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……。
「だって、今までそうだったじゃない!」
魔王がやけっぱちのように虎徹に言うが、たしかに彼女の言う通りだ。これでもう迂闊に攻撃できなくなってしまった。
「だが、かと言って何もせずに放っておいても混沌は育つ、でござるか」
何だかもう八方塞がりといった感じだが、こうやって迷っている間も混沌はすくすくと育つ。
「どうしよう……。これじゃあ手詰まりだわ」
楓が不安な心情がそのまま出てしまったような声を出す。混沌はまだ白く固まったままで、このままずっと固まっていてくれと奇跡が起こるのを祈りたい雰囲気だった。
「何言ってんだよ。まだ全部が終わったわけじゃないだろ」
「ああ、ぜんぜんだ。ぜんぜん終わっちゃいないぜ」
悲観的になる女性陣と比べ、男どものこの楽観ぶりはどうしたことだろう。アホなのだろうかと思うくらい余裕綽々で、二人肩を並べて混沌を見ている。
「要は俺の攻撃が効けば、混沌が進化しようがしまいが関係ないって話だろ?」
スズキが大剣の切っ先を後ろに向けた状態で腰だめに構え、低く腰を落とす。
「だったら、この一撃で決めてやるぜ」
踏み込む。巨大な大剣と全身鎧を着ているとは思えない速度に、虎徹でさえ一瞬姿を見失う。人間業とは思えない。
「速ぇっ!」
音速ですら止まって見えるアペイロンの目から、一瞬とはいえ姿を消したスズキは、さらに一蹴りで校舎にへばりついた巨大トカゲの頭上を超える跳躍をする。
「なにあれ? あれが勇者の身体能力なの?」
楓の驚嘆に、魔王が誇らしげに「まだまだ、こんなモンじゃないわよ」とニヤニヤしながら言う。
「せっかく固まったところを悪いが、このまま消えてもらうぜ」
大上段に構えたまま落下するスズキは、雄叫びとともに全力で大剣を振り下ろす。
「どっせえええええええええええええいっ!!」
切っ先が巨大トカゲの頭頂部に吸い込まれると、まるで豆腐を斬るようにそのまま何の抵抗も無く一直線に刃が滑っていく。
あんなどう見てもなまくらの、鋸みたいな大剣がどうして。誰もがそう思うが、実際に自分の目で見ている光景は変えようがない。
我が目を疑っている間にも、スズキは巨大トカゲを一刀両断の真っ最中。頭から腹へとジッパーを下ろすみたいに切れ目を入れていくと、やがて地面に着地した。
「ほい、一丁あがり」
楓ですら、他の四人の協力を受けつつ、持てる最大級の魔法を使って火竜を一刀両断したのに、ただの人間が剣の一振りでやってしまうとは。勇者とは、ここまで人を超えたものなのだろうか。いや、逆に言えば、これくらい軽くやってのけられないと、大魔王と戦って世界を救えないということか。
「宇宙は広いと思ったが、世界はもっと広いなあ」
真っ二つになった白い山に、虎徹が感慨深く呟く。大魔王の剣を振るだけなら、アペイロンに変身すればできるだろうが、これだけの剣技を以って振れるかと問われれば、迷うことなく否と答える。
刃についたゴミを振り払い、ダンスのターンのように悠々と回れ右をするスズキ。
「どうかね、少年」
「大したモンだ。ま、年の功ってヤツですかね」
「そりゃどーも」
素直に称賛するのも癪なので、わざと捻くれた言い方をしてみたが、それすらもお見通しと受け止めて余裕の笑みを見せるスズキの姿が、何故か自然と虎徹の中にある師匠の姿と重なる。
いくらアペイロンとなって超人的な強さを手に入れても、それだけではない本当の強さというものがある。虎徹が未だ探し求めている本当の強さというものを、師匠やスズキはとうに手にしている。改めて己の未熟さを痛感した。
「さて、意外と早く片付いたな。これなら一度戻って昼飯の準備ができるかな?」
スズキは腕時計を見ようとしたが、今は勇者スタイルなので時計をしていないことに気付き苦笑する。
「本当はメシもあんたが作ってないんだろ?」
「当たり前だ。俺は瞬間移動で運んだだけで、ありゃ本土にある給食センターのおばちゃん謹製だ」
