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魔術師組合  作者: れもすけ
第一章 受難
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 需品課本来の仕事は、組合員に貸し出す備品の在庫調整や新製品の査定、買い付けといった、主に魔導具そのものの管理全般である。就職後しばらく、倉庫の中で自慢の腕力をもって奮闘した結果、ネーナは若くして課長補佐に抜擢された。半年前のことだった。


 魔導具の中には、それ一つで城が建つほど値が張るものもある。そういう代物をじかに管理する需品課長ともなれば、宮城に出入りすることも可能だ。その補佐をするとなったら、特級魔導具などのお宝に触れて眼福にあずかることもあろう。

 大食いと怪力だけが取柄の自分が、学院の筆記試験の開始直前には教授たちに必ず「落ち着いて、問題をよーく読みなさい」と念を押され続けた自分が、成績評定表には常に「評価不能」と書かれ続けた自分がまさか――と感激に打ち震えたのも束の間。待っていたのは特級魔道具ではなく、サイン待ちの紙の山だった。


 ネーナは両手を腰にあて、むんとうなってデスクの上を睥睨する。

 山積みの書類は年末から少しもかわることなく――いやむしろその高さを増して彼女を待ち受け、サンプルにと組合員がもってくる匙やら金槌やら使途不明な小物やらのおかげで、デスク周りで荒物屋が開けそうな勢いである。快適な勤務環境とはいいがたい。

 しかも先ほどから、ランチを終えて戻ってみたら忽然と姿を消していたペンとインクを探しているのだが、残念なことにこの偽荒物屋の品揃えにはないようだ。大方それを持ったままどこかに置き忘れてきたのだが、己の行動を遡って省みられるようならば、いまごろもっとマシな人生を送っているにちがいない。


「……バニー、ペン貸して」

 書類とガラクタの河を越えた隣のデスクに向かい、せっせと新たな書類を生産している同僚に声をかけるが、彼は下を向いたままひらひらと手を振った。

「またなくしたのぉ? いやぁよーぅ。さっき庶務からもらってきたばかりなのに、ネーナが使うと半日で軸から壊れちゃうもの」

「なんだとぉ!? いいからよこせ、バカマ! 壊れたら作ればいいだろうが! 広場で鳩でも捕まえろ!」

「ね、ネーナったら凶暴だわ……しかもいまどき羽根ペンって……」


 怯えて潤む小さな目を見ないようにして巨大な手からペンをひったくり、インクもないことを思い出して無言のままバニーのものを分捕る。

「今日中にこの山を半分に減らす。そして黒山羊亭でおいしいもの食べて飲んで帰る」

「素敵な計画だけど、ちょっと無謀だと思うわぁ。その山、この半年ほど高くなったり低くなったり、ちょびっと動いてるだけよぉ?」

「シメられたいなら、はっきりそう言え」

 地の底から響くような声ですごむと、バニーは首を振りながら小さくなった。

「そんなに怒ったらお肌にわる――ごめんなさい」

 いらぬ一言を地獄の門番みたいな視線に遮られ、小山の化身が顔をそむける。


 山の上から書類を取り上げて広げ、関連資料を背後の棚から引っ張り出す。垂れてきて邪魔な長い巻き毛は、床に落ちていた麻紐を拾い上げて適当にくくった。キラキラフリフリ好きな同僚が、哀れむような非難するような眼で見ているのがわかったが、完全無視。


 サインするだけで済むようなものを優先して片づけ始めたところに、新たな書類が積まれる。芽生えた殺意を飲み込んで顔を上げると、ジールが眼鏡越しに自分を見下ろしていた。

「……なんだ、ジールか。不景気なツラでここに現れんなって、いっつも言ってんじゃん。士気ってヤツがガタ落ちすんだよ」

「八番街東の人形師から、魔導力増幅装置の改良用治験データが届いた。若干サンプル数が少ないようなんだが、認可できるかどうか検証してくれ」


 目元に垂れる淡い金色の前髪の隙間から、青緑色の瞳が心持ち眇められているのが覗けた。朝の出勤途中はともかく――薄焼きパイに罪はない――、人の話を聞かず早口で自分の用件を突きつけてくるこの秘書モードのジールが、ネーナは嫌いだった。

