霊夢と魔理沙の幻想郷物語 少女空中決戦、魔理沙対アリス編
少女空中決戦、魔理沙対アリス編
鬱蒼と茂る森の上を白黒の魔法使いこと霧雨魔理沙が必死の顔で飛行していた、ともすれば木々に触れそうになる程の低空を進む魔理沙の視界では景色は一瞬の内に後方へと流れている。
その魔理沙のすぐ後ろを、何本もの白いビーム――実際には違うがそういう表現が相応しいと思われる――降り注いでいく。
「まったく! しつこいぜ……アリスの奴!!」
魔理沙の数十メートル後ろには、少しウェーブのかかった短い金髪で怒りの表情を浮かべた少女が魔理沙を追いかけていた。
事の発端は三十分程前……。
〈魔法の森〉の自宅で、アリス・マーガトロイドはご機嫌だった。 それは今日人里へ行った際にお裾分けで貰ったおはぎがとても美味しかったからである、自分で淹れた紅茶の味も今日は格別で彼女にとっては至福とも言えるティータイムだった。
「さてと~♪」
紅茶を一口啜ってから皿の上に残った最後の一個のおはぎを見つめる、それはその一個が特別に美味しそうだったので最後まで取っておいたのである。 早く味わいたいなと思っていたが、いざ口に入れようとすると何だかもったいないという気持ちが沸いてくるのをおさえながら皿の上のおはぎに手を伸ばそうとするアリス。
「お~~い!! アリスはいるか~~~~!!!!」
そんな幸せな気分をぶち壊したのは、突如響き渡ったバタンとドアの開く音と共に響いた少女の声だ。 バタバタと廊下を走る足音が近づいて来るのをアリスはウンザリとした顔で聞いていた。
やがて部屋のドアが勢い良く開き入って来た白と黒の服を纏った少女が姿を見せると、アリスは「……霧雨……魔理沙……」と不機嫌な声で少女の名を呟いた。
「おーー!! アリス……って、お! 美味そうなおはぎじゃん!!」
「え?……ちょ! これは……!!」
慌てて制止しようとしたが魔理沙の手がおはぎに伸びるほうが早かった、さっと掴むや否や口の中に放り込んでしまった。
「あ……ああ……」
愕然とした表情で手を伸ばした姿勢のまま固まるアリスをよそに、魔理沙は「あーー美味い、美味い」とご満悦な様子だ。 だから、すぐにはアリスの背後にだんだんと怒りの炎が燃え上がるのに気がつかなかった。
「ふ~美味かった、それでなアリス……へ?」
「ま~~~り~~~さ~~~~~!!!!!」
般若のような怒りの表情で魔理沙を睨みつけるアリスの背後には、すべてを焼き尽くさん勢いの炎が見えゴゴゴゴゴ!という音でも聞こえてきそうな……いや、魔理沙には本当に炎が見え音が聞こえていた。
幾多の修羅場を潜ってきた彼女の本能が命すら脅かされる危険が迫っていると警笛をならしていた、アリスから目を離さないで慎重に一歩、二歩と後さずっていく。 そして背を向け一気に駆け出した……。
「だから~~!!! 悪かったって何度も謝ってるだろぉ~~!!!!」
アリス・マーガトロイドの周囲に浮かぶ二つの小さな魔方陣から白いビームが次々と発射されて、大声で謝る魔理沙を攻撃する。 それらのビームは魔理沙のすぐ後ろを追尾するような形で森の木や地面に着弾し爆ぜ木々を揺らし葉を舞わせていた。
「だったら! 今すぐにその腹を掻っ捌いて食べたおはぎを返しなささいよっ!!!!」
「無茶すぎだろっ!!!!」
このままでは殺られると思った魔理沙は弧を描くような軌道で急上昇しアリスの頭上へと移動した彼女の正面に魔方陣が出現する。
「悪く思うなよアリス!! 正当防衛だぜっ!!!!」
魔方陣から放たれたのは黄色がかったビームだった、一度に三本ほどの光が一秒間隔で次から次へと跳び出していく。
「正当防衛!? 盗人猛々しいっ!!!!」
頭上から降り注ぐ弾幕の隙間をかいくぐりながらアリスが両手を広げると同時に四体の小さな人形が現れた、ビームの光に照らされ細い線が見えるのは人形を操るための糸である。
