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だが既に魔王は、五人の人生を狂わせていた。
どんな手を使っても、と彼女は言った。そして言葉どおり、手段を選ばずに追いかけてきた。
自分を追って。
だから許せなかった。
世界を滅ぼすことを、だけではない。
虎徹の、楓の、美波の、蒼雲の、桜花の、自分たちとはまったく関係のない若者の運命を、身勝手な都合でいじくり回したことを。
彼女がそこまでしてしまうのを、止められなかったことを。
そして何よりも、それでも本心では彼女との再開を喜んでいる自分を。
「仕方ないじゃない……」
魔王が静かに立ち上がると、ゆっくりと手を伸ばし、スズキの頬に両手を添える。
「どうしても貴方に会いたかったんだもの。だって――」
白く細い指が、彼のサングラスを外す。濃い黒のレンズの下から現れたのは、彼女と同じ金色の瞳と縦に長い瞳孔。
「――愛してるから」
互いに吸い寄せられるように、二人の唇が重なる。十年ぶりの再会ともなると、積もりに積もった欲求が一気に爆発し、どちらも体に両腕を回して、貪るような激しいキスをする。
白昼堂々の濃厚なキスシーンに、楓と蒼雲が声にならない嬌声を上げる。
「つまり、世界はこのバカップルのせいで滅亡の危機にある……と」
相変わらず小さな声で、美波が身も蓋もないまとめを呟いたが、さすがにそれはもう言わずもがなであった。
「で、いつまでこいつら乳くりあってるんだ?」
「さあ? 水でもかけたら離れるんじゃない?」
いい加減見慣れた楓が、犬の交尾を見るような目で冷ややかな一言を放つと、ようやく二人は離れた。
予定外のラブシーンで中断した説明が、ようやく再開する。原因となったスズキと魔王は、反省の意味を込めてお互い少し離れた位置で地面に正座させられていた。こうしておけば、また何かの拍子でいちゃつくこともできまい。
「ったく、余計な時間取らせやがって……」
「こんなバカップルのせいで世界が滅びるとか、マジ勘弁なんですけど」
「担任が生徒の前で公序良俗に反するのは、いかがなものかと思うでござる」
「聖職者が、聞いて呆れる……」
「マルデサカリノツイタ犬カ猫デスネ」
虎徹たちは腕組みしたまま二人を囲み、言いたい放題だ。完全に生徒と教師、大人と子供の立場が逆転していた。
「お前ら……言いたいこと言いやがって」
「そうよ。十年ぶりの再開なのよ。ちょっと気持ちが盛り上がってやらかしちゃっても仕方ないじゃない。って言うかむしろ自然なことよ。まあ、あんたたちみたいな子供には刺激が強かったかもしれないけど、」
「うるさい黙れ」
「はい、サーセン……」
今にもブチ切れかねない楓の押し殺した声に、途端に魔王が大人しくなる。分類的に、魔王と魔法少女の相性は良くないようだ。
「ところでオッサン、初めて見たけどあんたの目はどうなってんだ? そっちの魔王さんとお揃いみたいだが」
「ホントだ。今までサングラスしてたから気がつかなかった。スズキさんって人間じゃなかったの?」
「いや、その……アレだ。これにはちょっと事情があって……」
金色の目が完全に泳いでるスズキ。見れば、魔王も俯いて黙っている。顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。
「彼の目がああなのは、魔王の体液を身体に浴びたから。血とか唾液とか、それ以外とか」
「ぶはっ!」
まるで見てきたかのような美波の発言に、スズキと魔王が同時に吹き出す。普段は自制しているが、超能力を持ち別の次元を自由に行き来できる彼女は、他人の過去や思考など手に取るように分かるのだ。
「ちょっ、おまっ! なに言ってんだ! ってか言うなよ!」
「ちょっとなに言ってんのこの子? やだもー!」
スズキはこれまで見たことないくらい取り乱し、魔王は両手で顔を覆う。この反応だけで、虎徹以外の全員が「あ~……」とすべてを理解した。
「こいつら始末したら、世界の崩壊もチャラってことにならないかしら……」
