少年
「1p」
「それじゃあね!」
「うんっ、それじゃっ」
その少女はひたすらに明るくて、クラスでは常に中心にいた。
「さってと、行きますかっ」
我が校始まって以来初の女子生徒会長。その手腕は確かな物で全生徒からの信頼も厚く、得票数は他の候補者を遥かにしのぐ物だった。その人気の陰には彼女の所属する部活の姿がある。
——バスケットボール部。
彼女が入部して以来力をつけ、いまでは全国大会にまで出場するまでとなった。人の目を釘付けにする俊敏な動き、ボールさばき、ネットへと吸い込まれて行くように投げるボール。彼女の存在はその中でも頭一つ出る物があった。
極めつけはそれだけではないという事、学力でも校内トップクラスに入り、全国模試などでも上位に名を連ねていた。
文武両道、頭脳明晰、さらに校内1,2を争うほどの美貌の持ち主と成れば人気が出るのは当然だと言える。非の打ち所の無い、完璧な人物だった。
そして——。
その彼女のクラスメイト、特に秀でたところもなければ蔑まれるような部分も無い、部活にも所属せず、黙っていれば存在さえ忘れられてしまうような存在。それが僕だった。
当然ながら注目を浴びる彼女の事は可愛いと思っていたし、憧れてもいた。けれど何処か違う世界の出来事のように感じていた。そこにいるのに、自分は彼女に触れる事も話す事も出来ない。同じ場所に経っているのにも関わらず、彼女と僕には見えない壁があって、そこで空間が違っているように感じ、興味以上の物を抱く事は無かった。
いま思えばきっとその感情は子供が虫の手足をちぎって遊ぶそれに似ていたのかもしれない。残酷な遊びだけど子供達は何とも思わない、ただ面白がって引き裂き続ける。ダルマになった虫がうごめくのを見て笑う。
もしくは好きな女の子は虐めたくなるという物。……いや、あれはちょっかいを出す事で自分の事を見てほしいって所から来てるはず。ならそれは違うか……。
とにかく、なんと言えば良いかは分からないけど僕はあのとき、そういった物を感じたんだ。
「んっしょ……」
それは彼女がクラス会で使う書類を両手に抱え、教室に入って来たときに起きた。クラスでは友人彼女が出来ただの、その彼女の写真を見せろなどと騒ぎながら、携帯電話を奪った男子生徒達が教室内を走り回っていた。
「へへーっ、なるほどなぁっ?」
「かっ、返せよぉっ!」
「お前が彼女ねぇ——うぉっ!?」
「きゃっ——」
携帯の画面に夢中になった男子生徒が教壇に書類を載せようとしていた彼女にぶつかった。彼女はそのまま弾かれるようにバランスを崩し、教室の脇に置いてある棚へと倒れ込んだ。そしてその衝撃で上においてあった花瓶は転げ落ち、彼女は頭から水をかぶる事と成ったのだ。
「ぁ……」
「お、おい……」
一瞬何が起きたか変わらずに目を丸くする彼女。髪も制服もずぶ濡れでその場にへたり込み、呆然と男子生徒を見つめていた。
「あ、雨宮さん!大丈夫!?」
「ちょっと、あんた達!」
静まり返った教室がドッと声を発し始める。座り込んでいた彼女の周りには女子生徒が集まり各々が手を貸して彼女を立ち上がらせていた。
「あ、あのさ……雨宮」
「大丈夫よ、今後気をつけてね」
「お、おう……」
「みんなもありがと、大丈夫だから。部室行ってくるね、体操服置いてあるから。先生にそう伝えておいてもらえる?」
「ホントに大丈夫?」
「ありがと。ぁ、そうだ。悪いけど、掃除お願いできる?」
「あ、ああ……」
「それじゃ——」
そう言うと女子生徒達達の輪から一人外れ、廊下へと消えて行く。その気丈な姿に誰も何も言えず、ただ見送るだけだった。
やがて教室に活気が戻る。問題を起こした男子生徒達は掃除用具箱からモップを持って来て片付けを始め、女子生徒達は散らばった書類を拾い始めた。
彼女の一声でクラスがまとまり、一つの集団として機能する。生徒会長足る者の実力だった。
そんな中で僕は、一人、興奮していた。