「行きなさい!!」
アリスの言葉を合図に人形達は魔理沙めがけて白く小さい光弾を発射する、それは表現するならビームのマシンガンである。 毎秒何十発という光の弾丸を放ちながら、まるで人形達も意思を持つかのように魔理沙の弾幕を回避していく。
魔理沙はそのビームと光弾を更に高度をとりながら回避し、アリスもそれを追尾するように高度を上げていく。
「数に任せた力押しの弾幕かよっ!!?」
「あなたと一緒にしないでよねっ!!!」
二体の人形が魔理沙の左下から攻撃すると当然彼女は右方向へと回避するが、そこへ残りの二体の弾丸が撃ち込まれた、「ううっ!!?」と驚愕の表情になった魔理沙は急下降でそれから逃れるが、数発が彼女の黒いとんがり帽子をかすめた。
「まだまだよ! オールレンジ攻撃っ!!!!」
魔理沙の四方に陣取った人形達が同時に射撃を開始し、魔理沙も必死でその斜線から逃れようと回避行動をとったがそこへアリス本人のビームが撃ち込まれて帽子を直撃し吹き飛ばされた。
「おいおいおいおいっ!!?」
「三次元の空中戦闘ではね、この子達にはこういう使い方もあるのよ魔理沙っ!!!!」
「ファン○ルか! いや、有線だからイン○ムかよっ!!!?」
回避一方になった魔理沙は絶叫した。
「……一雨くるか……」
黒い雲が増えてきた空を〈博麗神社〉の縁側で見上げた八雲紫はゴロゴロと遠くで雷の音がしたのが聞こえて小さく呟く、その隣には湯飲みを持ちながら胡散臭げな顔で紫を見つめる博麗霊夢の姿もある。
「……ふふふふふ、疑り深いな博麗の巫女よ? 今日はただ単にあなたと茶を飲みに来ただけと言ったはずよ? 現にこうして茶請けの饅頭も持参しているでしょう?」
「……どうだかねぇ?」
霊夢も流石に毒を盛ってあるとまでは疑わないが、それでも紫の持参した饅頭に手をつける気にはなれなかった。 敵意や悪意は感じられなくとも何を考えているのかまったく底が知れないのが八雲紫という大妖怪なのだ。
それでもこうしていても仕様がないと霊夢は腹をくくることにした、何か企んでいればその時はその時と今は紫に合わせると決める。 そんな霊夢の心を読んだとでもいうかのように紫は笑みを浮かべたのも面白くないと感じる。
「……〈幻想郷〉、忘れ去られた者達の住まうこの世界……」
「まあ、ここは幻想郷物語の世界だけどね」
それも最近になってようやく東方の世界を知ったような書き手の創り出している世界、そんな世界の”博麗霊夢”であるのを彼女は仕方ないとは思うものの、やはり愉快とは考えない。 もっともどう足掻いたところで東方本編の霊夢になれようはずもないのも事実なのだが。
「ふむ? だが、東方……いや、すべてのものにおいてこういう世界はそれこそ無数にあるわ。 それはソウゾウする程度の力を持った者のよって形作られ、現在進行形で増え続けるのよ」
「ソウゾウ?……想像? それとも創造なの?」
「世界を想像し創造する者……我ら妖怪とて元はそういうものであるわ」
古の昔からヒトはヒトならざる形なきものを想像し、その姿形を創造してきた。 その理由や経緯はさまざまであるが、いずれにせよヒトには妖怪や神という存在は必要だったのである。
しかし、時代の流れと共にそういった幻想の存在をヒトは必要としなくなる、そして必要がなくなればヒトの記憶からはやがては消えていくのが通りだ。
「……別にどうでもいい話ね、妖怪の根源がなんであれ異変を起こせば戦って退治するだけよ」
「博麗の巫女らしい言いようね。 まあ、それも正しいわ」
レミリア・スカーレットら吸血鬼にとって人間がエサでしかないように、霊夢にとっては妖怪とはそういうものなのである。 妖怪はヒトを襲いヒトはそれを退治するという構図は、どちらかが一方的な優位に立つこともなく絶妙なバランスを保っているように紫は思う。