勇者だからって何でもできると思うなよ、と手品のタネがバレても悪びれるどころか逆ギレしてくるスズキ。どうやらこれまでのおさんどん生活に、並々ならぬ不服があるようだ。
「だから週刊誌が発売日に手に入ったり、吸わないタバコを持ってたりしたんだな」
「ははっ、便利でいいだろ。勇者の特権だぜ、移動魔法は」
「アペイロンは逆立ちしても空間は超えられないからな。少なくとも、今の俺じゃあ」
「無限のエネルギーを持ってても、意外とできないことが多いんだな」
「魔法と違って、理由もなく物理法則を超えられないからな。不便なもんだぜ、科学ってのも」
「魔法は魔法で、制限が多くて面倒くさいけどな」
「そういうモンかねえ」
「そういうモンさ。隣の芝は青いし、ぶどうは酸っぱいってな」
意味わかんねえよ、と虎徹が言うと、お互いにやりと笑い合う。
「じゃあボチボチ撤収するか」
あくまで担任という設定を貫くつもりなのか、スズキが生徒たちを指揮し始めると、
「ねえ、ちょっとおかしくない?」
ただならぬものを感じた魔王が注意を促してきた。
「どうした? 何がおかしい」
「だって、混沌を倒したはずなのに、空がまだ――」
そう言って見上げるのにつられ、一同空を仰ぐ。
たしかに、これまでは怪異がワームホールから出てくると、自然と天気が元に戻っていたのだが、今見上げている空は相変わらず嵐の前のように不安定だ。
「リセットが急にキャンセルになって、世界も天気どころじゃないんだろ」
「いや、キャンセルとかホテルの予約じゃあるまいし。ってかあんたはどんだけ楽観的なのよ」
「最悪のケースを考慮すると、混沌はまだ死んではいないという事になるでござるな」
「むしろ、今の一撃で活性化するかも」
美波の言葉が言霊となったのか、そんなまさかと一同が開きになった混沌の方を振り返る。
全員の顔が、悪夢を見たかのように青ざめる。
たった今目の前で両断されたはずの混沌が、いつの間にか元に戻っていた。
しかも何の冗談か、すでにあちこちに亀裂が入っていて、雛が生まれる直前の卵みたいになっている。
「おいおい、冗談だろ……」
代表してスズキが呟くが、他の連中は声を上げる気にもなれなかった。
何故なら、美波がついさっき言った、最悪のケースが起こっているからだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。消去法でいったら、スズキさんで当たりなんじゃないの? なのに何で攻撃が効かないのよ?」
「そんなの、あたしに言われても分からないわよ……」
詐欺だ、と言わんばかりの楓だが、魔王に言っても仕方がない。彼女だって原因が分からないのだから。
慌てふためく彼らを、混沌は待ってはくれなかった。
スズキの一撃が触媒となったのか、これまでにない速度で殻が破れ、中からむせ返るような獣臭のする体毛が溢れ出てくる。
「何だありゃ?」
「……猿? でござるか?」
次なる混沌は、巨大な猿の姿をしていた。
巨猿は激しく身体を震わせ、体毛に着いた白い粉を払い飛ばす。その仕草はまさに猿だった。
「猿神、もしくは斉天大聖ってことかしら?」
「斉天……? 何だよそれ?」
虎徹の質問に、楓は頭の悪い子供を相手にするような仕方の無い顔をする。
「斉天大聖――つまり、孫悟空のことよ。インドのハヌマーンはお猿の神様だけど、まあ似たようなものね」
お馴染みの名前を耳にして、ようやく虎徹が「あ~、あれか」と合点がいった顔をする。
「ってことは、神話が具現化したってことか? だが何でインド神話や孫悟空なんだよ?」
「知らないわよ。もしかしたら、ただのおサルかもしれないでしょ」
だが目の前にそびえる山のような大猿は、ケモノというよりはどこか人間臭い。二本足で直立しているからだろうか。
「馬鹿言ってないで警戒しろ。お前ら緊張感無さすぎだぞ!」
スズキが大声で忠告すると、虎徹と楓は瞬時に変身する。閃光と光の輪が同時に現れ、大猿が一瞬眩しそうに目をつむる。
「けど、下手に攻撃するとまた進化しちゃうんでしょ? いったいどうすればいいの?」
楓の意見ももっともだが、誰かが答えを言う前に混沌が攻撃してきた。
明日も更新します。




