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 爆心地みたいな場所に虎徹が悠然と降り立つと同時に、海坊主の頭が首からゆっくりとずり落ちて行く。


 切断された頭が地面に落ちると、水風船が割れるように海坊主の頭は黒い水となって弾けた。


 それに呼応して、海坊主の身体も一斉に黒い水となり、すぐ真下に居た虎徹たちは、滝のように降りかかる黒い液体を頭から被った。


「うわっぷ……っ!」


 粘度の高い液体を大量に被り、虎徹は頭の先から爪先までねっとりとした汁に濡れそぼる。自分でも見惚れるほど綺麗に切断できたので、完全に油断していたための不覚だった。


「うわ、何だこのネバネバした汁……。ひっでーなオイ。大丈夫か鞍馬?」


 虎徹は慌てて手に持った薙刀――蒼雲の安否を気遣う。アペイロンならば、この液体がたとえ強酸性や有毒なものであってもどうということはない。ネオ・オリハルコンの装甲は、仮に太陽のプロミネンスや濃硫酸の雨に晒されたとしても、中の虎徹を守ってくれる。


 だが蒼雲は違う。彼女は妖怪とは言え、アペイロンみたいなでたらめな耐久性は持ち合わせていないのだ。


「おい! しっかりしろ! おい!」


 いくら大声で呼びかけ、薙刀を揺すってみても反応が無い。まさか、海坊主の体液には妖怪に対して有害な何かが含まれているのだろうか。


 虎徹は自分の迂闊さを呪う。己の無敵さを過信するあまり、すぐ近くにいる味方の安全を失念していた。


「お疲れー。うわー、なにこれ? まるで爆弾が落ちたみたいじゃない」


 海坊主が消滅したことを確認し、楓が合流してきた。背後には桜花と美波もいる。


「え、えらいこっちゃ……。鞍馬が息してねえっ」


「ええっ!?」


 慌てて楓が鞍馬に駆け寄り、呼びかけてみるがやはり反応がない。とりあえず虎徹は楓の指示で、鞍馬を優しく地面に横たえさせる。


「落ち着いて……。とりあえずこういうときは慌てず騒がず、まずは呼吸と脈拍の有無を確認するって保体で習ったわ」


 慣れない手つきで救急対応をしてみるが、今の鞍馬は薙刀の柄の姿に化けているので呼吸しているのか脈があるのかまるで分からない。どこを触っても硬い棒だ。


「鞍馬サンガ、ドウカシマシタカ?」


 虎徹と楓があたふたしていると、全身ずぶ濡れで身体のあちこちに海藻をひっつけたままの桜花が様子を見に来た。


 二人があれこれ説明すると、桜花は「ハァ、ナルホドナルホド」と即座に状況を理解してくれた。こういうとき生身の人間と違って、感情に左右されない人工知能は話が早くて助かる。


「チョット失礼。私ガ診テミマショウ」


 さすが古代の超文明が生んだ万能ロボット。先日ビームを出した目から別の光線を出して蒼雲に当てると、それだけで診断が終了したようだ。恐らくアナライザー的な何かを照射したのだろう。


