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「きゃっ!」
楓ペアが互いに接触。その間隙を縫って蒼雲がスマッシュ。これで蒼雲ペアはマッチポイントを迎える。ここで得点を許したのは、楓側にとって手痛いミスだった。
「ちょっと、なにやってんのよ! ちゃんとやりなさいよ!」
「やってるわよ! あんたこそ邪魔しないでよ!」
大事な局面でのミスに、楓が楓に文句をつける。同じ顔同士が言い争う。特撮か合成みたいな光景だ。
「邪魔ってどういうことよ!」
「あんたのデカいお尻が邪魔だって言ってんのよ!」
「あんただって同じサイズでしょうが!」
「やだ、やめてよ。あんたみたいなプリケツと一緒にしないで」
「だから同じだって言ってるでしょ!」
売り言葉に買い言葉が重なり、とうとう自分同士で掴み合いのケンカを始めた。こうなるともう試合どころではなくなる。あえなく審判の美波による没収試合となり、現時点で優勢な蒼雲ペアの勝利となった。
「やれやれ、また仲間割れでござるか……」
「またって、初めてじゃないのか?」
術を解いて一人に戻った蒼雲が、虎徹に向かって両肩をすくめて見せる。
「楓殿は気が強い御仁でござるからな。同じ性格の人間が二人いたら、些細なことで衝突するのは至極当然でござる」
一人で二人分の行動をしている蒼雲の分身の術と違い、楓の魔法は自分をもう一人複製する。つまりまったく同じ考え、性格をした人間が二人存在することになる。なので同じことを考えてぶつかったりするのだ。
「単純に戦力が倍にってわけじゃないんだな」
「むしろ同族嫌悪といった感じでござるな。似すぎているがゆえに腹が立つというか、自分の事だけに悪口も的確でござるし」
「不毛だ……」
気を遣って聞き流しているが、先ほどから繰り広げられている楓たちの舌戦は、赤裸々すぎてこっちが恥ずかしくなる。口喧嘩は男より女のほうが達者だというが、まさにその通りだと虎徹は痛感していた。
「さて、拙者たちの勝負は終わったでござるが、どうかな武藤殿。拙者とひと勝負」
蒼雲は楓が使っていたラケットを掴むと、テーブルの上を滑らせた。
虎徹はネットの下をくぐり抜けて滑り込んできたラケットを受け止める。卓球台もそうだが、寮そのものが新しいため、備品のラケットからピンポン球から何もかもが新品だった。
「そうだな。せっかくだし、ひと勝負やってみるか」
ラケットは両面にラバーが貼ってあるタイプだった。軽く握ってグリップの具合を確かめる。何度か振ってみると、そこそこ手に馴染んできた。
「では、始めるでござるか」
こちらの準備が整ったと見て、蒼雲がピンポン球を投げて寄越した。ハンデの代わりにサーブ権をくれるようだ。
だが虎徹はピンポン球を受け取ると、自分の陣地には向かわず、台の側面で審判をしている美波へと向かった。
「どうだ? 俺と軽く遊んでみないか?」
返事は無いが、美波はわずかに顔を上げて虎徹の顔を見た。だがその瞳は相変わらずこちらを通り越して、どこか別の空間を見ているようだった。
「卓球やったことあるか? 無いなら面白いから、一度くらいやってみようぜ」
無反応にも構わず、虎徹は美波を誘う。
「武藤殿……」
「悪いな、鞍馬。今日はこいつと遊ばせてくれよ」
「拙者は別に構わんでござるが……」
蒼雲はちらりと美波を見る。無言で虎徹を見つめたまま微動だにしない。本当に彼の声が届いているのかさえ疑問になるほどだ。
「どうした? 俺にはテレパシーが通じないか?」
虎徹がにやりと笑ったそのとき、
「あなたも――」
初めて美波が喋った。
「あなたも、ヒトを超えたのね。脳に別のものが混じってて、うまく波長が掴めない」
初めて耳にする美波の肉声は、小柄な彼女に相応しく、囁くようなとても小さい、だが心地良い澄んだ響きがあった。
「南海乃殿が……喋ったでござる」
「うそ……マジで?」
「うそ……マジで?」
驚愕する蒼雲とともに、まだケンカを続けていた楓たちも揃って唖然とする。