「いますぐぅ? わたしがぁ?」

「無論」

 きらっと眼鏡の縁を光らせての間髪入れぬ返答に、ネーナは再び膨らんだ殺意をため息とともに吐き出す。

「すぐは無理だよ。生体魔導学の研究用じゃなく、普通の人形用の装置だろ? そんな急がんでも」

「この人形師のパトロンは流行り物好きのダイン伯だ、早く商品化できれば相当な数が出るだろう。それにこの分野の研究はうちが他国に先んじている、一歩でも前に進むことに吝かでない。うまくすれば軍の需品にも食い込める」

「……儲け第一の非人道主義者め」


 恨みがましい声を承諾ととらえたか、秘書は満足げにうなずく。軍人のような身のこなしで踵を返しざま、片眉を上げてネーナを流し見てから需品課を後にした。いまさら即売会で仕事を押しつけた意趣返しか、と一瞬うがった考えが頭をよぎる。

 すらりとした後姿がドアの向こうに消えるのをなんとなく見送って、ふとデスクに目を戻すと、山の上に小さな紙袋が置いてあるのを見つけた。飾り気のない生成りの袋を何気なく手にとって振ってみると、かさついた音と甘い匂いが香って、中身がクッキーだと察知した。


 慌てて袋の口を広げると、勢いあまってビリビリと破れ、狐色の菓子が次々とこぼれ出る。一体どこに持っていていつの間に置いて行ったのか、それはジールの差し入れだった。

 おめざは毎朝だが、彼はたまにこうして、気づかぬうちに菓子やらパンやらをネーナのデスクに置いて行くのだ。礼を言うことはないが、言われたい様子でもないから気にしない。遠慮せず、赤い木の実があしらわれたクッキーにかじりついた。デスクワークは腹が減る。昼に食堂の日替わり定食を大盛りで二人前食べたのとはまた、話が別だ。

 奥歯でばりばりと咀嚼しながら、二枚目のクッキーを唇にはさんで立ち上がる。広げたばかりの資料をたたんで、それをしまいつつ指定された治験のデータを探す。


 魔導力増幅装置――それは小さな器械と魔法界第一層第一位階、つまり法界の最表層とをリンクして魔導力を高速循環させることで、半永久的に駆動するユニット。初期型が、魔術師が魔法界に流した魔導力を、増幅させて器械に戻す構造だったため、現在も便宜上そう呼ばれている。

 詳細は開発者の秘匿特権で保護。ただ素材がある特殊な天然魔導鉱の核に近い部分であることと、加工にも安定にも高度な魔導工学と魔導具を用いる超高級品であることは有名だ。


 三年前にこれができてから、人形師の階級(ランク)はドカンと上がった。体内に埋め込むだけで、人形が命を吹き込まれたかの如くひとりでに動くようになったからだ。その行動は、魔術師があらかじめ組む魔導式次第でいくらでも自由に決められる。装置のロックが開発者の記名に呼応して解除される仕組みなので、模造品が出回る懸念もない。


 三十年前を最後に、戦渦から遠ざかった大国、トランティア女王国。終戦当時、日常を取り戻そうとするように人々は躍起になって文学や芸術、建築や美食といった中に娯楽を求め始めた。結果、現在のトランティアは「西大陸の華」とも呼ばれる絢爛で豪奢な文化を享受している。

 この平和なご時世にあってヒマもカネも持て余すトランティア貴族の間で、いま最も流行しているのが、魔術師組合認定印の入った装置を組み込んだ人形集めなのである。魔術師のような知識や魔導力がなくとも、それらしい気分が味わえる、というのが売りだ。


 そのうち人間じゃなく人形がお屋敷を占拠するぜ、と鼻を鳴らしながら、ネーナはその光景を思い浮かべて悦に入った。人形一体で自分の年給など軽くとんでいくことに、なにか思うところがあるわけではない。