「どうだ? 何か分かったか?」


 代表して虎徹が容態を尋ねる。


「タダ気ヲ失ッテイルダケデスネ、コレ」


「え……?」


 文字通り機械的な声であっさりと言われ、虎徹と楓の声がハモる。


「ぶらっくあうとデス。イクラ妖怪トハ言エ、まっは5ノ速度デ身体ヲ振ラレタラ誰ダッテ失神シマスヨ」


「あ~……、だよね~……」


 拍子抜けして全身から力が抜けた虎徹が漏らした安堵の吐息に混じって、蒼雲が小さく『きゅう……』と呻いた。



 蒼雲が意識を取り戻したのは、虎徹によって教室に運び込まれてから、十分ほど経った頃だった。


 桜花の診断の後、すぐに変化の術の効果が切れて元の姿に戻ったものの、相変わらず目を覚まさなかったので仕方なく虎徹が運んだのだ。


「いやあ、これは失態。面目ないでござる」


 額に冷却シートを貼っつけた蒼雲が、はにかみ混じりで申し訳なさそうにクラスメイトたちに頭を下げた。


「気にしなくていいわよ。誰だってあんな馬鹿力で振り回されたら気絶くらいするもの。ったくあの馬鹿、加減ってものを知りなさいよ」


 ぶちぶち文句を言いながら、楓はじろりと虎徹を睨む。変身を解除して元の姿に戻っていた虎徹は、刺すような視線に食事の手が止まる。


「だから、悪いと思ってここまで運んでやっただろ。俺だってまさか気絶するとは思わなかったしよ」


 虎徹の言い分を楓は「うるさい黙れ」の一言で一蹴する。完全に聞く耳持たないというか、存在を否定しているかのようだ。


「それよりもう大丈夫なの? 気分が悪かったりしない?」


「拙者はこれこのとおり、もう大丈夫でござる。それに思い切り振れと頼んだのは拙者でござる。なので武藤殿を責めないで欲しいでござるよ」


 蒼雲が両腕で力こぶを作り、元気をアピールすると、渋々ながらもようやく楓は


「あまり無茶しないでよ」と言って自分の食事に戻った。


 海坊主騒ぎで、午前の授業どころか昼休みも完全に潰れていた。今は皆、先に戻ったスズキが用意していた給食で、遅い昼食を摂っている。


 そしてスズキもまた、彼らとともに同じメニューをもぐもぐと腹に収めている。耐熱プラスチックの容器に盛られた焼きそばと、簡素なコッペパンと瓶牛乳の組み合わせがどこかノスタルジーを感じさせる。


 教卓横の担任用机で給食を食べながら、スズキは考える。考えることは二つ。まずはこのクラス――特異点たちの現状だ。


 ざっと見たところ、人間関係の大きな破綻は無い。楓と虎徹は仲が悪そうだが、そこそこ会話しているので悲観するほどではない。本当に仲が悪いと会話すらしないからだ。


 それよりも意外だったのは、女子同士のほうだ。他人どころかあらゆるものに興味が無さそうな美波はともかく、楓がクラスメイト――特に人外に対して驚くほど適応が早い。普通今どきの女子高生が、はい今日からこの人たちと同じ空間で生活します、と指示されたからといってすんなり順応できるだろうか。同じ人間、同年代の同性でも難しいのに、昨日今日初めて会った、しかも人ですらない相手に、彼女はもう友達のように接している。いくら異世界での生活が長かったとはいえ、そういうものなのか。


 これは彼女が特別なのだろうか。特別アホなのだろうか。それはまだ判断がつかない。同じことは虎徹にも言えるが、それは彼が特別アホだからで説明がつく。


 他に考えられる原因は、彼らが同じ特異点だから。同類ならではの距離感というやつか。それこそ、昨日の今日のことなので判別できない。そもそもデータが少なすぎる。


 どちらにせよ、仲が悪いよりはよほどいい。何せ彼らの両肩には世界の命運がかかっているのだから、何としても協力し合ってもらわないと、できることもできなくなる。できればこのままでいて欲しいものだ。


 さて、残るはもう一つの懸案事項。


 当然、ワームホールのことだ。


 特異点を一箇所に集めることによって、発生するワームホールを人口密集地から遠ざけるのがこの方舟島計画の目的なのだが、それにしてもこのハイペースはどういうことだろう。五人集まったその日に楓のワームホールが。そして間を開けず、翌日には蒼雲のワームホールが発動した。いくら濃度が数倍になったとはいえ、これまで年に一度か二度の頻度で、しかも天変地異程度だったのが、ここまで劇的に増加や悪化するだろうか。これはさすがに計算外としか言いようがない。


 初めてこの世界に特異点が誕生してから十年。それから今日までに得られたデータが、今回はまったく当てはまらない。


 どういうことだ。


 まさか特異点を一箇所に集めたことが、逆効果になっているのだろうか。毛利元就の三本の矢ではないが、一つでは弱いものも集めることによって本来持つ以上の力が発揮されるということはないだろうか。だとしたら、自分はとんでもない過ちを犯していることになる。数に比例するものとも思えないが、それを否定するデータも今のところ無い。


 つまり、まだ何も分からない。


 情けない話だが、事ここに至ってなお確かなことは何一つ分かっていないのだ。


 しかし、何かが引っかかる。まるでこの世界の運命が、タチの悪い魔女にでも操られているかのようだ。


「魔女か……。もしかすると、これはあいつの仕業――」


『どんな手を使っても、必ず追いかけるから!』


 唐突に脳裏に浮かんだ一人の女性の顔と声を、スズキは苦笑一つでかき消した。


「まさか、な……」


 たしかに彼女なら、この世界の因果律を操作するくらいはやってのけるだろう。だがそれで何になるというのか。彼女の目的は、もっと他にあるのだ。今考えることではない。


 結局出た答えは、現状維持だ。


「ふむ…………」


 コッペパンの最後のひと欠片を飲み込み、スズキは瓶入り牛乳を懐かしく思いながら爪で丁寧にキャップを剥がす。


 しばらく瓶のひんやりとした冷たく硬い感触を堪能した後、一気に飲み干した。

明日も更新します。

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