「宇宙の超科学ってやつで、全身の細胞にナノマシンが同化しちまっている。そのおかげでアペイロンに変身できるし、今じゃ変身しなくてもその気になれば、常人を遥かに凌駕した能力を発揮できる」
「“内燃氣環”。無限エネルギー発生機関とネオ・オリハルコンによって、あなたは宇宙最強の力を手に入れた。でも、そのせいで、もう普通のヒトには戻れない」
「ま、望んでなったことだからな。後悔しちゃいないさ」
「……寂しく、ない?」
「寂しい? どうして?」
「あなたは家族とも、友人とも、他の誰とも違う。まったく別のもの。この宇宙で、あなたと同じ存在はいない。完全な孤独」
美波の表情に、哀れみも同情も一切無い。ただ事実をありのまま語っているだけだ。だがそれも虎徹にとっては、別に今さらといった感じなので、思わず鼻で笑ってしまう。
「なぜ笑うの?」
「そりゃ笑うさ。俺が孤独だって? どうして? 俺には家族もダチも、こうやってクラスメイトだっている。これのいったいどこが孤独だって言うんだ」
「そういう意味じゃない」
「同じだよ。そりゃ俺とまったく同じ存在は、この宇宙のどこを探したっていない。けどそれは誰だってそうだ。お前も、橘も、鞍馬も田中もスズキもそうだ。まったく同じ奴なんていないんだ。たとえ別の次元、別の平行世界ででもだ。けどそれで孤独だと言えるか? 言えないだろ。違う奴らが集まって、ダチになったり家族になったり仲間になるんだ」
「仲間……」
「もちろん、お前だってそうだ。ヒトであろうが超えてようが、そんなの関係ねえ。俺たちの仲間だ」
同じ特異点じゃねえか、と虎徹は胸の前で右の拳を固く握りしめた。
「わたしも……仲間……?」
「孤独ってのは、悩みや不満を誰にも相談できないってことだ。そして仲間ってのは、それができて、助け合うことができる相手のことだ。ヒトには言えないことでも、似たような境遇の俺たちになら言えるだろ? それに俺たちならきっと、お前の力になれる」
「左様。拙者たちはみな仲間でござる」
「ま、どちらかと言うと同類って感じだけどね」
蒼雲とともに、いつの間にか一人に戻っていた楓も、照れ臭そうに話題に入ってきた。照れ隠しに憎まれ口を叩くところが、実に彼女らしい。
「じゃ、俺から訊くぜ。お前は今、孤独か?」
美波が口を閉ざすと、室内に静寂が広がる。みな固唾を飲んで次の言葉を待ち侘びるが、秒針が一周する間も表情はまったく動かず、また元の彼女に戻ってしまったのではと心配しかけたところで、
「いいえ、今のわたしには仲間がいる。だから孤独じゃない」
小さな声で。だがはっきりと言った。ほんのかすかだが、微笑んだように見えた。いや、たしかに虎徹にはそう見えた。もちろん楓や蒼雲も同じように見えたはずだ。
「よし。じゃあまずは卓球やろうぜ!」
「いや、どうしてそうなるのよ?」
「最初はそういう話だったんだよ。ほれ、ラケット」
虎徹に渡されたラケットを手に、美波は小首を傾げる。
「どうした?」
「……卓球、やったこと無い」
「マジか? じゃあ基本から教えてやるよ。まずラケットの持ち方からな」
「ちょっと、ドサクサに紛れてなに手を握ろうとしてんのよ、スケベ」
「スケベじゃねえよ。っつか俺と南海乃が勝負するんだから、お前らは大人しく見物してろよ」
「南海乃殿は手も小さくて可愛らしいでござるなあ……。拙者のタコやマメだらけの手とは大違いでござるよ」
「あんたも何で息を荒げて手を握ってるのよ!」
「……でいい」
「え? 何でござるか?」
「美波でいい」
「なら拙者も蒼雲で結構でござる」
「あたしも楓でいいわ」
「じゃあ俺も虎徹でいいぜ」
「だからドサマギで入ってこないでって。今からここは男子禁制なんだから」
「ひでえっ!」
「さ、鬱陶しい男子は放っておいて、女の子同士で楽しく遊びましょうねー」
美波の取り合いに、真っ先に蹴落とされる虎徹。挫けることなく立ち向かうも、楓に手酷くやられ続けた。
そのたびに笑いが起こり、娯楽室は楽しげな空気に満ちていった。
明日も更新します。




