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 回転しながら弧を描いて落ちてきたステッキは、万歳状態の楓の上で、銃口を竜に向けた状態でぴたりと止まった。


「はあああああああああああああ……」


 楓が腹の底から絞り出すような声で気合を入れると、彼女の全身から光る湯気みたいなものが立ち昇る。


 光る湯気は出るはしから魔法のステッキに吸い込まれ、吸い込んだ分だけステッキが見る見る大きくなっていった。


「なるほど。魔力を込めて銃ごと弾を巨大化させて、一発で仕留めようってことだな」


 大砲みたいなものか、と虎徹は予想する。だったら最初から魔法で巨大な重火器を出せば済みそうな話だが、部外者が口出しすることでもないので、それは言わないでおく。


 そうこうしている間にステッキは銃身が電柱なみの太さに巨大化したが、それでもまだ足りないのか、楓はこれでもかと魔力を注ぎ込む。彼女の宣告通り五分もかけたら、いったいどれくらいの大きさになるのか予想もつかない。


「急がれよ! 思ったより奴の力が強い。もう長くはもたんでござる!」


 しかしたかが五分、されど五分。まだ半分も経っていないというのに、蒼雲が悲鳴にも似た警告を発した。


 見れば、竜が影を縫っている羽根を振り払おうと懸命にもがいている。術がかかった当初は身動き一つとれなかったのが嘘のようだ。上空で印を結んでいる蒼雲も、術から抜け出そうとする竜を抑え込むのに相当の苦労を強いられているのか、表情にまったく余裕がない。


 すかさず美波が両手を竜に向けて加勢するが、彼女の超能力が加わっても竜の抵抗は止められない。恐ろしい力だ。


「まだか? まだなのか!?」


「まだ、あと……少し、もうちょっと……みんな、頑張って」


 焦りのあまり虎徹が急かすが、楓も歯を食いしばって必死に踏ん張っている。額から流れ落ちる汗が顎を伝い、ぽたぽたと地面に落ちる。


 空に浮かぶ魔法のステッキは、今やタンクローリーなみの大きさになっていて、両手を上げて支える楓は、足や腕だけでなく全身が震えている。見た目どおり重いのか、大量に魔力を流し込んだために疲労しているのか。それは彼女にしか分からない。


