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娯楽室の扉から漏れる笑い声を背に、スズキは苦笑する。
「青春だねえ……」
「仲良キ事ハ美シキ哉、デス。コノコトガ、今後ノわーむほーるトノ戦イニ良イ影響ヲ与エテクレレバ良イノデスガ」
「お前は混じらなくていいのか? 今のあいつらなら、お前だって難なく仲間として受け入れてくれるだろうぜ」
向かいに立つ桜花に水を向けると、彼女は少し考えるように眼を点滅させる。
「ソレヲ言ウナラ、仲間ガ必要ナノハ私デハナク、貴方ノホウデハ?」
抑揚も忌憚も無い桜花の電子音声に、スズキは眉間に深い皺を刻む。
「こっちはもういい大人なんだぜ。十歳も下のガキどもに混ざれるかよ」
「失礼、失言デシタ。シカシ今ノ私ノ記憶ハ、破損ガ著シイ状態デス。ソレガイツカ復旧シタトキ、今マデノでーたガ消エテシマウ可能性ガアリマス。私ハ彼ラトノ記憶ヲ失ウコトニ、何ノ抵抗モアリマセンガ、彼ラハトテモ悲シムデショウ。ソウイウ人タチデス」
「だから、最初っから関わらなければ誰も悲しまないって寸法か?」
「ハイ。人間ハ感情ノ生物デス。コレカラ先ノ戦イニ、何ガ悪影響ヲ与エルカ分カリマセン。可能ナ限リ不安要素ハ排除スルノガ、得策ダト思イマス」
「ドライだねえ……」
「機械デスカラ」
スズキの皮肉も、感情を持たない桜花にはまるで通用しない。すべて冷たい外装に弾かれ、音を立てて廊下に転がっていくようだ。
「機械ハ所詮道具デス。使ウ人間ガ愛着ヲ持ツコトハアッテモ、機械自身ニ愛情ハアリマセン」
「だがあいつらは、お前を道具だとは思わんぞ」
「ダトシテモ、私ハ自分ヲ道具ダト認メテイマス。ソレ以上デモ、ソレ以下デモアリマセン」
桜花がスズキに背中を向ける。睡眠や補給を必要としない彼女は、夜は自主的に寮の巡回をしているのだ。
「ま、好きにすればいいさ。だがな、あいつら――特に虎徹の馬鹿さ加減を舐めるなよ。あいつはお前がいくら溝を刻もうが、平気で飛び越えてくるぞ」
捨て台詞のつもりで桜花の背中投げかけた言葉は、意外にも弾かれずに彼女の歩みを止めさせた。
「不可解デス。ドウシテ彼ハ鞍馬蒼雲トイイ、アアモ誰彼構ワズ受ケ入レテシマウノデショウ」
「馬鹿だからな、と言いたいところだが、そうだな……強いて言うなら」
「言ウナラ?」
「あいつがヒーローだからさ」
「ソレコソ不可解デス。理由ニナッテイマセン」
振り返りもせずに言い放つと、再び桜花は歩き出す。
今度こそ桜花は立ち去り、廊下にはスズキ一人が残された。
「女に男のロマンは分からんか」
向ける相手もなく放たれたスズキの皮肉は、やはり誰にも届かずに廊下に吸い込まれた。
◆ ◆
それからさらに三日、平穏な日々が続いた。
娯楽室での件以来、クラスの雰囲気はがらりと変わっていた。女子同士の結束がより強くなったのは元より、唯一の男子生徒である虎徹の扱いが劇的に改善されたのだ。
ただ例によって桜花だけは、未だにみんなと一定の距離を残していた。
何しろ彼女は機械なので、食事も娯楽も睡眠も必要ない。共通の話題も趣味も無い。みな話かけるきっかけが掴めず、アプローチのタイミングを逃して今日まで来てしまっていた。何より桜花本人が必要以上の接触を避けているフシがあるのでどうしようもない。
とはいえ、いつワームホールが出現するか分からない状況なので、ただスクールライフを満喫するわけにもいかない。彼らの務めは世界を救うことである。友達を作るために集められたわけではないのだ。
こうして、クラス一丸となるまであと一歩というもどかしい状態のまま、とうとう来るべき時が来てしまった。
それは、二時限目も半分ほど過ぎた頃。
ちょうど虎徹が二次関数の問題を当てられ、いつもの如く当てずっぽうで答えて不正解を言い渡されたそのとき、これまでにない声量で桜花が警告した。
「わーむほーる出現!」
教室内の全員が同時に身構える。
「来たか」