表情のない顔で楓がぼそりと呟いた言葉は、とても冗談には聞こえなかった。
◆ ◆
一分もしないうちに、足が痛いと魔王の泣きが入ったので、仕方なく正座は取りやめとなった。だが足を崩す許可が出たのは異世界出身の彼女だけで、当然スズキは続行だ。
「えっと……結局、何の話をしてたんだっけ……?」
脱線に次ぐ脱線で本筋を早い段階で見失っていた虎徹だったが、怒られるのを覚悟でいざ訊ねて見ると、楓も蒼雲も「あれ? そういえば」みたいな顔をした。
「要約シマスト、コレカラコノ世界ガ滅ビルノト、我々ガ特異点トナッタ原因ガ、彼女デス」
さすが機械の桜花である。百点満点の無機質なまとめに、虎徹たちが「お~」と感嘆の声を上げる。
「ソレト、外ニ張リ付イテイル、例ノものノ対処法ガ、未ダ見ツカッテイマセン」
「おっとイカン……忘れてた」
「何だ? 例のモノって?」
「ああ、アンタは気絶してたから知らないんだったな」
虎徹はどう説明したものかと一瞬考える素振りを見せたが、
「そうだな、一度見てもらってからのほうが話が早いだろ」
そう言って教卓側の出入り口を親指で指し示した。
「出てすぐ左に曲がってまっすぐ行くと、黒くて太いホースみたいなのが伸びてるから、それを辿って行くといいぜ」
にやにや笑いながら説明する虎徹に、スズキは不信感を抱きながらも、「お、おう……」と正座で痺れた足に苦労しながら教室から出て行った。
「虎徹、あんた……」
「まあいいからいいから」
楓が申し訳程度に注意してくるが、くっくと忍び笑いを漏らす虎徹に釣られて彼女も顔がにやけている。
そうこうしている間に、遠くからスズキの悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。
絶叫からきっかり五秒で、スズキは教室に駆け込んで来た。扉を木枠に叩きつける勢いで開け、もの凄い形相で虎徹へと駆け寄る。金色の目が血走っていてちょっと怖い。
「な、何だ何なんだ、あのでっかいゴキブリは……!?」
息を切らしながら虎徹の胸ぐらを掴む。ここまで取り乱すのは予想外だが、百聞は一見に如かずなので、ここからの説明は早そうだ。
「まあ落ち着け。まずは順を追って話すからよ」
そうして虎徹は例の巨大ゴキブリが、魔王の開いたのとは別のワームホールから出てきた巨大アメーバが変態したものだということを説明した。
「巨大アメーバがさらに変態しただと……?」
乱れた呼吸が整うに比例して、スズキの思考能力が回復するのか、虎徹の説明が終わるころには、いつもの“ワームホールの第一人者”みたいな偉そうな顔に戻っていた。
「――というわけで、ひと通り攻撃してみたんだが、ビタいち効果がねえ。ありゃいったい何なんだ?」
スズキはしばらく「ふむ……」と顎に手を当てて考えていたが、何かに思い当たると表情が見る見る重苦しくなる。
「そいつはきっと……混沌だな」
スズキの言葉に、虎徹、楓、蒼雲が揃って「混沌?」と問い返す。
「聞いたことがあるわ。世界が自身の限界を超える特異点を内包すると、自浄を断念して存続を放棄する方向へと移行するって。そのときに現れるのが、混沌だと」
さすが魔王。特異点を使って世界を欺瞞しようとしただけあって、それなりに知識があるようだ。
「スマン、ちょっと日本語で頼む」
「メチャ日本語よ、バカ」
漢字の多い魔王のセリフが理解できなかった虎徹の頭を、楓が叩く。
「つまり、魔王という特大の異物が入ってきたんで、世界がこれ以上やっていけないと判断したんだ。あの巨大ゴキブリはまあ、リセットプログラムみたいなもんだな」
「リセットだと? 魔王が一人来たぐらいで諦めるたあ、なんてガッツの無い奴なんだ」
「そうは言うがな、ただでさえ俺たち特異点を六つも抱えてたんだ。世界だっていっぱいいっぱいだったんだよ。そこにトドメとばかりに、今までの数十倍の特異点が来てみろ? 諦めるなって言う方が無理な相談だろ」
だらしない世界に憤る虎徹をスズキが諌めるが、「しかしなあ……」と納得できない様子だ。
明日も更新します。