 が、虎徹にもひとつ分かることがある。それは、このままだと間に合わないかもしれないということだ。


 しかし、自分に何ができるというのか。物理攻撃しか持たないアペイロンでは、竜を封じる手段がない。美波や蒼雲のように、物理干渉系の能力があれば――、


 いや、違う。


 何も虎徹が竜を倒す必要はないのだ。


 今必要なのは、楓が魔力を充填するための時間を稼ぐこと。


 つまり、


「何でもいいから、あいつを止めりゃあいいんだろ!」


 はらに氣を込める。虎徹の魂が燃焼することによって、アペイロンのコアユニットに組み込まれた内燃氣環ソウル・ジェネレーターが、無限のエネルギーを生み出す。


 そして生み出されたエネルギーは、そのままアペイロンの強さとなる。


 アペイロンの強さとは――守る力。


 守るために戦うアペイロンは、


 まさに無敵。


「さあ、ぶち抜くぜ!」


 拳と拳を打ち鳴らし、アペイロンが駆け出す。蹴り足が地面をえぐる。一瞬で百メートル以上の距離を詰める、常識を無視した踏み込み。


「な……」


 楓が無意識に何かを言おうとした時には、もうアペイロンは地面にひれ伏した竜の顔前で右の拳を振りかぶっていた。


「おらっしゃあっ!」


 一撃。


 大気を震わす轟音とともに、アペイロンの右フックが竜の顔面に決まる。


 竜の巨大な顔がもの凄い勢いで左に吹っ飛び、太さが一抱えもある牙が数本折れて口から飛んだ。


 竜が人に殴られてふらつく。前代未聞の光景に、見ていた全員が忘我する。


「もういっちょう!」


 強烈なパンチを受けて左に傾いた竜の顔を、そこにまたもや地面を踏み砕く速度で回り込んだアペイロンの左フックが襲う。


 爆発したかと思う音と、さっきよりも多くの牙が宙を舞う。


「こいつで、」


 嬉々として迫るアペイロンの姿に竜が鳴く。いや、泣く。


「とどめだ!」


 左右の頬を打たれて歪になった竜の顔面を、下からアッパーが突き上げる。衝撃で地面がクレーターみたいに凹む。


 竜が飛んだ。誰もがそう思った。


 否。アペイロンのパンチが、蒼雲の術と美波の念動力ごと竜をひっくり返したのだ。


「むちゃくちゃでござる…………」


 地響きを立てて竜が仰向けに転がる様に、蒼雲が呆れたように呟く。力が抜けたのか、もう両手は印を結んでいなかった。


「どうだあ!」


 ガッツポーズを決めて虎徹が振り返ると、タイミングを見計らったように楓の魔力充填が完了していた。


「お待たせ! 後は任せて!」


「よっしゃあ、待ってました!」


 自分の役目を終え、虎徹はステッキの射線上から飛び退く。見上げれば、夕日を背に受けてシルエットだけしか見えないが、明らかに射撃目標である竜よりも巨大なM―16が浮かんでいる。ここまででかいと単純に面白い。馬鹿みたい、という形容しか当てはまらない。まさに魔法の産物だ。


「一気に決めるわよ! 必殺――」


 “必ず殺す”という、魔法少女にあるまじき物騒な単語を叫びながら、楓は高々と掲げた両腕をさらに大きく後ろに振りかぶる。


 彼女の動作に連動し、空中の巨大な魔法のステッキが唸りを上げて反り返った。銃口が上を向き、夕焼け雲をかき分ける。


「あれ?」


 銃口が竜から逸れたことに、虎徹が疑問の声を上げる。そのまま発射しても、弾は上空へと放たれるだけで無意味だ。


 などと思っている間に、巨大な魔法のステッキの銃身に、どこから現れたのかこれまた同じくらい巨大な銃剣バヨネットが装着される。


「銃まったく意味ねー……」


 虎徹のくだらないツッコミなんて無視して、楓は体ごと反らして振りかぶっていた両腕を一気に振り下ろす。


「マジカル・バヨネットスラッシュ!」


 呆然と見送る虎徹をあざ笑うかのように、巨大な銃剣が振り下ろされる。でたらめな質量の銃剣は、竜を一刀両断するだけでは飽き足らず、勢い余って校庭を深く切り裂いた。


 開きにされた竜が、ゆっくりと真ん中から左右に分かれる。と同時に巨大な銃剣つき魔法のステッキが、お役御免とばかりに元の大きさに縮んでいった。まさに一撃必殺。この一撃のために、五分もかけて魔力を込めていただけはあるというものだ。


 元のサイズに戻った魔法のステッキが吸い寄せられるように楓の手に戻ってくると、竜の切り身にも変化が現れた。


「竜が、消えていく……」


 虎徹の目の前で、肉塊となった竜の死骸が、突如ぼろぼろと崩れ始めた。生命を絶たれたことによって、存在を維持できなくなったのか。風に飛ばされる残骸は遺灰のようで、あまりにも脆く儚い。


 目の前に舞い落ちた遺骸の欠片を、虎徹はつかもうとした。しかし欠片は手を握り込む前に消滅し、差し出した手は虚しく行き場を失った。


「これも橘の魔法か?」


 虎徹の問いかけに、楓は首を小さく横に振る。衣装は制服に戻っていた。


「世界が浄化してるのよ。元々、この世界に存在するはずのないものを、強引にこっちに持ってきたから、このまま放っておくと無理が生じてどこかが壊れるの。だからこうして存在ごと抹消する。世界が自分を守るための自己防衛ってわけ」


「すべては俺たち特異点が原因ってことか。そう考えるとあの竜も、かわいそうなことしたなあ。いきなり否応なしにこっちに連れて来られて、挙句に真っ二つにされちまったんじゃあ浮かばれねえぜ」

明日も更新します。

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