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「誰が本気にさせたのよ、ったく、蒼雲まで一緒になって……馬鹿が伝染ったんじゃない?」
「いやはや、面目次第もござらん。しかしながら、これでようやく最終局面。ちゃっちゃと終わらせて、みなで祝勝会と洒落込むでござるよ」
「祝勝パーティ……だったら、料理人が居ないと、困る」
「そういやそうだ。だったらなおさらスズキのおっさんを助けねえとな。お前らの手料理は期待できそうにねえからな」
「悔しいけど否定できない……」
「右に同じくで候……」
「……」と無言の美波。
相手がたとえ魔王だろうと、虎徹たちに怯んだ様子はまったく無かった。むしろ目の前のコイツを倒せばすべてが終わると思えば、俄然やる気が出るというものだ。蒼雲の言うとおり、ちゃっちゃと終わらせて祝勝パーティを盛大にやってやろう。誰もがそう思っていた。
「減らず口だけは一丁前ね……。いいわ、ちょっとだけ相手してあげる」
魔王がスズキから手を離し、魔法を紡ぐ印を切るための動作に入る。当然、彼女の手から離れたスズキは、どさりと顔面から地面に落ちた。
「紅蓮の炎、灼熱の地獄。すべてを焼き尽くす火神の息吹よ――」
魔王が雄大な動作とよく通る美声で、聞くだけで熱そうな炎が出ると予想される呪文を唱えていると、いきなり桜花が叫んだ。
「緊急警報! 新タナわーむほーるガ出マス! 皆サン気ヲツケテクダサイ!」
「なにッ!?」
突如発せられた警告に、虎徹たちのみならず、魔王も驚く。
驚嘆すべきは、魔王の反応速度と状況判断だった。
桜花の警告が発せられるとほぼ同時に、まるで自分でも異変の気配を察知していたかのように、迷いの無い動きで地面に落としていたスズキの頭を再び鷲づかみにすると、ピンヒールを履いた女性とは思えない速度で十メートル近い距離を三歩で移動した。
同じ魔法使い系の分類である楓には、魔王が常態で重力を操作する魔法を使っているのが視える。だが目的のために一時的に魔力を使用するだけならともかく、常にかけっぱなしとなると消費する魔力がべらぼうになる。ライターに譬えると、常に火を着けっぱなしにしているようなもので、常人ならすぐにガス欠だ。
しかも恐るべきことに、魔王は重力制御の魔法みならず、複数の補助魔法を常に自分の周りに展開している。それがどのようなものなのかまではわからないが、どちらにせよでたらめな魔力容量の持ち主であることは間違いない。
ともあれ、背後の異変を視認するよりも早く、魔王はスズキを片手に掴んで虎徹たちのところへすっ飛んできた。
「うお、速ぇっ!」
見た目からは想像もつかない速度に、虎徹が舌を巻く。そしてそれから一秒と経たず、魔王が出てきたと思われる位置に異変が起きた。
「見て!」
楓が指さす方向を見やると、空間に大きな亀裂が入っていた。
「さすが魔王! 何の前フリもなくいきなりワームホールを開きやがった!」
「馬鹿言わないで頂戴。こんなの、予定に無いわよ」
「なに? じゃあこれはどういうことだよ?」
「あたしだって知りたいわ」
虎徹と魔王が口論している間にも、亀裂はどんどん広がっていく。すぐに魔王が出てきたとき以上の裂け目ができると、傷口から血が滲み出るように、ゲル状の何かが湧き出してきた。
「何だありゃ?」
「まさか……ボガスバガル?」
「違う。ボガスバガルは木属性。生きてる間は固体化してる」
美波が冷静に突っ込むと、楓も「なあんだ……」と小さく安堵した。
「アレハ、アメーバデスネ。原生生物ノ」
目から出る妙な光線でゲル状のものを照らしながら、桜花が答える。どうやらスキャン能力も持っているらしい。
「ちょっと待って! アメーバ? あんなに大きいのが?」
「何か問題があるのか?」
「あるに決まってるじゃない、馬鹿じゃないの!? アメーバっていうのは、つまり単細胞生物。いくら大きくてもせいぜい一ミリくらいよ!」
