きを止めなければ。そう思って二人に指示を出したのだが、
「それが……もうやっているでござる」
「これで全力……」
美波と蒼雲が申し訳なさそうな声を上げるが、表情は二人とも必死だ。あの美波が歯を食いしばっている姿を、誰が想像できよう。しかしそれでも混沌には通じないのか、平気の平左でスズキを突き刺し続ける。
ついさっきまで効果があった二人の攻撃が、今やまったく通用しない。そこでようやく虎徹が自分の考えを言語化するに至った。
「やはりそうか。俺たち特異点との戦闘が奴に経験値を与え、それで成長していくんだな!!」
だから最初に虎徹たち五人の攻撃を一気に受け、急激に成長した。そして混沌は進化するごとに知能や戦闘力が上がるだけでなく、特異点の能力に抵抗力がついている。この事実は、未だ混沌の攻略法を見出せない彼らにとって致命的であった。
「ちょっと冗談でしょ? だったらどうやってコイツを倒すのよ?」
楓の脳裏を、絶望的な言葉がよぎる。
このままでは勝てない。
このたった一言が呼び水となり、心が暗く沈んでいくのを自分でも止められない。今まで窮地はいくらでもあった。だがそれらを乗り越えてこられたのは、知恵と勇気以外に、何よりもこの能力があったからだ。
魔法。魔法少女となったから、魔法が使えたからこそ、これまで何とかなってきた。
だがそれが通じない。このままではいずれ通じなくなる。そんな相手に、どうやって戦えというのか。自分から魔法を取ったら、残るのは可愛いだけの小娘だというのに。
足に力が入らなくなる。もう地面を踏ん張る気力さえ品切れ寸前だ。いっそこのまま地面に膝をついてしまいたくなる。
絶望に屈するように、楓が軽く膝を曲げたとき、
「下がれ!」
暗闇を照らす太陽を思わせるエネルギーを持った声が、楓の足が地に触れるのを止めた。
吸い込まれるように、声のしたほうに顔を向ける。
やはりいた。
この絶望的状況にもかかわらず、ほんのこれっぽっちも諦めない、むしろピンチを楽しんでいる。そしてその上でこの危機を打ち壊してくれるのではと期待させる男が、堂々と仁王立ちしていた。
虎徹だ。
「せいやッ!」
虎徹が地面に右拳をぶち込むと、竜が空から落ちてもヒビ一つ入らなかった厚さ一メートルの特殊構造舗装に亀裂が走った。
「もいっちょ!」
続いて左拳を打ち込む。ウンコ座りの状態で両腕を肘まで地面に埋め込むと、虎徹は重量挙げの要領で「ふんっ!」と気合一発飛び上がり、畳をめくるように混沌ごと地面をひっくり返した。
「俺の島がぁ!」
スズキの悲鳴も虚しく、十メートル四方の舗装ごと足元をすくわれた混沌は、無様に仰向けに転んだ。
「オメーの島じゃねえだろ」
ツッコミを入れつつ、トドメとばかりにめくり上げた何百トンもの舗装を混沌の上に落とす。サンドイッチになった混沌は、重しを乗せられたために物理的に動きを封じられた。
「よし、今のうちにみんな一度下がるんだ!」
「どういうことよ!?」
「これからやることには時間がかかるんだよ!! いいから離れろ! 説明は後でする!」
まだ何か言いたそうな楓だったが、ここで時間を浪費するのがどれだけの愚行か、賢明な彼女はすぐに気づき、素直に虎徹の言う通りに従った。
「わかったわ。みんな、一時撤退よ!」
楓の号令で、一同が速やかに離脱する。引くときは引く。これまで数々の修羅場をくぐってきた彼らだからこその迷いの無い動きだった。
「……とりあえず、これだけ離れれば大丈夫か」
混沌から五百メートルほど離れた一同は、今度は虎徹を中心にして集まる。
ぐるりと見回すと、みな酷く疲れて見えた。肉体的にではなく、精神的にだ。誰も口には出さないが、本当はこれからどうしていいのか分からず、頭を抱えたいのを必死に堪えているのだろう。
そんな中、虎徹はみなの視線を一身に集めている。何か打開策があるのだろうという、期待の篭った眼だ。これまでこういう視線を感じることで己を鼓舞してきたが、今度ばかりは高揚よりも不安のほうが大きかった。