先ほど見せた彼女の困惑に染まった表情、濡れた髪が顔に張り付き、呆然と男子生徒を見上げるその弱々しい少女の面影。瞬きの間に消えてしまった、普段の彼女が見せないその表情に僕はどうしようもなく惹かれ、興奮していた。
あんな表情を見せるだなんて思ってもいなかった。彼女は非の打ち所の無い完璧な人間で、いつも気丈に振るまい周囲の信頼を集める。隙のない人だと思っていた。けれど違った。彼女も一人の女の子だった。当然の事だけれどその想像だにしていなかった彼女に僕は惹かれた。正しくはあの表情に。
気丈に振る舞っている彼女が見せたあの表情。弱く、儚く、触れれば崩れてしまいそうなあの表情。その表情に僕は魅せられたのかもしれない。
始めはなんてたいした事は無かった。
ただ普通の恋と同じ、視界の端で彼女を追いかけ常に気にしていた。だけど所詮違う世界の住人。同じクラスにいるというだけでそれ以上の接点は無く、ただ見つめているだけだった。
実際にあの事件が起こった後もそれは変わらなかった。
校内を仕切る将来有望の生徒会長は相変わらず輝いて見えて、憧れに近い感情を抱いていた。別にそれは僕個人が特別だという訳でもなくて、他の生徒達も同じだった。みんな彼女に憧れ、彼女を見つめていた。
それほど魅力的で、人気があったんだ。
だから僕もその見つめる側の一人として彼女を見つめていた。同じクラスだから彼女の行動はいつも視界に入った。授業でも先生に信頼されていてどんな質問にも即座に答え、手伝いなどは必要なときは率先してそれを引き受けていた。
彼女はみんなの憧れだった。
僕にとっても。
けれど——物足りなかった。
何かがきっかけになった訳じゃない。ふとした瞬間、その気持ちに気付いてしまった。
それまでは別世界の人で、僕が彼女に関わるだなんて想像すらしなかった。けれど見つめているだけでは物足りない、と感じるようになっていた。
正しくは。
”普段の彼女が物足りない”と。
以前水をかぶった際に見せた彼女の表情、もう一度あの表情を見たいと思うようになっていた。
普段の彼女では絶対に見せないであろうあの表情。
凛と張りつめた空気感も、瞳に宿る鋭い光も消え失せ、朧げでいまにも消えてしまいそうなあの表情をもう一度。
しかし待っているだけでは絶対にそんな表情を見せる訳が無い。彼女とは去年一昨年と同じクラスでずっと知っているけれど、そんな事は一度も無かった。いつも完璧で隙のない人だと思っていた。
けれど違った。
そんな彼女でも屈服し、弱った姿を見せる事がある。
それを知ってしまった。
だからこそ、もう一度。もう一度見たい。今度は僕が彼女を陥れる必要があった。なんとしても彼女の弱い部分を曝してやりたかった。
しかし彼女は強い。本当に強い。その凛と張りつめた空気は緩む隙を見せず、些細な事では緩むと思えない。去年は問題生徒として先生達が手を焼いていた先輩達を”喫煙疑惑”として曝し上げ、退学にまで追い込んだし。乱闘騒ぎが起こった時も自分から飛び込んで行ってその場を制圧するほどであった。あの事件でそれを見せたのが不思議な位だ。
彼女に暴力は通じない。先輩達との一件で脅したって揺るがない事は分かってる。
じゃあどうするか。
別の方向から……。
そう考えて一つの案が浮かぶ。
彼女が如何に強く、賢くてもまだ年も半ばの少女だ。
だから、次の日の朝。
彼女が登校してくるよりも、誰よりも早く登校し、実行した。
少しの間身を隠し、教室に戻ると自分の席に何食わぬ顔で座る。影が薄いのが幸いして誰も不思議に思わない。しばらくすると彼女が教室に入って来た。クラスメイトに挨拶をしながら自分の机へと向かう。何も知らずに。
そう、僕は仕組んだ。
「ん……?」
彼女の机の中に。
「……なに、これ……」
彼女の普段使っているノートにべったりと。
「これは……ッ!」
手に触れたそれが何であるか気付いた彼女は机にノートを叩き付け叫んだ。
「誰!?私のノートにこんな事をしたのは!文句があるなら直接言いなさい!」
「お、おい、あれって……」
「ああ、アレだよな……」
