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魔術師組合  作者: れもすけ
第二章 太子の事情
10/19


 軽く連続したノックの音に、メイは視線だけドアに向ける。

 無言で入室してきたのは、数刻前に騒々しい客をつれて出て行ったはずの騎士。女官が部屋中に灯した明かりに、眩しげに目を細めていた。

「無事に送り届けたかよ?」

 揶揄する口調に、ファイスは眉を寄せて目を伏せる。


「それが外的要因による不適切な事態を意味する懸念であるなら、まったく問題はありませんでしたよ」

「なんだ、彼女のスカートの中を心配するべきだったか」

「残念ながらご無用に」

 疲れたように首筋に手をあて、勧められもせぬうちに長椅子に腰を下ろした。そのぐったりとした、だが満足げな様子に小さく笑って、書類から顔は上げずにメイが問う。

「不落と知って敵前逃亡するか?」

「まさか。今日のところは戦略的撤退です。あまり怖がらせると、今後の作戦に障りますからね」

「可哀相に、不運な娘だ。おまえに目をつけられては、大事に守ってきた貞操も風前の灯だな」

「人聞きの悪い」


 メイの言葉に軽く肩をすくめ、ファイスはずるずると長椅子に倒れ込んだ。そのまま肘掛けに膝をかけ、手枕で転寝でもし始めそうな勢いである。

「おまえ、言葉遣いはともかく、行儀の悪いところだけはなおらなかったな」

 ため息とともにあきれ声をもらして立ち上がり、メイは壁に据えつけられたキャビネットに歩み寄ると、酒瓶とグラスを二つ取り出して戻った。

 長椅子に半身を起こしたファイスに立ったまま酒を注いだグラスを渡し、執務机につく格好で椅子に座る。好きに飲めるようにと、酒瓶はテーブルに残してやった。

「ギルドに送り届けたのか?」


「いいえ、自宅です。五番街の王立歌劇場近くの、高級住宅街。薄給だとか言ってましたが、なかなかの物件でしたよ。……まったく、あなたの手の長さには驚かされます。少なくとも直轄領の中で、あなたに知られずに悪さをするのは不可能でしょうね。まるで身体が二つある(・・・・・・・・・・)ようだ」

 長椅子に身を投げ出した、だらしない姿と相反する言葉の響き。メイはやっと、ファイスを正面から見据えた。


 しばしの沈黙をはさんで、メイが形よい唇を歪める。

「なにが言いたい?」

「別に? 生贄にしたいのか、宝物のように抱え込んで護りたいのか、いずれにせよ中途半端をなさると思っただけですよ」

 言ってファイスは、勢いをつけて体を起こした。

「まぁ、もっとも? 近いうちに警護も監視も必要なくなるでしょうね。このまま都を出れば、どんな形にせよ結論は出ます。それが必ずしも彼女にとってよい方向ではなさそうだ、ということはわかりました。必要以上に饒舌になるとき、人は大抵後ろめたいことがある。――あなたも案外、普通の人間だったんですね」

 ふと、メイを見つめるファイスの空色の瞳が底光りする。


「可哀相に、本当に不幸なヤツですよ。いつも、どこにいても、自分のことを自分が一番わからないまま、周囲の思惑に翻弄されるしかなかったなんて。しかもそのことにすら気づく余地がない」

 今度こそ、二人の男は真っ向から睨みあった。明暗正反対の、しかし同じ色の瞳の奥を探りあうように、じりじりと音を立てそうなほど強く視線がからみあう。


 ほどなく、先に口を開いたのは次代の王だった。

「……黒竜騎士ともあろうおまえが、公私混同するとは夢にも思わなかったが」

 ファイスはグラスの腹を叩くようにして指を躍らせ、応じる。 

「それをあなたがおっしゃるとはね。俺はあいつを取り戻す、そのためだけにこんなバケモノになったんです。裏切ったとしたら、俺ではなくあなたのほうだ。――いや」

 言葉を切って、どこか遠い場所を見るような色を目に浮かべた。

「最初からそのつもりだったんだから、裏切ったわけではないんでしょうね」


「ファイス」

 苦い声は演出せずとも咽喉の奥からこぼれ出た。ファイスは表情のない顔を上げ、その瞳孔が一瞬だけ縦に収縮し、すぐに円形を取り戻す。

「わかってますよ。……竜の(あぎと)に懸けて」

 眉を上げておどけて見せると、ようやく二人の間の緊張が霧散した。その残滓を振り払うように髪を揺らし、メイは重い腕を上げてグラスを顔に近づける。


 だが形よい唇がその縁に触れる寸前、またしてもノックの音が室内に響いた。返事を待たずドアを開けるところがファイスと同様そこそこに無礼だ。メイは琥珀色の液体を一口含み、ゆっくりと飲み下した。

