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 混沌はさっきの光がよほど眩しくて腹を立てたのか、虎徹に攻撃を集中してきた。


 だが大猿の攻撃は両手両足の爪や牙を駆使するものの、所詮猿なのかとても単調で、歴戦の猛者であるアペイロンには目を閉じていてもかわせるものだった。


「このエテ公、何で俺ばかり狙ってくるんだよ」


 いくら余裕で回避できるとしても、自分ばかり狙われるのは少し納得できない。その分他の連中が安全だというのは分かっているが、どうにも猿に遊ばれているようで頭に来る。


「コイツ、いい加減にしろよ!」


 堪えきれずにアペイロンが反撃に出る。大猿の鋭い爪をかいくぐると、空高く跳躍する。スズキが見せた大ジャンプよりも高く飛び上がると、大猿の顔面に右回し蹴りを喰らわせた。


「オラァッ!」


 身長二メートルほどのアペイロンが、数十倍もある大猿をキック一発で吹っ飛ばす。大猿は見た目どおり「ホキャッ!」と猿みたいな悲鳴を上げると、校庭の端まで飛ばされ、それでも足りずに土煙を上げながら地面を転がっていった。


「相変わらずでたらめなパワーでござるな……」


 大猿の攻撃目標から外れていたので半分観戦モードでいた蒼雲は、アペイロンに殴られて吹っ飛ぶ火竜を思い出し、既視感デジャヴに似た感覚に襲われていた。


「あの馬鹿。攻撃するなっつった矢先に……」


 スズキが舌打ちするが、後の祭りである。当の虎徹も一発喰らわせてスッキリして頭が冷え、着地と同時に「しまった!」と後悔の叫び声を上げる。


「いかん、ついやっちまったぜ……」


 虎徹は派手に蹴り飛ばした大猿から、恐る恐る視線を楓たちに向けると、彼女たちは露骨に『何てことしやがったんだこの馬鹿野郎』というオーラを漂わせていた。


「うわぁ……」


 さすがに反省するも、後悔先に立たず。あとはこの程度で混沌が進化しないことを願うだけだが――


「あ~あ……」


 そうは問屋が卸さず、楓のため息が虚しく響く中、大猿の体毛がごっそりと抜けて消えていく。顔も猿から人っぽく変化したところを見ると、どうやら巨大な原始人にステップアップしたようだ。


 しかもどこから湧いて出たのか、手には馬鹿でかい木の根のような棍棒を持ち、獣の皮で作った簡単な衣服を着ている。見た目はまさに教科書に載っている原始人そのままだ。大きさ以外は。