彼女の手にべっとりとついたソレは、教室に異様な匂いをまき散らす。その正体に気付いた女子生徒は言葉すら発せず、身を固くしていた。
ざわざわと騒ぎ始める生徒達、女子生徒達は近寄るに近寄れず、その場で立ち尽くし、また教室から出て行く者もいた。
当然だろう、普通ならばそうなる。
……けれど、彼女は違った。
一切、揺るがなかった。
何となく予想はしていた。泣き崩れてもおかしくないこの仕打ちでさえも撥ね除けるであろうとは分かっていた。彼女は鋭い目つきでクラス中の男子生徒を睨みつけ、犯人である人物がこの教室にいないか目を光らせていた。瞳に浮かぶは人をさすような鋭い光……。
その光が僕を苛立たせる。
違う、違う、違う。そうじゃない、そんなもの僕は望んでない。僕が見たいのはそんな君じゃない……儚くて、吹けば飛ぶようなあの君が見たいんだ……。
その思いは日増す毎に強くなり、彼女から目が離せなくなった。
彼女に魅入られてしまっていた。
だけどやはり普通に生活を送る上で彼女は怯む事も、折れる事も無かった。
そのうち僕の起こした事件は彼女の捜査も虚しく、うやむやになって終わった。彼女であれば犯人を特定できるかもしれないと少し心配していたが杞憂だったみたいだ。学校側としてもあまり事を大きくしたくなかったようだった。
事件は忘れ去られ、僕の想いだけが残る。
どうにかして、彼女を屈服させてやりたい、陥れてやりたい。
あの表情の何がどうしてそこまで僕を駆り立てるかは分からなかった。
理由なんて無い。ワケなんて分からない。
だってそうだろ?恋する気持ちに理由は無いだろ?
それと同じだ。僕も彼女のあの表情に恋してしまっていたんだ。
そうしてどうしようもないこの気持ちは僕を突き動かし、彼女の後を付ける日々が始まった。
完璧ではない。彼女も一人の女の子だ。きっとどこかに弱みはある、つけば崩れるような弱みが、何処かに。確信はないがそう思っていた。だから後を付ける。彼女の弱みを握る為に……。
彼女の家は学校から歩いて帰れる距離で、僕の家からは少し遠回りする形になったけれど、商店街などが近くにあってもしバレたとしても言い訳は何でも思いついた。
……とは言うものの、後を着けてもこれといって何も収穫は無かった。当然だ。彼女は生徒会の仕事を終えると何処にも寄らず家までの道のりを一直線。途中スーパーに寄って夕食の買い出しをしたりはするようだけど、問題になるような事——弱みは見つからなかった。
後を着けていても無駄なのかもしれない。
けど、他に方法なんて……そんなときある噂を聞いた。
それは彼女のご近所に住む人達の話から聞こえて来た。俗にいう井戸端会議という奴だ。本人達は彼女が横を通り過ぎるその瞬間まで大声で人様の家の事を話し、彼女に気付くと急に愛想笑いを浮かべ「大変ね」「偉いわね」と声をかける。そんな態度にも微笑みながら会釈する彼女は随分大人に見えた。
話の中身は「子供に当たってる」「最近ロクに仕事もしていない」「酒に入り浸っている」と父親の事ばかりで、聞く限りろくな父親では無いようだった。彼女には年の離れた弟と妹がおり、昔は母親と父親の3人仲良く、幼い兄弟達を連れて出かける姿が見かけられたらしい。けれど母親が他界してからは父親との中が上手く行かず、父親は仕事しない飲んだくれ。家の事は全部彼女が行っているようだった。
その話を聞いて彼女の家の中が気になり、その夜、彼女の家へと忍び込んだ。
身を屈め、家の外壁を伝って彼女の部屋を目指す。クラスで聞いた話だと彼女の部屋は一階の角部屋だったはずだ。
もしかすると何か弱みが握れるかもしれない——。
その期待と、誰かに見つかるのではないかという不安で握った手には汗が滲んでいた。流石にバレたら言い訳が出来ない、馬鹿な事は止めて早く逃げ出せ……!自分でも分かっていた、実際一歩進む毎に緊張でどうにかなってしまいそうだった。
けれど、引き下がれない。どうしても弱みを握って、彼女を屈服させたかった。あの表情をもう一度、浮かべさせたかった。ここで引いても仕方が無い。僕はもう、耐えきれない……!!