「おや、ファイス。戻ってたんですね」

 入室するなり、部屋の主より先にファイスに声をかけた青年は、漆黒の騎士服をまとい薄茶の髪を揺らして小首を傾げる。薄茶の優しげな瞳とやわらかな声が印象的だが、この男を外見で判断してはいけないと、メイは背筋の凍る恐怖の記憶とともに思い知っている。


 黒竜騎士筆頭、コーキ・マラード。

 団長を置かない黒竜騎士団の実質的な親玉であり、唯一外部に向けて素顔と素性を晒す顔役だ。メイがただの王子であったころには個人教師の息子であり、太子となってからは最初に得た黒竜騎士である。先ほど、騎士団総長の小姓に急かされて、騎士団本部へと足を運んだところだ。


 穏やかな面差しが気だるげで、心持ち青ざめて見えるのは灰汁の強い親爺の相手をしてきた疲労からだろう。くたびれきった様子に苦笑して、メイはグラスを唇から離した。

「本部はどうだった?」

「あいかわらず恐るべき騒々しさで、頭痛がしました。……あなたの姫君がいらしてたんでしょう? 今日は城に帰らないかと思いましたが」

 台詞の後半にてんこ盛りにされた皮肉と嫌味に、ファイスが気づかぬはずもない。彼がグラスの陰で舌を出したのを見て、メイはくすっと笑った。

「あまりいじめるな、コーキ。ファイスなりに頑張ってるんだ」

「チビすけがいくら頑張ろうと、チビすけなりですけどね」

 にっこりと微笑んだコーキの手が、ファイスの頭をくしゃくしゃとなで回す。ファイスは心底嫌そうな顔で鼻に皺を寄せるが、目を泳がせたまま無抵抗だ。


 性格が見た目を裏切る筆頭は、ファイスの手からグラスをひったくって口をつける。

「それで? 七年ぶりに再会して、気持ちの整理はついたんですか?」

「整理?」

 奪われたグラスを目で追いながら、ファイスは鸚鵡返しに意味を問うた。一息にグラスを空けたコーキは、名残惜しげに底に残ったわずかな液体を眺める。

「彼女に執着し続けた理由が、単なるガキの所有欲なのか、孤児院で育った仲間意識なのか、それとも純粋な恋心なのか――と、訊いてるんですよ」

「それは……っ」

 ファイスは勢い込んで言いかけて口を閉ざし、苦しげにうつむき、メイはコーキとそっと目を見交わした。


 ファイスの横顔に浮かぶものは、紛うかたなき苦悩。奪われたから取り戻したい、とそれだけを考えているうちに、元々抱いていた思いがわからなくなったのだろう。まして相手の生死も知れぬまま経過した月日は七年、気持ちが揺らいで変質しても無理はない。


 十年前、ファイスとネーナはまったく別の名まえを名乗って同じ孤児院にいた。

 感情も意思もない、息をする人形のようだった彼女を支え続けて、三年暮らしたという。だがある日彼女は連れ去られ、以後その行方は完全に不明だった。――というのが、つい先ごろまでのファイスの認識。

 七年、ファイスはネーナを探し続けた。そのためだけに呼吸し、食べ、眠り、ついには『竜の試練』をも乗り越え黒竜騎士になぞ成り果てた彼を、メイは都から遠ざけ続けた。あるときは東の山奥に、あるときは西の海辺に。

 ネーナは孤児院から消えて以降、一歩たりとも都を出ることなどなく、自分はそれを承知していたというのに。


 それもみな、ファイスに本懐を遂げられては困る事情があったからだ。そしてその事情を、ファイスに対して明らかにしたのはつい数日前のこと。

 なにもかも知っていて隠していた自分のことを、彼はきっと恨んでいるだろう。昔の自分は利用できるものならなんでも利用したし、愛も情も駒を彩る模様くらいにしか思っていなかった。

 メイは親指の先でグラスの縁をなでながら、鈍い後悔が胸に降り積もるのを痛みとともに受け入れる。

 黒竜騎士にならなければ、ファイスがネーナと再会することはできなかったと断言できる。だが忌まわしき存在に堕ちた彼が、本来の意味で、再会した娘と添い遂げることは叶わない。


 ダーレンは白鷹騎士の心を根こそぎ奪って宮廷を去った。彼に対抗せんとして、白鷹を凌駕する力を持つ黒竜を得ることに躍起になった。そのために、ファイスの人生は狂ったのだ。

『試練』に打ち勝った彼らの魂には、メイへの忠誠が刻み込まれる。口でなんと言おうと、感情がどれだけ負の方向に振れようと、ファイスがメイに背くことはないだろう。そのことをこのごろ、虚しいと思うようになった。


