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少年A  作者: 葵依幸
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少年A

「5p」



 取っ手付けの悪くなった扉が引きずられるようにして開かれる。一筋の光が中へと差し込んだ。

 既に完全下校時刻は過ぎていて、体育館は静まり返っていた。生徒達の下校する声ももう聞こえない。

「神木クン……?いるの……?」

 彼女の声が静かに木霊した。

 ——放課後、体育館倉庫に来て。

 ただその一言を添えた手紙を朝の内に下駄箱に忍び込ませておいた。

 そうして、律儀に彼女はやって来た。この場所に、そして——

「神木くーん……? 私よ、雨宮よ……どこ……?」

 薄暗い室内を目を凝らしながら恐る恐る中へと踏み込んで来る。

 僕らが待つ、この場所へと。


 ——ガシャン。


 と後ろで扉の閉まる音に驚き振り返る彼女。体育館倉庫は一転して暗闇に包まれた。

「か……神木クン……?」

 手探りで彼女が動くのが分かる。突然の暗闇に戸惑い、不安に駆られながらも僕の名前を呼ぶ。救いを求めるかのように。

「あ、そうだ、携帯——」

 彼女が携帯を取り出し、ライトを付けるのとそれは同時だった。悲鳴とともに彼女は倒れ、携帯は転がって行く。

「なっなにっ!?神木クン!?」

 転がった携帯のライトがその人物を照らす。

「なっ——」

 彼女が退学にした先輩達だった。

「はっ、離して……!!」

「ウッせぇっ!おとなしくしやがれ!」

 二人掛かりで押さえ込まれ、口を塞がれる彼女。必死に抵抗するが悪あがきにしかならない。

「おいっ!これでも噛ませとけ!」

「おうょッ」

「ンンンッ——」

 あらかじめ用意しておいたタオルを口に噛ませる。抵抗するが腕を縛られるまでそう時間は掛からなかった。暴力の前に女子の抵抗など無力だ。

「……ふぅ、なんとかなったな……」

 肩で息をする音だけが倉庫内に響く。彼女は暴れ疲れたのか大人しくそこに転がっていた。

 ……目に鋭い光を宿しながら。

「ああン?まだそんな目出来んだなァ?」

 ケケケと彼女の前にしゃがみ込み、笑う。縛られ、身動きが取れなくなってもなお、彼女は抵抗し続けていた。こんな奴らに負けない、許さないと目で訴えかけていた。

「ざーんねんしたっ!助けなんてこねェよ?もうみんな帰っちまったかんなァ?」

「ンンンッ!」

「アー?なんてェ?」

「ンンンンッ……ンンッ!!」

「ハーッ、何言ってんのかワッカンネェなァー?」

「ッ……!」

 より一層目を鋭くして睨むが絶対的優位に立っている2人は臆する事無く、その姿を愉快そうに眺める。

「さーてと。じゃさっそくやらせて頂きましょうか」

「ンッ……!?」

 その一言にビクッと反射的に身を引く彼女。

「何驚いてんだよ。わざわざ人気の無いところで襲っといて、やることやらねぇなんてあり得ねぇだろ? てめぇの親父のお下がりって思うとちょっと萎えっけどまぁ、可愛いから許してやるよっと——」

「ゥ……!」

 男達に体を押さえつけられ、悲鳴もあげられずに抵抗にならない足掻きを見せる。髪は乱れ、服ははだけ、その姿は男達をより一層煽る。

「はははっ、笑えるじゃねぇかっ!生徒会長様がこのザマかよ!?」

「悔しかったらなんか言ってみなァ、沙月ちゃんよォ?」

 必死に暴れ、抵抗する彼女。嗤う2人。そのうち口に噛まされていたタオルが解けーー

「神木クン——!!」

 彼女は叫んだ。

 僕の名前を。


 ——カシャ。


「——ぇ?」

 彼女が驚いたようにこちらを見つめていた。

 その表情に誘われるように再びシャッターを切る。


 ——カシャ。


「か……かみき……クン……?」

 呆然と彼女がこちらを見つめていた。

「おい、ホントに良いのか?お前。見てるだけなんてつまんねぇぞ?」

「ええ、どうぞご自由に」

「どういう、こと……?」

 目を丸くし、事態を飲み込めずにいる彼女に先輩達が嗤いかける。

「どーもこーも見てのとーりだよ沙月ちゃーん?」

「なんで……どうして……」

 彼女が僕を見つめる。こんなの嘘だと、嘘だと言ってほしいと懇願するかのように。

「見たかったから」

 だからこそ告げる。

「へ……?」


「キミの、その表情が見たかったから」


 僕が求めていたモノの為に。

「そんな——きゃっ……!!」

 再び彼女は押さえつけられる。「もう限界だ」と欲望に駆られた男達に。その身を弄ばれる。彼らの手によって。

 しばらくの間、彼女はまた抵抗するそぶりを見せ、僕に助けを求め続けた。その目には涙が浮かび、一筋の希望に縋ろうとするかのようだった。けれど僕はそれに答えない。彼女が犯される姿をただ見つめ続けた。彼女が呻き、喘ぎ、乱れる姿を見つめ続けた。

 事が終わる頃には彼女は何も言わなくなり、虚ろな目で宙を見つめていた。涙は既に涸れ、口元はだらしなく空き、まるで魂の抜けた人形のようだった。その様子に満足したのか一通り罵倒すると先輩達は倉庫から出て行った。異臭の立ちこめる部屋に僕と彼女、2人だけが残された。


 それからどれだけ時間が経っただろう。

 彼女は呆然と僕を見つめていて、僕も彼女を見つめ続けていた。

 彼女の口が紡ぐ。

 「どうして」と。 

 その様子に、その仕草に、その全てに。

 僕の心臓は高鳴った。


 ——理由なんて簡単だ。


 言葉は出なかった。胸を打つ音だけが響いていた。

 彼女へと近づいて行く。

 彼女の微かな息が耳をつつく。

 鼓動も徐々に大きくなり、いまや彼女の息づかいと胸の音しか聞こえない。


「はは、はははっ……」


 それが誰の笑い声か分からない。

 誰かが嗤っていた。

 誰かが。

 楽しかった。

 嬉しかった。

 幸せだった。

 彼女の全てが、この光景の全てが僕を興奮させていた。

「ははははははっ」

 言い表せようのない快感、喜び、絶頂。

 そして同時に沸き起こる、さらなる欲望。

 彼女に馬乗りになり、その細い首へと指をかける。


「ぅぁ……————」

「はははぁ……!!」

「か、かみき……くん……」


 頬に彼女の細い指が触れる。

 こんな状況でもまだ縋るように僕を見つめる瞳。

 そしてその瞳には微かに光が宿っていた。

 

 揺らめき、儚い光。

 その光を消したくて。

 消してしまったとき、彼女がどんな表情を見せるのかを知りたくて。


「はぁはぁ…ッ……!!」


 指に力がこもる。 

 一瞬の呻き。


 彼女の体がビクンと跳ねた。

 頬に触れていた指先が力なく、崩れ落ちる。 


 光の無くなった虚ろな瞳が僕を見つめる。

 何も語るはずの無い瞳が僕に問いかけていた。


 「どうして」と。


 一筋の涙が、こぼれ落ちた。




 こうして僕は、彼女を殺したんだ。


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