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                ◆     ◆


 スズキの懸念に反して、それから二日経っても新しいワームホールは現れなかった。さすがに楓たちも連日の戦闘は心身ともに疲れるようで、何事も無い平和な日を喜んでいた。


 異変が起きないのならば、やることは一つ。学生の本分は勉強である。いかに世界の危機とは言え、勉学を疎かにして良い理由にはならない。むしろ有事だからこそ、学問が必要なのだ。


 こうして初日と二日目に遅れた授業は、ここぞとばかりに取り戻された。残業ならぬ居残り授業の連続に、虎徹や蒼雲などは頭から湯気をたて、これならワームホールを相手に暴れていたほうがよほどマシだと嘆いた。



「で~……。やっと終わった~……」


 二時限分の居残りがようやく終わり、力尽きた虎徹が机に突っ伏す。宇宙最強のアペイロンに変身できる彼だが、こと勉強に関しては無敵ではいられない。て言うかむしろ弱い。


「だらしないわねえ。ちょっと遅れた分を駆け足でやっただけじゃない。そもそも、普段から予習復習をちゃんとしてたら、これくらいどうってことないわよ」


 夏バテした犬みたいにへたっている虎徹に、勝ち誇った目と嘲笑を投げかけつつ、楓が教科書とノートをカバンに入れる。彼と違い、いかにも余裕綽々といった感じだ。


「うるへ~バーロー。こちとら勉強なんかに割いてる時間なんて、毛ほどもねえんだよ。限られた短い青春に、そんな無駄な時間があってたまるか」


「どうせ遅くまでゲームばっかりやってるんでしょ? そっちのほうが時間の無駄じゃない。どうせなら将来身になることに時間を費やしなさいよ。だいたいあんた授業中に当てられた問題、ひとっつも答えられてないじゃない。よく今まで落第しなかったわね」


「大きなお世話だ。だいたいあの野郎、俺ばかり目の敵みたいに当てやがって……。なんか恨みでもあるのかよ」


「いや、それは違うでござるよ。拙者も楓殿も同じくらいスズキ殿に当てられているでござる。……まあ拙者も何一つ答えられておらぬが」


 いつの間に復活したのか、ついさっきまで虎徹と同じく頭から湯気を出して机に突っ伏していた蒼雲が会話に混ざってきた。


「ただ不思議なことに、田中殿と南海乃殿には一度も当てたことがないでござる」


「マジか!?」


 今さら気づくのも間の抜けた話だが、楓も虎徹も蒼雲に指摘されるまで気がつかなかった。


「あたしも気づかなかったわ。よく気がついたわね」


「フ……。悔しいから皆の分をカウントしていたのでござるよ。どうせ他にやることもなかったし」


「いや、授業中なんだから勉強しなさいよ……」


「お化けにゃ学校も試験も無いでござる。それを今さら付け焼刃したところで、たかが知れてるでござるよ」


 胸を張って言うことでもないが、たしかに妖怪に人間の勉強が必要とも思えない。


「まあ勉学はともかく、初めて学友というものができたのと、制服というものを着られたことだけは良かったでござるな」


 自分たちが当たり前のように享受していたことを、しみじみと噛み締めるように語る蒼雲の姿に、虎徹と楓は胸が熱くなる。学校や授業なんてこの世から無くなってしまえばいいのに、と願うこともしばしばある二人だが、こうも愛おしそうに語られると、自分たちがどれだけ恵まれた生活をしてきたのかを思い知らされる。


「皮肉なものでござるなあ。特異点になったがためにこんな辺鄙なところに押し込められ、怪異と戦う羽目になってしまったが、そのおかげでこうして皆と知り合うことができたでござる」


「たしかに、特異点じゃなかったら俺たちは出会うこともなかったわけか」


「奇妙なものね。こういうのも、運命っていうのかしら」


「さて、縁は異なもの味なものと言うでござるが、拙者と田中殿は人ならざる身ゆえ、その言葉が当てはまるかどうか微妙でござるな」


 あえて自分から一歩引くように、蒼雲が自嘲混じりの苦笑いをする。


「妖怪だのロボットだの関係ねえよ。俺のダチには宇宙人だっているし、きっとその気になれば、カミサマとだってダチになれるさ」


 だが虎徹は易易と、蒼雲が下がった一歩を詰めた。彼の中に、妖怪や宇宙人などという垣根は存在しない。気に入った相手なら友達になるし、気に入らなくて拳が届くならぶん殴るだけだ。