足音を殺すように一歩、また一歩と進んで行く。細心の注意を払って、少しの物音も聞き逃さないように神経を尖らせた。夜の住宅街はとても静かで自分の息と鼓動の音しか聞こえない。
この周辺に住んでいるのが家族連ればかりだという事もあるせいか、電気のついている家は少なく、彼女の家も電気は消えていた。既に針は0時を回っているのだから当然だろうが、今日はそれでいい。まずは彼女の家の状態などを把握する事が先決だ……
「——ッ!?」
遠くで犬が鳴く声にビクりと体が跳ねた。
より一層息が荒くなる。額からは汗が溢れた。
「…………。」
車が走り去って行く音を耳にしながらつばを飲み込み、息を整えてまた一歩踏み出す。
ソレは、突然耳に入って来た。
遠く、微かに消えそうな声。
けれどそれは彼女の声だと一瞬で分かった。
息が詰まり、心臓が大きく鼓動を打った。
身体が固まり、その場で動けなくなる。
張りつめた神経がその声をより明確に捉える。
それは確かに”彼女の声”だった。
その事実が僕の思考を止めさせた。
それ以上考えさせない為に、自ら止めたのかもしれない。
けれど体が無意識に動く。少し空いたカーテンの隙間から中が見えた。
薄暗い部屋の中、うごめく影が二つ。
「—————。」
分からなかった。
何が起こっているのか、何が行われているのか。
しかし、その動きに会わせて彼女の声は耳に届く。
想いとは裏腹に僕の目はそれに釘付けされていた。
これは何だ?見間違い?夢でも見てるのだろうか?こんなのあり得ない、あり得る訳が無い——。
何かの間違いかと思った。間違いであってほしかった。しかし、その影は消える事無く蠢き続ける。見間違えでも、夢を見ている訳でもない。逃れられない現実だった。消える事の無い、現実。
信じられないし、信じたくもないけれど、
”彼女の父親”は”実に娘”を手にかけていた。
父親に突かれるたびに声を押し殺しながらも呻く彼女。
誰も見た事も無い、一糸纏わぬ彼女がそこにいて、実の父親に抱かれいた。
何なんだ、これは……。
相変わらず僕の思考は停止していた。理解しようと思えなかった。
目の前の現実を受け入れたくなかった。
彼女の弱みを握り、屈服させる。そうすれば彼女がもう一度あの表情を浮かべるかもしれない。その一心で後を着け、ここまでやってきたがこんな事予想していなかった。それ以前に。
それは僕が憧れていた”生徒会長”としての彼女のイメージをことごとく崩した。
誰もが憧れ、信頼し、頭脳明晰スポーツ万能、凛と張りつめた空気はその場にいるだけで注目を集める。そんな彼女のイメージを崩し去った。
裸の彼女は汚らしい腕に抱かれ、喘いでいた。
そこに彼女の面影は無い。
——なんなんだこれは。
一歩後ろに下がった。その現実から目を背けるように。拒むように。
そして自分の心臓が張り裂けそうな位強く鼓動を打っている事に気が付く。
息が荒い、肩を上下させて荒く息を吐いていた。
僕は興奮していた。
その現実に、彼女が父親に抱かれている姿に。苦痛に歪んだその顔に。身体が跳ねる度溢れる声を必死に殺そうとキツく口を結び、目を瞑り目の前の光景を拒もうとしている彼女に。僕は、興奮していたんだ……。
やがて父親は絶頂を迎え、だらしなく横たわった我が娘をしばらく見つめると部屋から出て行った。