不敵に笑ったのは虎徹だけではない。楓も蒼雲も、待ちわびたと言わんばかりに勢い良く椅子から立ち上がった。
だが今すぐにでも教室から飛び出そうと急く三人の足が、桜花の更なる警告で止まる。
「サラニフタツノわーむほーるガ出現! 計ミッツデス!」
「何ぃっ! 三つだとぉっ!?」
想定外の事態に、スズキが桜花へと詰め寄る。虎徹たちも、一度に三つのワームホールの出現に、どうすれば良いのか判断できずに戸惑っていた。
「マジかよ……。ってことは同時に三体の化物と戦うのか?」
「知らないわよ、そんなの……。それより、ワームホールはどこに出現したの?」
「左様。桜花殿、出現したワームホールの位置は?」
蒼雲の問いに、桜花はゆっくりと顔を上に向ける。
「ミッツトモ、コノ真上デス」
「真上だと……?」
残りの全員がほぼ同時に天井を見上げる。だが見ているのは天井ではない。さらにその先。遥か上空に浮かんでいるであろうワームホールだ。
「この上に三つ……」
絞りだすように呟いた楓の声が掠れている。そこにあると知っただけで、禍々しい気配が天井を通り抜けてここまで感じるのは、気のせいではないだろう。一つでもそれだけの重圧を感じるものが、今回は三つ。さすがの楓も緊張せざるを得ない。
「で、どうする?」
さしもの虎徹も声が渇いていたが、余裕の笑みを作るだけの意地はあった。何故なら、ヒーローはピンチのときこそ笑って見せるものだからだ。
「どうするもナニも、決まってるじゃない。やるしかないでしょ」
虎徹の空元気に引っ張られたのか、楓もやや引きつりながらも白い歯を見せる。
「たしかに。拙者たちに下がる道は無し。ならば前に進むだけでござる」
蒼雲が気合を入れるように、腰に挿した大天狗鬼一をぐいと持ち上げる。
「たかが三体。こっちは五人。楽勝」
相変わらず小声で片言だが、美波のセリフは勇ましい。それに、超越者の彼女がそう言えば、本当にそうなるような気がしてきた。いや、絶対にそうするんだという気力が腹の底から湧いてくるから不思議だ。
「よし。じゃあここは一発、全員で屋上に出迎えに行ってやろうぜ!」
虎徹が右腕を振り上げると、桜花を除く全員が威勢よく「オーッ!」と掛け声を上げながら同じく右腕を振り上げた。何故かスズキも混ざっていたが、誰も突っ込まなかった。
屋上に一番乗りしたのは、意外にも虎徹だった。虎徹に遅れること数秒。スズキ、蒼雲、楓、桜花、普通に走ってきた美波の順番に屋上に顔を出す。先に来てすでに空を見上げていた虎徹に倣い、全員が同じ方向を見る。
が、空は分厚い雲が立ちこめ、暗澹たる気配に包まれているものの、ワームホールの姿は一つも見えなかった。
「おい、本当にここにワームホールが出るんだろうな?」
「出マス。ガ、今ハわーむほーる同士ガ干渉シアッテ、具現化デキナイヨウデス」
「いっそこのまま相殺してくれれば御の字なんだが……、まあそう上手く行くワケないわな」
スズキが冗談めかした口調で独り言を言うが、表情からわりと本気なのが伺える。ただみんなも口に出さないだけで、本心は似たようなものだった。誰だって楽はしたい。
「反応ガ強クナッテキマシタ。ソロソロ現レマスヨ」
桜花の目が点滅を繰り返す。本人はサイレンのつもりで警戒を促しているのだろうが、どう見てもブリキのオモチャみたいで緊張感が削がれる。
「来マス!」
一際明るく光った目が、サーチライトの如く黒い雲の一点を照らす。一同の視線が集められる中、桜花の宣言通り、まず一つ目のワームホールが現れた。
天に開いた穴は黒い雲よりもさらに暗く、桜花の照らす光すら届かず中の様子がまるで伺えない。
「デカいな……。あんなのがまだあと二つも出るのか?」
虎徹の言う通り、いま頭上に浮かんでいるものは、前回前々回のワームホールと
は比べ物にならないくらい大きい。
「直径が倍……いや、三倍はあるわね」
「もしかすると、三つが合体して一つになったのではござらぬか?」
明日も更新します。




