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「二人トモ、ソコカラスグニ離レテクダサイ!」
ボガスバガルの死骸を調べていた虎徹と、ほぼ反対側にある石巨人の死体を調べていた楓が桜花の警告に反応し、即座に全力で後ろに飛び退く。回避行動をとりながらも、二人とも一瞬で変身を完了していたのは、さすがと言うべきだろう。
間一髪というほどではないが、二人が飛び退いてから一拍を置いて、死骸に異変が起こった。
まず変化が起こったのは、宇宙戦艦の装甲だった。まるで中からもの凄い圧力がかかったかのように表面が膨張したかと思うと、すぐに材質がそれに耐え切れずに破裂した。
風船みたく破れた装甲は、一瞬にして辺り構わず破片をまき散らす爆弾へと姿を変えた。
鋭利な刃物と化した破片が楓を襲う。いくら魔法少女とはいえ、油断していた上に防御魔法の加護がない防弾ジャケットでは、この散弾のような破片の雨あられは防ぎ切れない。
「しまっ……!」
あ、これ死んだな――楓は一瞬でそう判断する。時間が止まって感じた。そうか走馬灯ってこういう感じなんだ、などとどうでもいいことを考えていると、自分目がけて飛んで来た破片がすべて身体の十センチくらい手前で止まった。
「あれ?」
助かった。緊張が解け、恐らく何の防御にもならなかっただろうが、腹筋に入れていた力を緩める。
楓が大きく息を吐くと、目の前に浮かんでいた破片が、見えない手の呪縛から解かれ一斉に地面に落ちた。やたら硬そうな音が鳴る。こんなのがもし刺さっていたらと思うとゾッとする。
「サンキュー、美波」
間一髪のところで危機を救ってくれた級友に、楓は素直に感謝する。思えば一番最初の戦闘でも、彼女は竜の炎から守ってくれた。そして今も、あのときと同じように表情一つ変えず、だけどどことなく得意そうに親指を立ててこちらに向けている。
そう言えばあのとき自分を守ってくれたのは、美波だけではなかった。結果的に無駄になったとはいえ、体を張って庇ってくれた人が――、
「あっ――!」
楓は焦る。あのときは楓と虎徹の距離が近かったから美波の超能力で二人同時に保護できたのだ。だが今はそうではなく、彼女は楓だけを守るために力を使った。つまり、離れた場所に居た虎徹には美波の守護が届いていない。
「虎徹……っ!」
血相を変えて虎徹の所へ走る。
巨大な死骸の周りをぐるりと回って反対側に。泣きそうな顔をした楓が見たものは、
「あ? どうした?」
両手の指の間に破片をずらりと挟んだ、かすり傷一つないアペイロンの姿だった。
「は~…………」
あまりの何ともなさに、思わず全身の力が抜ける。急激に不安になったり安心したりしたせいか、自分でも驚くほど足に力が入らず、へなへなとその場に座り込んだ。
「なんだなんだ、いきなり?」
いきなりへたり込んだ楓を見て、虎徹が両手の破片を無造作に捨てる。やはり重く硬い音がいくつも鳴った。
「あんたねえ……デタラメも、ほどほどにしときなさいよ……」
「はあ? 意味わかんねーよ」
あの一瞬で飛んできた破片をすべて受け止めるとは。何という動体視力と運動能力だろう。自称宇宙最強というのは、あながち彼の誇大妄想というわけではなさそうだ。思い返せば竜を殴り倒し、蒼雲の仕掛けた百鬼夜行の罠から何食わぬ顔で帰ってきたのだ。彼の強さを常識で計ろうというのが間違いなのかもしれない。
「もういいわよ、無事なら……」
「そうか? まあ橘も無事で何よりだ。ビックリしたよなあ。いきなり破裂しやがるし」
「……でいいわよ」
「え? 何だって?」
「楓でいいわよ……。わたしも虎徹って呼んじゃったし」
赤面とむくれっ面を同時にした楓が右手を差し出す。
「なにボーっと見てるのよ。あんたのせいで力抜けちゃったんだから、さっさと手を貸しなさいよ」
虎徹は一瞬ぽかんとしたが、すぐににやりと笑うと、力強く彼女の手を握って引き上げた。