残された彼女。その目には涙が浮かび、ぼんやりと、どこかを見つめていた。光の無い、空虚な瞳。
その様子に僕の鼓動はますます早くなり、吐息は熱くなる一方だった。
——最高だ。最高だった。
これが僕が見たかった彼女だ。触れれば崩れてしまいそうで、弱く儚い彼女。僕が求め続けていた物がそこにあった。
予想だにしていなかった結果だけどそれは確かにそこにあった。僕が求め続けていた彼女が。そこに。
興奮はいつまでたっても冷めず。彼女が部屋から出て行った後も誰もいなくなったそこを見つめ、興奮していた。余韻さえも熱を帯びていた。
明かりも無く、静寂があたりを包んでいた。
暗闇の中一人、誰もいなくなった部屋を見つめる。
さっきまで彼女が抱かれていた部屋ーー。
ドクンッ、と胸の奥底で何がか脈打つのを感じた。
ドス黒く、渦巻く何か。いつの間にかそこに居座っていて、その暗闇の中心に向かって内側からひっぱられるような異様な感覚。その塊が僕を引きつけ、突き動かす。
彼女を、陥れてやれと。
僕はそれに従った。
——数日後。
学校はいつもよりもざわついていた。コソコソと周りに聞こえないように生徒達があちこちで話し合い、落ち着きが無かった。
「…………?」
そんな様子を怪訝に思いながら彼女は教室へと入ってくる。クラスメイトの目が彼女に集まった。
「おはよ」
「あ、うん、おはよ」
「ねぇ、何かあったの?」
席に着くと隣の友人に話しかける。すると「さ、さぁ?」と曖昧に返事をし、そそくさと何処かへ行ってしまった。
「なんなの……?」
周囲の視線に気がつき、教室中を見渡す彼女。その視線を受けて一同に黙り込むクラスメイト達。
「なに、どうしたの。なにがあったの」
椅子から立ち上がり、気丈に振る舞う彼女。しばらくの沈黙の後、恐る恐る一人の男子生徒が近寄って行った。
「あ、あのよ。俺は信じてねぇんだけど……その、これ……」
と、手に持っていた携帯電話を彼女に慎重に渡す。彼女はそれを訝しげに受け取り画面を見ると眉をひそめる。
「メール?」
それは昨晩クラスメイト全員に送られたメール。
「……その添付ファイル」
「添付ファイル?」
彼女の指が携帯を操作し、ボタンを押す。そして——
「 」
——絶句した。
画面に映し出されたのは彼女が父親に抱かれている様子。何枚にも渡り、その様子を映し出していた。
「……!!」
「お、俺たちは信じて無いんだけどよーー」
バンッ!と机に携帯電話を叩き付ける音が教室に響く。
「こんなのいたずらに決まってるじゃない!」
「そ、そうだよな!な!」
「こんなくだらない物、早く消しなさい!」
「おっおう!そうするそうする」
押付け返された携帯電話を慌てて操作する男子生徒。その様子を横目に「全く……!」と彼女は教室から出て行ってしまった。
しばらくの間彼女の消えて行った扉を見つめていたクラスメイト達だが、次第にざわざし始めた。「あの反応、もしかするとマジ?」「だけどなんで?」「そんなの信じられないよ……」好き勝手に彼女の事を語り始め、収拾がつかなくなり始める。
予想以上に効果的で、上手く行った。
噂は校内を駆け巡り、長い時間を経て積み上げられた信頼は糸も簡単に崩れ去った。そして彼女は、一人になった。
僕の、思惑通りに。