「武器や衣装持参とは、えらく斬新な進化だな」


 ここまで来ると混沌の進化の方向性は明らかで、ようやく気づいたスズキは舌打ちする。


「畜生、ようやく分かったぜ。野郎、この星の進化の歴史をなぞってやがる!」


「しかもどんどん間隔が短くなってる。このままだと、現代に追いつかれるのは時間の問題よ」


 スズキと魔王が懸念するとおり、混沌の進化は残すところあと僅かだと思える。このままだと本当にヒトかそれより上位のものに進化して、今度こそこの世界が終わってしまう。


「クソ、何か手立てはないのか?」


「でも、あたしたちの攻撃が通じないんじゃ、もう手の打ちようが……」


 二人があれこれと策を考えている間も、混沌の攻撃は緩まない。しかも先ほどの目についたものをただ叩こうとする稚拙なものではなく、フェイントや緩急をつけてくる。


「野郎、知能が上がってやがる」


「拙いわね、このままじゃいずれあたしたちの方が先にバテちゃうわよ」


 虎徹と楓が焦りの声を上げる。攻撃を諦め、回避に魔力を集中しているおかげで何とかなっているが、これ以上複雑な攻撃をされたり速度が上がるとさすがに楓にはきつい。


 そうなる前に何とか打開策を見つけたいのだが、避けるのに忙しくて考えるヒマがない。せめてこの猛攻がしばらく止まってくれれば。


「美波、何とかならない!?」


 楓が大声で叫ぶと、美波は空中で彼女に向けて親指を立てた。どうやら快諾らしい。


「ならば、今度は拙者が援護するでござる」


 火竜のときの再現か。あのときは蒼雲が先に仕掛け、後から美波が援護に回ったが、今回は順序が逆になった。


 美波が両手を向けると、混沌の周りだけ空気に粘度がついたように動きが緩慢になった。さすがにあれだけの大きさと力がある混沌の動きを完全に封じることはできないようだ。


「そこで拙者の出番と相成るわけでござるな」


 誰に言うでもなく、蒼雲は翼を広げて大空へ舞い上がると、混沌の影に向けて無数の羽根を撃ち込んだ。


「ご存知、忍法影縫いの術!」


 蒼雲の放った黒い羽根が、ミシンのように混沌の影を地面に縫い付ける。


「ニン!」


 蒼雲が両手でそれらしい印を結ぶと術が発動し、ようやく混沌の動きが止まった。



 これでしばらく時間が稼げるが、問題は下手に攻撃を加えると、それが混沌の進化を促進してしまうという事だ。しかし幸いな事に、目立った変化は起こらなかった。どうやら美波の超能力と蒼雲の忍術は、混沌の進化に影響がなさそうだ。


「まだどうなるか分からないけど、これで少しは考える時間ができたわ。みんな、とりあえず一度集まって」


 楓の指揮で、混沌の抑制に集中して動けない美波の周りに一同が集まる。蒼雲だけは上空にいるため集まれなかったが、作戦会議には大して支障はない。むしろ何も気にせず全力で術を維持して欲しい。


「すまねえ、思わずカッとなってやっちまった」


 開口一番虎徹が謝罪する。


「済んだことはもういいわ。それよりも、これからどうするかよ。あんたも無い知恵使って考えなさい」


「お、おう……」


 楓の口調は厳しいが、虎徹を責めているわけではない。むしろスズキの正体を看破した彼の直感をあてにしていた。


「物理攻撃は駄目ね。大きなダメージを与えると、それが引き金になって混沌の進化が早まるわ。とりあえず美波の超能力と蒼雲の忍術のような、非物理的干渉は有効のようだから、それ系を前面に押し出して戦うという線はどう?」


 楓の計画に、魔王も「そうね、それがいいわ」と同意する。スズキと桜花は無言だが、肯定のようだ。情報が足りなくて、否定する材料がないのだろう。


 だがただ一人、「そうか?」と疑問を投げかける者が居た。


「混沌が進化する条件って、本当に物理攻撃か?」


 虎徹だ。


 虎徹はアペイロンの姿のまま、丸太のような太い腕を組んで考えている。銀色をした虎の顔が難しそうに眉をしかめる姿は、ちょっとコミカルだった。


「それはあんたの勘ってやつ?」


「ああ、だから根拠は何だって言われても困るんだが……」


 楓の問いに虎徹は口ごもるが、それは言葉で説明できないだけで、彼の中には確信めいたものがあるに違いない。


 だが彼がそれを言語化する前に、混沌自身が証明してくれた。


「見て」


 念動力で混沌を押さえ込んでいた美波が、小さいながらも苦しそうな声を漏らす。


 すぐさま一同がそちらに注意を向けると、何と混沌に変化が起きていた。


「さっきまで何ともなかったのに……」


 フェイントのような混沌の進化に、楓が呻く。


 混沌は、額の骨と後頭部が出っ張った原始人みたいな顔から、彫りが深く鼻筋の通ったギリシャ彫刻風の精悍な顔に変わっていた。野性味溢れる体毛もすっかり抜け落ち、衣服もケモノの皮をただなめしただけの粗雑なものから、明らかに鋳造技術が用いられた青銅製の胸当てに。手に持っていた棍棒は金属の槍になっている。これはもう、完全に文明の息がかかった装備だ。


「ついに古代ローマあたりまで来ちまったか」


 スズキの驚嘆に、巨大ローマ兵に進化した混沌が反応する。手に持った槍を逆手に持ち換えると、スズキに向けて連続で突きを放つ。


「うお! コイツもう動けるのかよ!」


 驚きながらも、スズキは巨大な槍を大剣で巧みに受け流す。


 正確にスズキを狙う混沌の槍の手腕も見事だが、矢継ぎ早に打ち込まれる攻撃のすべてを大剣でさばくスズキの剣技も神業だった。


 逸らした槍先が地面を穿ち、あっという間にスズキの周囲に無数の大穴が開く。


「クソ、今度は俺に集中攻撃かよ。ぶった斬ってやりたいが、それだと虎徹と同レベルだからな……」


 さすがにスズキは虎徹よりも大人なので、自制が利いている。だが彼も一応生身の人間なので、いつまでも大剣を振り回し続けるというわけにはいかない。元より振れていること自体がおかしい重量だ。どれだけ疲労が蓄積しているかは常人には計り知れない。


「おい、さすがにそろそろキツいぞ。何とかしてくれ!」

明日も更新します。

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