争いもなく仲良くとはいかなくても、立派に共存していると言えるだろう。
八雲紫は、そんな幻想郷を愛している。 それは本編とはの世界であっても変わらない、それが八雲紫という妖怪の在りようなのだ。
「……降ってきたわね」
ポツポツと地面に黒い染みが現れ増えていくのに気がつき、紫はすっかり黒く濁った空を見上げた。
冷たい豪雨がアリスと魔理沙を襲っても二人は戦闘を続けていた、食べ物の恨みとはかくも恐ろしいものである。 それともそれがヒトのサガなのかも知れない。
「……いい加減に勝負を決める!!……てか、私は妖怪よっ!!」」
雨に塗れた服が重く、肌に張り付くのを鬱陶しいと感じながら弾幕を張り続けるアリスは、人形達もその体が水を吸って重くなったのか動きが鈍くなっているのに気がつき、雨天での戦闘に備えた防水加工も必要だと感じた。
「それはこっちのセリフだぜアリスっ!!!!……って、誰に言ってんだよ!?」」
「……!!?」
魔理沙はアリスと人形達の弾幕を掻い潜りながら彼女へと迫って来た、迎撃にと放ったビームを降下でかわした魔理沙が次の瞬間には自分の足元からにゅっと姿を現したのにビクッとなる。 今にもキスでも出来そうな距離に互いの顔があった。
「……魔理沙……」
「へへぇ! こうも近づけば四方からの攻撃は無理だろうアリスっ!!!!」
「魔理沙にしては頭を使う……でもねっ!!!」
アリスは魔理沙も身体を思いっきり蹴っ飛ばす、「うわっ!?」と声を上げてバランスを崩した魔理沙は箒からも落ちて落下していく。 そこへ容赦なく人形達の射撃を加えた。
「だぁぁぁああああああああっ!!?」
必死に箒を掴みぶら下がった状態で魔理沙がその攻撃をかわせたのは運が良かったと言ってよい、そして弾幕が途切れたタイミングをついて「よっ!」と跳び上がり箒に跨るのではなく二本の足で立つと、まるでサーフボードのような動きでアリスへと突貫しながらビーム攻撃を仕掛けた。
形としてはビームであっても科学的なビーム兵器ではないので雨でも拡散も減退もなく真っ直ぐにアリスへと跳んでいく、魔理沙もアリスも互いに攻撃を回避しながら相手にとの距離を詰めて行き、やがてすれ違うと魔理沙が叫んだ。
「アリス! 雨で透けてブラが見えてるぜっ!!!」
「……え!?……あ、きゃっ!?」
アリスは反射的に胸元を両手で隠した、そのせいでアリスに引き寄せられる形で人形の軌道がズレれ人形の射撃が見当違いの方向へとなってしまう。 魔理沙はにやりと笑うとドリフトをするように箒を方向転換させ《ミニ八卦路》を翳す。
「手加減はしといてやるよ! 【マスタースパーク】っ!!!!!」
「……し、しま……きゃぁぁぁあああああああああああっ!!!!?」
激しい閃光が回避も出来なかったアリスを呑み込んだ、やがて閃光が収まった後には服を黒コゲにしたアリスが悔しそうな表情で下の森へと落下していく。 彼女の姿が森の木の下へと消えたのを見届けた魔理沙は大きく息を吐くとにんまりと笑みを浮かべて「どうだ!」と勝利のVサインをしてみせた、その瞬間だった。
先ほどの【マスタースパーク】の閃光よりも激しい光が辺りを包み大気を振動させる轟音が響き渡った。
そして、その閃光と轟音が収まった後には、かつて魔理沙だった黒い物体がプスプスと煙を上げながら落ちていく。 喧嘩両成敗なのか天罰が下ったのか、いずれにせよその雷鳴は天の意思であるかのようだった。
ちなみに、この小説は所詮ギャグなので魔理沙もアリスも次の日にはピンピンしていて、第二ラウンドを開始していたとかしていなかったとか。
本日の教訓、天気が崩れ雷の音が聞こえたら弾幕ごっこはやめて安全な場所に避難しましょう……。