「左様。あんなに大きいのは不自然でござるよ」
蒼雲が、さも自分も気づいていたかのような顔で会話に混ざってくる。だがいくら不自然だと言われても、実際目の前には銭湯の浴槽なみの大きさのアメーバがたぷたぷと身体を震わせ、しかも亀裂からまだまだ湧き出している。このままだとプール一杯分のアメーバが出てくるかもしれない。
「おい、どうする?」
第一人者のスズキが未だ目を覚まさないので、とりあえず生徒だけで相談を始める。
「どうするって言われても……」
「ワームホールから出て来たんだ。見た目はこんなでも、俺たちが何とかしないとヤバいブツには違いないだろ」
「何とかって……具体的にどうするのよ?」
「とりあえず焼いてみてはどうでござろう?」
「たしかに、火には弱そうだな」
全員の視線が楓に集まる。
「え? あたし?」
楓が自分を指さすと、揃って頷く一同。
「なんでいつもあたしに振るのよ。火だったら桜花だって出せるでしょ?」
「こいつは火力が強すぎて、下手に出すと辺り一面火の海にしそうだしなあ」
たしかに、これまで桜花がその身から出した光学、熱兵器は、現行で軍事使用されているものと比べても大差ないと言うか、むしろこっちのほうが強いんじゃないかと思うほどの大火力だった。ちょっとアメーバを焦がす程度の弱火に調整ができるとはあまり思えないので、ここはやはり楓に頼るのが無難であろう。
「……わかったわよ。やるわよ、やればいいんでしょ」
渋々楓は魔法のステッキを召喚する。空中に現れた魔法陣から出てきたのは、いつもののM―16っぽいものではなく、数本のボンベがチューブで繋がった、火炎放射器っぽいものだった。
「あ~、そういうタイプのもあるんだ……」
またもや魔法少女にあるまじきアイテムの出現にげんなりした虎徹の声を無視し、楓は慣れた手つきでバルブ類を開放してからボンベを背負う。噴射装置先端の着火ボタンを押すと、ノズルの先に火が点った。
「おお、すげえ!」
「下がってて。危ないわよ」
炎の射線上から皆を下がらせると、楓はホースで水を撒くようにアメーバに向けて炎を噴きつけた。
火炎放射器の炎がアメーバの表面を撫でると、たちまちじゅわっという音とともに真っ黒な煙が上がった。
「くさっ! 何だこの臭い……」
「この煙、とんでもなく目に沁みるでござる」
「ちょっと、何よこれ……。げほっげほっ。喉も痛くなってきたじゃない」
くさやと髪の毛と生ゴミを同時に焼いたような悪臭と煙に、虎徹たちは目に涙を浮かべながら咳き込む。魔王ですら目を真っ赤にしてむせ返っていた。
「ストップ、ストップ! 火を止めろ! 俺たちに大ダメージだ!」
あまりの酷さに、直ちに火で炙るのをやめたが、煙にやられた目や喉の痛みはしばらく彼らを苦しめた。
結果だけ言えば、アメーバは少し焼け焦げた程度で、しかもすぐに回復した。どうやら楓の魔法では倒せない類のものらしい。つまり、完全な骨折り損である。
「……やるんじゃなかったぜ」
身も蓋もないセリフだが、これで一つ選択肢が絞れたと思えば、成果があったと思えなくもない。いや、無理やりにでもあったと思わないとやってられない。
「次はどうずるでござるか?」
蒼雲が鼻をぐずぐず言わせながら訊いてくる。凄く嫌そうに聞こえるのは、本心なのか鼻水のせいなのか。
「次は俺がやってみる。一発殴ってみれば、何か分かるかもしれない」
この中で一番再生能力が高く、すでに回復した虎徹が名乗りを上げる。
だがアメーバは虎徹のパンチで破裂したものの、すぐに破片が寄り集まって元に戻ってしまった。虎徹も該当者ではないようだ。
「こうなったら片っ端からやるしかねえ。次、蒼雲行け!」
「ごごろえだ!」
鼻水をすすりながら、蒼雲が腰に挿した刀の鯉口を切る。
右手が柄を握ったと思ったときには、すでにアメーバの一部が賽の目状に寸断されていた。まさに電光石火と呼ぶに相応しい居合い抜きの腕前であった。が、
明日も更新します。




