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 気がつけば、周囲を妖怪に取り囲まれていた。みなそれぞれ鋭利な爪や牙を持ち、舌なめずりをしている。こうして見るとまさに妖怪といった感じがする。ただ迫力があり過ぎて、本当に「ちいとばかし」の痛い目で済むのか若干不安だ。


「お嬢の言いつけじゃけえ殺しはせんけん、安心せえや。まあ、手足の二三本はわしらの腹に入るかも知れんがのう」


 合わせて四本しかない手足を、二三本も取られたら堪ったものではない。たしかに警告を無視したのは自分だが、実際に風呂を覗いたわけでもないのに黙って痛い目を見るほど虎徹は大人しくもない。


 何より、妖怪程度にビビったり負けたりするような普通の人間ではない。


「やれやれ、素直に出口を教えてくれそうにはないな」


 虎徹が首を右に倒し、こきりと鳴らす。


「久々の肉じゃ。誰がハイそうですかと帰すか」


「正体現したな外道め。ただの人間だと思って甘く見るなよ」


 洗面器を放り投げ、虎徹が叫ぶ。


「変身!」


 陽光よりもまばゆい光に、闇に生きる妖怪たちの目がくらむ。


 光の中から現れたのは、さっきまで取り囲んでいたか弱い人間の小僧ではなかった。白銀の鎧に身を包む、雲をつくような筋肉ムキムキの大男に変わっていた。


「な、なんじゃい? 小僧はどこ行った?」


 騒然となる魑魅魍魎たち。しろがねの騎士が一歩踏み出すと、取り囲んでいた妖怪たちが一歩下がる。


「妖怪相手のケンカってのは初めてだが、相手にとって不足はねえぜ」


 指をボキボキ鳴らし、虎を模した仮面がにやりと笑う。百鬼夜行を敵にして、何と不敵な笑みか。それを見て、妖怪たちもプライドを傷つけられたのか、驚きのあまり萎えていた敵意に再び火を入れる。


「さあ、ぶち抜くぜ」


 虎徹のその一言を皮切りに、百を超える妖怪が一斉に虎徹へと踊りかかった。



「だっはっは、そいつは大変だったなあ!」


 翌朝、食堂にスズキのご機嫌な笑い声が響いた。


「笑いごとじゃねえよ。あいつらマジで食い殺す気満々だったからな。拳が当たる相手じゃなかったら、いくらアペイロンでもやばかったぜ」


「いやいや。いくら殴ったり蹴ったりが通じる相手だからって、妖怪をボコボコにして帰って来たのは恐らくこの世界じゃお前が初めてだろうぜ」


 大笑いしながらも、味噌汁のおかわりを注いでくれるスズキ。手元が狂うんじゃないかと心配になるが、お玉は機械みたいに正確な動きで鍋からお椀へと味噌汁を運ぶ。


 今日の朝食はご飯に味噌汁と純和風で、塩鮭と焼き海苔というおかずの組み合わせが旅館の朝を思わせる。虎徹はお椀を受け取ると、迷いのない動きでご飯にぶっかけた。ちなみにご飯も朝から三杯目である。


 食堂には四人がけのテーブルと椅子が二十セットほどあるが、今使われているのはたった二セットだけである。虎徹が専有している一つと、もう一つは楓と美波と蒼雲のグループだ。


 昨日の教室とは打って変わって楓、蒼雲、美波は一つのテーブルで朝食を摂っている。そういえば、昨夜も一緒に風呂に入っていたようだが、いつの間に仲良くなっていたのだろう。


 まあ女子同士の仲が良いのはいいことだが、心なしか虎徹との席からかなり離れたところで食事しているのは、昨夜の警告破りが関係しているのだろうか。男女の交流はちっとも進まないどころか、逆に溝が深くなった気がしないでもない。


 二つのテーブルが遠く離れているせいで、調理兼給仕のスズキはカウンターでの給仕の後、鍋やおひつを載せたカートを押して回らねばならず、朝から大忙しだ。


 どうでもいい話だが、そんな彼のエプロンの色が、昨日のどピンクからスカイブルーに変わっている。フリフリなデザインは相変わらずなので、もしかしたら趣味なのかもしれない。官給品だったとしても、それはそれで厭だが。


