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「あの巨大なアレ、が混沌なのは分かったけど、アメーバから変形したのはどうして?」


 アレ、のところで思い出したくもない物が頭に浮かんだのか、一瞬嫌そうな顔をする楓。


「厳密に言うと混沌ってのは名前の一つでしかなく、他にも『終末の渦』、『万物の根源』、『世界の種』、『神々の見えざる手』などいくらでもあるの。要は世界の終わりに出て来る何かの総称。言い伝えでは、段階的に進化しながら世界を終末に導くと言われているわ」


「アメーバの次はゴキブリか。繋がりがなくて方向性が掴めねえな。それに、見た目通りの弱点があるわけじゃないのがシビアだぜ」


 腹立たしげに虎徹が掌を拳で叩く。


「となると、どうやったら倒せるでござるか……?」


 蒼雲の問いに、一同が沈黙する。これまでは誰かの攻撃が有効だったのだが、今回はそれも通用しない。やはりこれは、混沌がこれまでのワームホールから出てきた怪物とは異質のものだからだろうか。


「いや、まだ俺たちの攻撃が全部通用しなかったってわけじゃねえぜ」


「何言ってんのよ。現に通じなかったじゃ――」


 そこまで言って、ようやく楓も気がついたようだ。はっとした顔から含みのある笑みに変わる。


「そうね、まだ残ってたわね」


 楓が首を巡らせると、一同の視線がそれを追う。視線が収束したその先には、


「え、俺?」


「あたし?」


 スズキと魔王が金魚みたいにぽかんと口を開けていた。


「なるほど。そう言えばスズキ殿も拙者たちと同じ特異点であったな」


「それに魔王も、こっちの世界の来た時点で立派な特異点だ。まだこの二人の攻撃を試してなかったからな。勝負はこれからだぜ」


「でも……もし、この二人の攻撃も通用しなかったらどうするの?」


 尋ねる楓の顔は、少し不安そうだ。それもそのはずで、もし仮にこの二人でも駄目だった場合は手詰まりということで、この世界が滅ぶということだからだ。


 だが虎徹はすぐに、自信のこもった顔と声で答えた。


「そんとき考えるさ」


 そのあまりのあっさりとした無責任な、それでいて全然そう聞こえないシンプルなセリフに、楓は数秒呆然としていたが、やがて「ぷっ……」と吹き出した。


「あはははははっ、何それ? 超行き当たりばったり」


 とうとう大口を開けてゲラゲラ笑い出した楓に、虎徹は怒る様子もなく「そうか?」と頭をかく。


「先のことなんて、グダグダ考えても仕方ねえしな。それに、今までこれで何とかなってきたんだ。きっと今回も何とかなるさ」


「虎徹殿は、信じられないくらい前向きでござるな」


「無計画ナダケ、トモ言イマスガ」


「でも、間違いじゃない」


 虎徹のポジティブな発言のせいか、それとも楓の大笑いのおかげか、ゴキブリショックでテンションがだだ下がりだった面々にも、ようやく笑顔が戻ってきた。


「よし、決まりだ。それじゃお二人さん、いっちょう気張ってもらうぜ」


「ちょっと、勝手に決めないでよ。誰もやるなんて言ってないでしょ」


 せっかく盛り上がってきたというのに、なんとこの期に及んで魔王が協力を惜しんできた。どうやら混沌がこの世界を滅ぼす前に、スズキを連れて自分の居た世界にとんずらする腹積もりらしい。さすが魔王、腹黒い。