「なんだかいいこと言ってるようで、聞きようによったら何も考えてないみたいな発言ね」


「いやいや、さすが武藤殿。相変わらず懐が深くて拙者ますます感服致す」


「コイツの場合、馬鹿なだけだから感心するだけ損よ」


「うるせえ。っと、話がズレちまったな。スズキの野郎、あからさまに贔屓してやがったのか……。ちっとも気がつかなかったぜ」


「迂闊だったわね。まさか五人しかいないクラスで誰にも気取られずに三人だけに当てるなんて荒業をやってのけるとは……。あいつ只者じゃないわよ」


「いや、拙者が気づいていたでござるよ」


 小声で蒼雲が突っ込むが、楓は聞こえないフリをする。


「しかし、ロボの田中はともかく、なんで南海乃も当てられないんだ? アイツも一応人間だろ」


「一応もナニも、ドラゴンを素手でぶっ飛ばすアンタよりはよっぽど人間らしいわよ。少なくとも超能力は人間に秘められた能力だし」


 魔法を使う楓に言われたくはないが、超能力を超えた能力だという意味で解釈すれば、悪い気はしないでもない。詭弁だが。


「まあ俺が超人的に強いのはともかく、授業でアイツだけ当てられないのは納得いかん」


「うわ……コイツ超いい方向に解釈した」


「そう言えば拙者、南海乃殿の声を一度も聞いたことがござらんな」


「あ、言われてみればあたしも無い」


「マジか? お前らこの間一緒に風呂に入ったりしてただろ」


「うん……。だけど、こっちから話しかけたら頷くくらいで、あの子から話したりしたことって無かったんじゃないかなあ」


「寡黙というか、無口というか。とにかくどんな話題に対しても、あまり興味を示さない感じでござったな」


「今まで一言も会話したこと無いのかよ?」


 楓と蒼雲は首を傾げる。どうやら本当に今まで一度も美波の声を聞いたことが無いようだ。


「……よくそれで今までコミュニケーションが成立してたな」


「まあ、あの娘エスパーだからね。こっちの意図は訊くまでもないし、あたしらも何となくあの娘が言いたいことを理解してたから」


「以心伝心と言うか、南海乃殿が拙者たちに念を送ってくれていたようでござるな」


「テレパシーか。たしかに便利だが、それくらい口で言えよ……」


 それからは女子二人によって次から次へと出てくる美波の話題に、虎徹は「ほう」とか「はあ」などの相槌しか打てなくなった。女三人寄ればかしましいとはよく言うが、二人でも十分騒がしい。


 やがて話題は大幅に逸れ、完全な女子トークに突入した。スイーツやアイドルの話題にまったく興味のない虎徹は、黙って二人の会話から離脱した。というか、もう虎徹そっちのけで話しているので席を離れても二人は気にも留めなかった。なので虎徹は途切れることなく話し続ける楓と蒼雲をそのままにし、何となくやるせない気持ちを胸に一人で寮に帰った。



 夕飯はトンカツだった。数ある好物の中でも上位に位置するだけあって、虎徹はもりもりとカツを噛み砕いて飲み込んでいく。


 だが授業については、未だに飲み込めずにいた。


 別に桜花と美波の二人だけ特別扱いされているのが不満なのではない。ただその理由が知りたいだけだった。


 せっかくの好物も、胸がもやもやしていると味が落ちたように感じて損した気分だ。なので一刻も早くこの件に関して決着をつけるべく、おかわり用のワゴンを押してやってきたスズキを即座に捕まえた。


「お、どうしたどうした。そんなにがっつかなくてもたっぷりあるから、無くなりゃしねえよ」


「別に早くおかわりがしたくてせっついてんじゃねえよ。……まあおかわりはするけど」


「するのかよ」


 ツッコミを入れながら、虎徹から茶碗を受け取るスズキ。ちなみに今日はいつもの黒ずくめの上に割烹着を着ている。


「で、用件は何だ? メニューに文句があるって顔じゃなさそうだが」


「話題をメシから離せ。そうじゃなくて、なんつったらいいか、まだちょっとまとまってねえんだよ」

明日も更新します。

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