 答えられないファイスをそれ以上は問い詰めず、コーキはもう一度その黒髪を指先で乱した。

「おとなしく花嫁になりそうな姫君ですか?」

 そして片手にグラス、片肘をファイスの頭にという姿勢で、長椅子の肘掛けに腰を落ち着ける。まるで家具扱いという態度で、質問はメイに向けられていた。口元をひきつらせながらも黙っているファイスに、深く苦い悔恨も忘れてこみ上げる笑いをこらえるのに一苦労だ。

「おとなしく、ね……。まぁ、可愛い娘だったよ。攻撃は最大の防御、と思ってるタイプで」

「へぇ? うちの連中と気が合いそうですね」

「おまえたちと一緒にするな。ハリネズミだって引っくり返せば腹は急所だ」

「メイ。若い娘さんに引っくり返すだの腹を出せだの、あなたなにを考えてるんですか」

「え、いや俺は別に――」

「頭に花を咲かせたいなら、おっしゃって下さい。木槌がいいですか? 金槌ですか?」

 どっちも同じだ、それじゃ花が咲く前に花畑へ直行だ――と言いかけて、口を閉ざす。「では試してみましょう」から「赤い花が咲きました」という身の毛もよだつ展開が、血の帳の向こうに見えた気がした。


 若干以上、無理やり揚げ足を取るコーキは、あくまで笑顔だ。耳さえふさげば、どんなに甘い言葉を吐いているのかと勘違いできる。

 これは相当、本部で苦い思いを味わったと見える。騎士団総長ダリル・シェンボルトは、ダーレン・グラヴィールと同じ時代を駆け抜けた古強者だ。当代太子の不甲斐なさを、本人にかわってちくちくと突かれてきたのだろう。

 ふと見やると、コーキの手元ではひっきりなしにグラスと酒瓶が触れ合い、流れる酒がとぷとぷと景気のいい音を立てている。今日もこの蟒蛇(うわばみ)に、キャビネットの中身を空にされる予感がした。


 太子宮の予算に酒代が計上できればいいのに。そう無駄なことを思いながら、メイは自分のグラスを口に運んだ。

「ダリルはなんだって?」

 その名を出した瞬間、コーキのこめかみがぴくりと引きつったのを、メイは見逃さなかった。話の大方は見当がつくだけに、その反応はいただけない。

 コーキはグラスをテーブルに置き、かわりに酒瓶の底を透かすように燭台の火にかざした。

「いつものことですよ。各地に散らばる黒竜の動向を探りたくていらっしゃる」

 だがコーキは、そう予想に反する言葉を口にした。

「そう、か……それは、なによりだ」

 メイはとりあえず適当な返事しながら眉を寄せ、ファイスの顔に視線を走らせた。彼の前で話したくない、ということか。それでは、話をそらせという暗黙の命令に粛々と従うほかない。


「それにしても、偽装結婚とはな」

 軽口を装ってみればコーキが口元を緩ませ、メイは首が繋がったことに安堵した。その手の中で琥珀色の液体が揺れる様を眺めていると、ファイスが肩をすくめてやっと口を開いた。

「ダラハーガに同行させるもっともらしい理由を、咄嗟にでっち上げたんですよ。即断を持って旨とする騎士魂の賜物です」

「闘技場では頭真っ白のまま飛んで行ったくせに、それも騎士魂か? まぁ、おまえにとっては望みうる最高の口実だったがな」

「後のことまで考えてくれたら、チビすけも一人前だったんですけどね」

 年長二人でここぞとばかりに畳み掛けると、年下の騎士は眉根を寄せてふいと顔をそむけてしまった。


 その不満げな様子に満足して、メイは思い出したように小さく笑いをもらした。

「それにしても、よく彼女を引っ張ってこられたものだ。先ほどは調子よく話を合わせてみたが、本当はダーレンはなんと言っていた? 直接会って宣戦布告したんだろう?」

 ファイスは少し身じろぎし、ぎこちない仕草で自分の耳を引っ張った。

「特になにも。気絶するまでぶん殴ってくれた七年前の礼をして、後は強権発動を盾にごり押ししました。今のあの人は、表向き一般市民ですからね」

「ですが、よりにもよって黒竜騎士と結婚するだなんて与太話、よくもあの方に鼻で嗤われな――」

 不審げに言いさしたコーキが、不意に黙り込んだ。


 それが素であるかのように張りついていた笑みが消え、半眼でファイスを見下ろす。その先でファイスが視線を泳がせるのに気づき、メイは腹の底が冷えるのを感じた。

「まさか――ダーレンに言わなかったのか?」

「……ただ法に抵触する行為があったから、ネーナを拘束するとだけ伝えました。委細を余人に明らかにしないという取引で減刑を考えているから、一切の質問まかりならん、と」

