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「無敵魂鎧アペイロン」スピンオフ作品。

毎日一定量(原稿用紙10枚分)更新予定なので、話や会話の途中で切れる場合がありますがご了承を。

 方舟島はこぶねじまの上空で、ドラゴンが羽ばたいている。


 その鱗は空を染めている黄昏よりも紅く、身体は三階建の方舟学園校舎よりも大きい。


 体が小山ほどもあるトカゲが、蝙蝠みたいな羽で空を飛んでいる。あまりの現実味リアリティの無さに、武藤虎徹むとうこてつはタチの悪い夢かお伽話を見ている気分だった。


 吹きすさぶ風に、虎徹の何重にも折った制服の裾と、ヤマアラシみたいなボサボサ髪ががたなびく。一番小さい制服でもこの有様だが、今は格好を気にしている場合ではない。


 何しろ、大人の身長よりも巨大な牙が生えた竜の口からは、蛇の舌のように炎がちらついている。紅い鱗に口から炎とくれば、考えるまでもない。こいつは火竜ファイヤードラゴン。竜の中でも一二を争うくらい凶暴かつ残忍で、神様だってできれば戦いたくない相手だ。もし戦うとなると、いかに宇宙最強を謳う虎徹でも苦戦を強いられるかもしれない。


 しかも最悪なことに、手負いでかなり気が立っている。よく見れば竜は隻眼で、潰された右目はまだ傷が新しい。竜に傷をつけるだけでも大したものだが、竜の超再生能力でも回復しない傷となると、その相手や方法はかなり限定される。


「魔法、か……」


 虎徹は、空の上で雄大に羽ばたきながら、怒りと殺意に燃える目でこちらを睨みつけている竜の視線をたどる。


 その先には、自分と同じ方舟学園の制服を着た、一人の女生徒がいた。


「もしかして、あいつの目を潰したのはお前か?」


 すぐ隣で同じように空を見上げている長身の女生徒に声をかける。少女は目だけを虎徹に鋭く向けると、綺麗に整えられた柳眉をしかめて不機嫌そうに言った。


「お前じゃないわよ。橘――橘楓たちばなかえでよ」


 女生徒――橘楓は、竜の羽ばたきで起こる台風みたいな強風に煽られるスカートと長い髪を押さえている。風によって貼りついた制服が、楓の均整の取れたボディラインをくっきりと浮かび上がらせる。ただ髪やスカートを押さえているだけなのに、まるで一枚の絵画のようだった。


 風に暴れる髪と、気を抜けばめくれ上がりそうになるスカートに閉口しているものの、楓は常人なら恐怖のあまり心臓マヒを起こす竜の殺気を、まともに受けていながら平然としている。どうやら彼女もまた、お嬢様みたいな見かけによらず、かなりの修羅場をくぐって来たようだ。


 彼女の名前には、虎徹も覚えがあった。事前に全員のプロフィールを見たからでもあるが、そうでなくてもあんな特徴的な肩書きがあれば、嫌でも記憶に残るだろう。もっとも、自分を含めこの方舟学園に集められた五人の中で、奇妙な肩書きを持たない者などいないのだが。


 彼女の肩書きはたしかそう、


 魔法少女。


「たしかにあいつの目を潰したのはあたしだけど、それだけの事をしてきたんだもの、自業自得よ。でも命までは取らなかったんだから、感謝こそされても恨まれる筋合いはないわ」


 楓は悪びれるどころか、心外だという感じで言う。


「文句ならあいつに直接言ってやれよ。もっとも、聞く耳があればの話だがな」


 虎徹が親指で空を指すと、それが気に障ったかのように竜が吠えた。聞くだけで魂が凍りつきそうな咆哮に、校舎の窓ガラスがびりびり震える。こういう事態を想定して建てられていなければ、今の一発で全部の窓ガラスが割れていたし、それ以前に強風で校舎が倒壊していただろう。


 映画館の大音量が霞んで聞こえる生きた竜の肉声に、虎徹が軽く口笛を吹く。背は中学生みたく小さいくせに、肝っ玉だけはやたらでかい。


「さすがドラゴン、すげえ鳴き声だ。お前……じゃない、橘の居た世界ってのは、あんなのがうじゃうじゃ居たのか?」


「あんなヤバいのは滅多にいないわよ。それに、いくらあたしが憎いって言っても、あいつだけの力でここまで追って来られるわけがない。きっとこれもあたしたち――」


「特異点の影響ってことか」


 そう、と楓は頷くと、風にたなびくスカートを押さえることを諦めた。というか、両手を空けるのを優先したのだろう。手を離した瞬間に勢いよくまくれ上がるスカートに、思わず虎徹の視線が吸い込まれる。が、