「それで、これからやることって、どういうことよ?」
時間がもったいないとばかりに、楓が口火を切ってきた。虎徹には、これまで混沌を観察して、いくつか思いついた事があった。もちろん根拠なんて無い。だが例によって、自信だけは売るほどあった。
「これは俺の勘なんだが――」
あくまで推測という前提から、虎徹は語り出した。
「なるほどねえ。あんたが考えたにしては、悪くない話ね」
酷い言いようだが、話の内容については遠回しに褒めているところが楓らしい。魔王の方を見ると、彼女も「そうねえ。このままじゃどうせジリ貧だし、やるしかないんじゃない?」とやや消極的ながらも賛成だ。
「それで、この作戦の一番大事な役割なんだが、あんたに頼むぜ」
虎徹が肩を叩くと、スズキが意外そうな顔をして「なに?」と言った。
「てっきり最後の美味しいところは自分がやると思ってたぜ」
「さすがにそこまで出しゃばりじゃねえよ。それに、餅は餅屋って昔から言うだろ」
「ハッ、そう言われちゃあ餅屋としては俄然張り切らざるを得ないが、だったらお前はどうするんだ?」
「俺かい?」と虎徹は親指で自分を指すと、にやりと笑う。
「こっちの餅屋にもちゃんと仕事があるのさ」
そう言うと虎徹は、右足の踵で地面をコンコンと叩く。
「悪いが、もうちょっとばかし地面をめくるぜ」
それだけでスズキは虎徹の意図を察し、諦めたように大きく息を吐くと、「好きにしろ」と言った。
「その代わり、無茶だけはするなよ」
「心配すんなって。時間稼ぎするだけだよ」
ヒラヒラと片手を振って気楽さを装うが、混沌相手に無茶せずにいられるかは保証の限りではなかった。
ただアペイロンは性質上、切り込み隊長としてよりも、殿を務める守りの戦いの方が合っている。なので魔王たちが作業を終えるまでの時間稼ぎというポジションは、虎徹にとっても願ったり叶ったりだった。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
そう言って虎徹はひょいと軽く右手を上げると、スズキに背を向けて歩き出す。その自然な足取りは、近所のコンビニに週刊誌を買いに行くのとまったく変わりなく、これから死地に赴く人間のそれとはとても思えなかった。
それも当然で、虎徹は死ぬ覚悟なんてこれっぽっちもしてないし、そのつもりもない。本心からちょっと行ってくる程度の気持ちで混沌と戦いに行くのだ。
だがそれは、虎徹が混沌との戦いを甘く見ているからではない。むしろこれまでのどの戦いよりも、熾烈を極めるだろう。
ではどうして彼は何一つ気負うことなく、鼻歌交じりで死線を練り歩くことができるのか。
答えは至極簡単だ。一つは宇宙最強の兵装、アペイロンへの絶対の信頼。
そしてもう一つは、自分がヒーローだという自覚と責任。ヒーローとは、いかなるピンチでもにやりと笑って見せるものだ。少なくとも、彼がこれまで見てきたどのヒーローも、ピンチのときに狼狽えて周囲を不安にさせることはしなかった。
だから虎徹もそうする。どんなに形勢不利な状況でも、勝ち目の無い死地に赴くときでも、内心ではブルって小便漏らしそうでも、表面上は気楽に笑ってこう言うのだ。
「何とかなるさ」
今までも何とかしてきた。
今回も絶対に何とかしてみせる。
虎徹はまだ舗装に挟まれて、仰向けにひっくり返ったままもがいている混沌まで百メートルくらいの距離まで歩み寄ると、
「せーの」
と右足を頭上まで高々と振り上げた。
そのまま気合一閃。豪快な踵落としを地面に叩き込むと、虎徹を中心に蜘蛛の巣状に亀裂が走った。
手頃な大きさに砕けた舗装を、虎徹は爪先で軽く上に蹴り上げた。人の頭くらいの舗装の塊が胸の高さまで飛び上がってきたのを、片手で受け止める。
「直接攻撃すると学習するからな、だったら遠距離攻撃はどうだ?」
虎徹は鷲掴みにした舗装の塊を、全力で混沌に向けて投げつけた。
明日も更新します。