「あんたが来たせいで混沌が生まれたんだ。落とし前だと思って協力してくれよ」


「嫌よ。そんなことしたら、帰りの魔力が足りなくなるかもしれないじゃない」


「魔王のくせに魔力くらいケチケチするなよ。減るもんじゃなし」


「減るわよ! それにケチって何よ。あたしの魔力をあたしがどうしようと勝手でしょ!」


 どうにも話は平行線で、お互い一歩も引く気配は無い。このまま水掛け論で無駄な時間が過ぎていくかと思われたが、


「だったら、お前一人で帰るんだな。生憎俺は、自分の生まれ育った世界を見捨てて、自分だけ助かろうとは思わない」


「えっ……!?」


 連れて帰るはずのスズキに拒否され、魔王が焦る。このままでは彼女がこの世界にやって来た意味が無くなる。スズキの一言で、魔王の立場が一気に悪化した。


「それにお前だって、そんな薄情な男に惚れるような馬鹿な女じゃないだろ?」


 一度下げてから持ち上げる。交渉ネゴシエイトの基本だが、今の魔王には効果覿面だ。捨てられた仔犬のような顔が、一瞬で輝く笑顔に変わる。


「も、もちろんよ。それに向こうで永住するんだから、未練を残されても困るし。きっちり始末つけてから行くわよ」


 嬉しそうに話す魔王に見えない角度で、スズキは虎徹たちに親指を立てる。とんだ色男だ。


「そうなると、俺も準備しないとな」


 ネクタイを指で引っ掛けて緩めるスズキに、「準備?」と虎徹が尋ねる。


「せっかくのラスボス戦だ。こんな吊るしのスーツじゃ戦えないだろ。それに、俺にだってこういう時のための一張羅があるしな。使わなきゃ損だ」


「あんたの一張羅って、もしかして伝説のなんたらって奴か?」


 したり顔で虎徹が言うと、スズキが苦笑いする。


「お前、学校の勉強以外は本当に鋭いな……」


「よく言われるよ。それで、準備にどれくらいかかる?」


「そうだな……一度本土に戻らなきゃならんが、まあ五分もあれば十分だ」


 五分という言葉に、楓が頓狂な声を上げる。


「たった五分で本土と島を往復って……。ここにはヘリも飛行機も無いのよ?」


「橘、お前自分が何者か完全に忘れてるだろ……」


「へ?」


「まあいい。すぐ戻るから、適当に始めててくれ」


 そう言うとスズキは口の中で呪文を唱え、一瞬で皆の目の前から姿を消した。


「き、消えた……」


「だから、瞬間移動の魔法だよ。お前も一応魔法少女だろ」


 本気で驚いてる楓に、虎徹がツッコミを入れる。いつもと立場が逆だ。


「なに言ってんのよ。瞬間移動の魔法って、凄い高度な魔法なのよ。そこの魔王とか、大魔法使いクラスじゃないと使えないんだから」


「というと、スズキ殿の分類カテゴリーは魔法使いでござるか?」


 蒼雲の問いを、虎徹はチッチと人差し指を振って「ちげぇよ」と否定する。


「異世界、魔王と来たら決まってんだろ」


「何よ? 勿体ぶらずにさっさと言いなさいよ」


「同じく。焦らすのはずるいでござる」


 焦れる楓と蒼雲の姿に気を良くし、虎徹はにやりと笑う。


「勇者だよ」


                   ◆     ◆


 魔王を伴って全員で外に出てみると、巨大ゴキブリの姿はすでになく、女性陣はそろって胸を撫で下ろした。


 が、混沌は今度はコモドオオトカゲのような巨大爬虫類に進化して、校舎によじ登っていた。


「しっかし、丈夫な建物ねえ」


 魔王が驚嘆するのも当然で、先日の火竜に勝るとも劣らない大きさのトカゲが乗っかっているのに、方舟学園の校舎はびくともしていない。


「そりゃあ魔王対策に作った島だからな。トカゲ程度でどうにかなるようじゃ、オッサンも浮かばれねえだろ」


「……故人みたいな言い方やめなさいよ」


 楓のツッコミも話半分に、魔王は「ふうん」と気のない返事をする。


魔王あたし対策ってところが気に喰わないけど、ともあれウチの人が手塩にかけて建てたものに、トカゲ風情が汚い足を乗っけてるってのは気に入らないわね」


 そう言ってやおら魔王は右手の掌を大トカゲに向けると、周囲から光の粒が現れて彼女に集まり始めた。


「ゲ、いきなり?」


 魔法に造詣が深い楓が、いち早く魔王が何をするのか察し、両手で顔を覆って防御の構えを取る。


「トカゲはトカゲらしく、地べたを這いずり回りなさい」


 一閃。


 吐き捨てるような魔王の一言で、彼女の掌に集まっていた光が一気に収束し、爆発みたいなフラッシュとともに大トカゲに向けて発射される。その光量と熱量は、かつて桜花が火竜に放った田中ビームとは比べ物にならない。


 ビーム砲なんてオモチャに思えるようなレベルの光線が、一発で大トカゲの頭を蒸発させた。

明日も更新します。

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