「はぁ………………」


「何よ、その溜め息? 何か文句ある?」


「い~や、別に。そりゃそうだろうな。短パンくらい穿くよな。いやもうぜんっぜんガッカリなんてしてねえよ、すんげぇテンション下がったけど」


「今どき生パンの女子高生なんているわけないじゃない。バカなんじゃないの? これだから男って、」


 がっくりとしゃがみ込む虎徹に向けて、楓は汚物を見るような視線を投げかけると、口の中で小さく呪文を唱えた。


 次の瞬間、彼女の頭上に光り輝く魔法陣が現れる。魔法陣はそのままゆっくりと回転しながら下降し、彼女の身体を包み込む。光に触れた箇所から、彼女の制服が溶けるように光に分解され、その下から新たな衣装が現れた。


 光の輪が完全に地面に降りた頃には、楓の姿は一新されていた。まず上半身はオリーブドラブの長袖シャツと、その上には複数枚のチタンプレートで防護された防弾ベストを着用。肘と膝には強化ポリマー製のパッド、頭にはフリッツヘルメットも忘れずに。そして下半身は上着と同じ色のカーゴパンツと、足首までがっちりと紐で固定されたコンバットブーツ。まるでどこかの軍隊のようだが、これが彼女の戦闘服バトルドレスだ。色々間違っているが、少なくとも意味は間違ってない。


「……あのさ、魔法少女ってもっとヒラヒラっとしてフリフリっとした衣装なんじゃねえの?」


「あんな短いスカートや、素肌剥き出しの格好で戦えるわけないじゃない。バカなんじゃないの?」


「いや……まあ、うん、そうだな……」


 色々と納得できない虎徹であったが、最後に彼女がどう見てもM―16っぽい魔法のステッキを召喚したのを見て、何か言う気が完全に失せた。


 戦闘服姿の楓は、魔法のステッキのボルトを引き、薬室チャンバーに『魔力』が装填されたのを確認すると、「よし」と満足そうに微笑んだ。


「楽しそうだな、オイ」


 げんなりと呟く虎徹の声を、これまでにない大きさの竜の咆哮がかき消す。恐らく見覚えのある姿に戻った楓を見て、完全に怒り心頭に発したのだろう。羽ばたく翼にも自然と力が入り、強風に拍車がかかる。だが右目一つ潰されたとはいえ、ここまで猛り狂うだろうか。いったい彼女はどれだけの恨みを買ったのやら。


「で、あんたはどうすんの? 方舟島ここに集められたってことは、あんたもただの一般人パンピーってわけじゃないんでしょ?」


 親指でステッキのセレクターレバーをSAFEからAUTOにクリックしながら、楓が尋ねる。もう完全にステッキの体を為してないが、ここまで来るともう突っ込んだら負けな気がする。なので努めて視界と思考から魔法のステッキのことを追い出して、虎徹は応える。


「当然。それに俺、一度竜と戦ってみたかったんだよな」


 にやり、と音がしそうな笑みを楓に向けると、虎徹は自慢の変身ポーズをとりながら、


「ちょっと眩しいから目ぇつむってろよ」


「え? どういうこと?」


「いいから目を閉じろって」


 わけが分からず、不承不承といった感じで楓が目をつむるのを見届けると、虎徹が動作を終えて叫ぶ。


「変身!」


 虎徹を中心に、光が爆発的に広がる。上空の竜も、あまりの眩しさに一瞬目がくらむほどの閃光。近くにいた楓など、目の前で閃光弾が破裂したようなものだ。


 光はすぐに収まり、世界はまた暴風吹き荒れる光景に戻る。そしてまだうすらぼけた視界の中、楓が見たものは、全身をしろがねの鎧に包まれた巨漢の姿だった。


「マジ…………?」


 思わず息を呑む楓。当然だろう。何しろさっきまでそこにいたちんちくりんの少年が、似ても似つかない筋骨隆々の虎面甲冑大男に変身したのだ。それに比べたら、自分の変身など衣装が変わる程度の可愛いものである。これではどちらが魔法使いか分かったものじゃない。

明日も更新します。

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