「人形、ねぇ……」

 キャビネットに突っ込まれたファイルの背を指でたどりながら、小さく疑念を噛み砕く。


 実のところ、これを作ったのは人形師ではないだろうとネーナは踏んでいる。

 随分長いこと操り人形から糸を省いたような代物しか作れなかったヤツらに、なぜ突然こんな高等魔導学を応用した装置を作り出せるというのだ。どれだけ隠れ忍んで研究したら、こうまで唐突に、しかも完成度の高い製品を持ってこられる。またこれだけ独創性と意外性に富んだ研究をするのに、どこに隠れ忍ぶ必要があるのかわからない。結果を見てもまだわからないという魔導工学の専門家がほとんどなのに、課程だけを盗み見て模倣できるわけがないのだ。

 でもだれが開発しようと、ネーナの知ったことでもなかった。

 申請したヤツの勝ち、売り出したヤツの儲け。それが生き馬の目を抜く魔導具開発の世界だ。


「うーん、どこだ。どこだどこだ……」

 めちゃめちゃにファイルが詰まった棚をあさりながら、歌うようにつぶやいた。

 治験データの検証には、厳密なルールがある。そんなものをいちいち覚えちゃいられないネーナが手順を書き記したファイルを引きずり出したところで、再びデスクに新たな書類が置かれる気配がした。

 ネーナはクッキーを飲み込みつつ、振り向きもせず言った。

「なんだか知らないけどすぐは無理だからね!」


「だが俺のためなら、手を空けてくれるだろう?」

 鼓膜を揺らす低い声に、足のつま先から頭のてっぺんまで痺れるような寒気が走り、束ねた髪が顔をはたく勢いで振り返る。口の端から、クッキーの欠片が飛んだ。

 紙の山の向こう側で薄く微笑みを浮かべていたのは、濃灰色の詰襟の上に紺色のマントを羽織った、あの(・・)騎士であった。


「ファイス……スタイクス、様」

 悪夢のようにうめいたのはバニーだ。名を呼ばれた騎士はにっこりと魔王の笑みを惜しげもなく披露し、ネーナに向かって手を差し伸べた。

「組合長から書類を預かったから、ついでに届けた。さ、行こうぜ」

 また書類かよ、と言うべきなのか。あんたに持ってこさせたのか、と言うべきなのか。はたまた、行こうぜってどこにだよ! と叫んでみるべきなのか。


 悩んでいる間に彼はついと歩み寄ってネーナの手から紙の束を取り上げると、それを後ろも見ずに肩越しでバニーに放って、おもむろに肩を抱き寄せてきた。ガラクタの大河は、長い脚で一跨ぎだった。

「ボスは快くおまえを貸し出して下さった。遠慮なく行ってこいとさ」

 目の前に突き出された紙きれに目をやると、それは備品の貸出申請書。品目の欄にはネーナの姓名、期間は本日ただ今より――無期限。認証印は、見まごうかたなき組合長のものである。


「わたしはモノか! 無期限ってどういうことだよ、ムチャにもほどがあるだろ! そもそも、なんで職場にあんたが現れるのか理解に苦しむッ」

「待ち合わせの約束をしただろう? でもおまえは現れそうになかったからさ」

 図星である。

 確かにネーナは今日、急用ができるか腹を下すかして、約束の場所に行かれなくなる予定だった。

「そ……だからって――」

 黒竜騎士サマが。わざわざ。街中に。魔術師のギルドに。一般市民を迎えに?

 言いたいことをすべて飲み下して、かわりに巨大なため息を吐き出した。


 静まり返った需品課、みなが口をあけて注目しているのが見なくてもわかる。

 略装で所属が知れないとはいえ帯剣した騎士の装いで、しかも若い男が、よりによって魔術師としての賢さも女としての色気も、人としての魅力も壊滅したネーナの肩を抱いているのである。彼らもまた、一体どこからつっこめばいいのか悩んでいるのだろう。

 だれとも目をあわさないようにしながら歩き出し、ネーナは寝不足の頭がきりりと痛むのを感じた。




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