「それで? どうやって異界から戻って来たんだよ?」


 他人の不幸は蜜の味、と言わんばかりに楽しそうに尋ねるスズキ。


「どうもこうもねえよ。朝になったら勝手に自分の部屋の前に戻ってたんだ。まあ妖怪ってのは陽の光を嫌うから、妖力も夜しか効かないのかもな」


「なるほど。考えてみりゃ朝っぱらから出る妖怪や幽霊はいないからな」


「おかげで朝まで無駄なケンカして寝不足だぜ……。こんなことなら何もせず寝て待ってりゃ良かった」


「まあ次からそうすりゃいいじゃないか。勉強になったな」


 次なんかねーよ、と思いながら、虎徹はぶっかけ飯をかき込む。一晩中暴れていたせいで、腹が減ってしょうがない。いつもなら三杯で済むところだが、今日ばかりはこれっぽっちじゃ足りやしない。飲み物みたいに流し込むと、即座におかわりを要求する。


「しかしまあ、朝からよく食うねお前……」


 渡された空の茶碗に、しゃもじでぺたぺたと山盛りの飯をよそうスズキ。虎徹一人だけでおひつを一つ空にする勢いである。


「そうだ、忘れるとこだった」


 おかわりを虎徹に渡すと、スズキがおもむろにフリフリエプロンの中から一冊の雑誌を取り出した。


「ほれ、買って来てやったぞ。お前がいつも買ってる週刊漫画雑誌」


「おーマジか? この島コンビニも本屋も無いって聞いてたから、半分諦めてたぜ」


「休み時間はいいが、授業中に読んだら次から持って来ないからな」


「オッケーオッケー! 肝に銘じますよ~」


 たかが漫画雑誌を、ご大層な賞でも授与されるかのように押しいただく虎徹。本屋もないし、ネット通販も届くかどうか定かではないので、どうやって手に入れようか頭を悩ませていたところだったので渡りに船だ。


 このときばかりはスズキに感謝していたが、ふとおかしなことに気がつく。


「あれ? じゃあどうやってこの雑誌を手に入れたんだ?」


 たしかに疑問である。この島から本土に行くには、海路と空路の二つの手段しかない。そのうち空路――ヘリは昨日、虎徹とその荷物を届けた後引き上げたままだ。


 残るは海路だが、ヘリで上空から見たとき、この島に入港している船は無かった。あれから船が出入りした気配は感じなかったし、スズキはどうやって雑誌を手に入れたのだろう。


「細かいこたぁ気にすんなよ」


「そうだな。どうでもいいや」


 あからさまに流されたが、細かいことは気にしない虎徹には、それで十分だった。何はともあれ、雑誌が手に入れば入手経路や手段なんてどうでもいい些事である。


 虎徹は週刊誌を隣の席に置くと、食事を再開する。それから二杯おかわりした。



 合計六杯の飯と三杯の味噌汁を腹に詰め込み、朝から大満腹の虎徹が突き出た腹に苦労しながら自室に戻ろうと食堂から出ると、蒼雲が廊下で待ち構えていた。


 制服姿の蒼雲は壁にもたれ、腕を組んでいる。昨日空を飛んでいたときは背中から大きな黒い翼が生えていたが、いま見当たらないということは出し入れ自由なのだろうか。何となく気になるが、相手は妖怪なので深く考えるだけ無駄っぽい。


 そもそもコイツなんの妖怪なんだろう、っていうか何で普段から帯刀してんだろう、とか思いながら、あまりじろじろ見ないよう気をつけながら彼女の前を通り過ぎようとしたところを、


「待たれよ」


 呼び止められた。まさかサトリのように心を読むのか、と驚いたが、


「昨夜はうちの者たちが世話になったようでござるな」


 まったく関係ない話だったので安心した。どうやら使えるのは妖術と忍術だけで、読心術は使えないようだ。


「世話したつもりはないな。ちょいとばかしおいたが過ぎたんで懲らしめてやったんだが、何か拙かったか?」


 子分を痛めつけたお礼参りか。わずかに虎徹は用心するが、表情には出さない。相手は妖怪で忍者だ。変身していない虎徹を殺すなど、刀を使わずとも片手で余るに違いない。いざとなったら抜き打ちの如き早業で変身するしかこの場を切り抜ける手段はない、と瞬時に判断する。


「滅相もない。うちの者が迷惑かけたので、一言詫びを入れようと思ってな」


 しかし気を張ったのも束の間、あっさりと蒼雲の方から折れてきた。


「あやつらは少々血の気が多くてな。昨夜は痛めつけてやれとは言ったものの、やり過ぎてしまうのではといささか心配でござった。しかしまあ、ただの人間にこてんぱんにやられて、良い薬になっただろう。これで少しは大人しくなってくれれば良いのでござるが」


「血の気が多いって言うか、血の味を知ってる奴らばっかりだったぞ。手足の二三本いただくとか言ってたからな」


「血の味でござるか……」

明日も更新します。

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