とりあえず虎徹と楓は無事だったが、当然異変はこれで終わりではなかった。
「おいおい、まだ何か起こるのかよ」
虎徹は腰を抜かした楓を支えながら、美波たちと合流する。また何かあった場合、美波の超能力が頼りになるからだ。もちろん桜花や蒼雲の力もあてにしている。
一同は死骸から50メートルほど距離を取って様子を見る事にした。そうこうしている間に、次の変化が起こる。
破裂した装甲が、今度は中に吸い込まれるように収縮していった。
「膨らんだと思ったら、次は縮むのかよ。忙しい奴だぜ」
虎徹の突っ込みも何のその、ベコベコと派手な音を立てて、宇宙船の装甲が凹む。きっとあれ一枚だけでも大気圏突入に耐えられるであろう頑強な装甲が、紙くずみたいにぐしゃぐしゃになって折り畳まれる姿は、ゆうに三桁は連邦宇宙軍の戦艦を叩き壊してきた虎徹でも初めて見る光景だった。
内側に吸い込まれた装甲に続き、今度は石巨人も中に収納される。腕がもげ、粉々に砕け散り、砂となって穴に吸い込まれる。装甲に比べてあっという間だった。
ボガスバガルに至っては、もっと呆気なかった。掃除機でプリンを吸い込んだら、きっとこんな感じだろう。気持ちいいくらい軽快な音を立てて、一瞬で見えなくなった。
後に残ったのは、マンホール大の真っ黒な穴。
異界へと通じ、この世ならざるものを召喚する穴。
それはまるで――
「なんだよこれ……。これじゃまるで、ワームホールじゃねえか」
目の前に突如生まれた新たなワームホールに、虎徹が上ずった声を上げる。だが、それは正解ではない。
「違う。ワームホールを複数使って、もっと強力なワームホールを作ったんだ。つまり、これまでのワームホールは、全部このための布石だったんだ」
「なに!?」
スズキの言葉に、全員がそれぞれ驚愕の声を上げる。あの美波でさえ、だ。
「迂闊だった……。これまでのワームホールは、ただ世界の力を削ぐために現れたんじゃなかった。それぞれに課せられた意味があったんだ」
「意味?」
楓の問いに、スズキはそうだと答える。
「これまでにワームホールから現れたものを覚えているか?」
「えっと……、最初がわたしの火竜でしょ。次が蒼雲の海坊主。そして最後まとめて宇宙戦艦と石巨人と……ボガスバガル」
「そう、合計五つ。お前ら、ここまで聞いてピンと来ないか?」
「そうか、分かった! 五大元素ね!」
「さすが魔法少女、察しがいい。最初の火竜が火。その次の海坊主が水。宇宙戦艦が金属の金。石巨人が土。そしてボガスバガルが木だ。これで木火土金水の五大元素がすべて揃ったことになる」
「……え? ボガスバガルって木属性なのか?」
虎徹が美波の方を見ると、彼女は静かに頷いた。
「ボガスバガルは、自律移動型肉食植物」
「もう何でもありだな、異次元は……」
この世界より高次元の生物なので、元より常識が通用しないのはわかっていたが、まさかあの見てくれで木属性だったとは。
「それで、五大元素が揃ったからどうなるっていうんだ?」
「五大元素は世界の縮図。森羅万象の根源みたいなものなのよ。それを絡めてワームホールを使ったということは……」
「要するに、ワームホールを使って巨大な扉を作ったと思えば間違いじゃない。五大元素は、それを開くために必要な鍵みたいなもんだ」
スズキの言葉に、「なるほど」と頷く虎徹。
「で、そんな大それたことをやらかしてくれたのはどこのどいつで、目的は何だってんだ?」
「それは分からないけど……」
「俺に心当たりがある」
「え……?」
虎徹と楓が同時にスズキを見る。
苦々しくワームホールを凝視しているスズキの瞳には、濃い色のサングラスでも隠し切れないほど強い感情の光が伺えた。それが喜怒哀楽のどれに当たるのか、まだ若い二人には見抜けなかった。
「こんな手の込んだ、しかもはた迷惑な方法でこっちの世界に押しかけてくる奴なんて、一人しかいない……」
ワームホールから、手が出てくる。ヒトの、それも女性の右手だ。
明日も更新します。