 開いた口がふさがらない、とはこのことだ。


「お、まえな――」

「そんなことをして、後でバレたらどうするんです。戸籍の操作が云々、というのは方便にしても、あの方はメイを毛虫のように嫌ってるんですよ? その子飼いである黒竜と嘘でも結婚だなんて。まったく、あの方を説き伏せたと聞いてあなたの成長に涙した私に謝罪しなさい」

「……毛虫……」

 あまりの言われ様に落ち込みながらも、事実なのだから反論の仕様もない。

 コーキに叱られてますますふてくされるファイスを見て、どっと全身の力が抜けた。

 黒竜騎士にはそれだけの権限があるし、またダーレンがいまだ騎士団長ならともかく、その地位を離れているため詳細を話す必要は確かにない。そしてことが黒竜とネーナ個人のことであるから、白鷹にも知られる心配がない。


 頭痛を感じた。珍しくどこから事態を収拾すべきかさっぱりわからなかった。

 癖の強い髪を意味もなくなでながら、メイはふと思い出し笑いをもらした。

「ネーナ・ヴァス……ね。友達のためとはいえ、このバカげた茶番に必死で取り組もうとしていた。笑っちゃ悪いが、可愛かったな」

「メイ」

「睨んでもダメだ、ファイス。やるときは手加減しないぜ?」

 人の悪い笑顔に口を曲げ、ファイスはテーブルのグラスを持ち上げかけ、空だったことに気づいて舌打ちする。それから明らかに努力して話題をかえてきた。


「それはそうと、ダラハーガの手はずはどうなりました?」

「賢者殿か? 問題ない。あっちはあっちで、色々と思うところはありそうだが……」

 迷うように言葉を切り、無意識の仕草で机の縁をなぞるメイに、ファイスは首をかしげる。

 黙して思案に暮れていると、再びファイスの頭を肘置きにしたコーキが優しく言い聞かせた。

「いいですか、おチビちゃん。この世の中に、思うところのひとつもない者などいやしませんよ。いるとしたら、うちのおチビちゃんくらいなものです」

 むっと顔をしかめたファイスがコーキを上目に睨み、なにか言おうとして断念する。そうだ、一つ言って百返されるくらいなら、黙っているほうがよほど賢い。

「なんですか、その顔は? 褒めてるんですよ。あなたはメイと黒の塔、それにバルファイの三すくみの膠着状態を打破したんです。あのグラヴィール殿をほんのわずか四分の一歩とはいえ出し抜けたんですから、予測不能の馬鹿さ加減というのも才能ですね」


 やわらかな口調でゆったりと、コーキはファイスを責め立てた。事前の計画とか予定とか、そういったことをすべてぶち壊した弟分に、それこそ思うところがあったのだろう。

 恐怖のあまりか無表情になってしまったファイスをちょっとだけ哀れに思いつつ、メイは転がり込んだ駒に心を飛ばす。

 舞台の上に引きずり出されたからには、ふさわしい役どころできっちりと演じ切ってもらわねばならない。だが見るからに思慮が浅く――というより、思考することを最初から放棄している節のある娘に、どこまで筋書きを打ち明けていいものか。


「気がかりなことでも?」

 低められたコーキの声で我に返り、メイは深い青の目を軽く瞠った。

「いや。――いや、気がかりなんざ、ないわけがない。俺にとっては、なにもかもが気がかりで不安の種だ」

 たっぷりと含みのある目線を向ければさらりと受け流し、ファイスはコーキの肘の下から抜け出ると、腕を伸ばして空のグラスを差し出してきた。注げという意思表示だろうが、なかなかに不遜な態度である。

 しかし気にすることなく、メイは腰を上げてキャビネットから新しい瓶を取り出すと、封を切って無造作にファイスのグラスに酒を注いだ。溢れそうなほどに、なみなみと。

 あわてたファイスが急いでグラスに唇を寄せるのを横目で見やり、メイも尋ねた。


「ネーナは過去のことを、なにも覚えていないというが?」

 濡れた唇を親指でぬぐい、ファイスは頷く。

「残念ながら。出生はおろか、俺のことも忘れているし、現状に疑問を持っているふうでもない。まぁ、俺たちに関わる羽目になったことには、理不尽さを感じているようですが」

「おまえに関わる羽目に、だろう。若い娘なら、俺とは目が合うだけで天にも昇る心地のはずだ」

 澄ました顔でメイが言うと、コーキが鼻で嗤った。


 それはメイの似顔絵とともに、「恋人にしたい男ランキング」の結果を載せた出版物のページで見た煽り文句である。記者いわく、「都でメイの視界に一瞬でも入りたいと思わないコは乙女じゃない!」そうだ。

 ところがファイスは気の毒そうに眉尻を下げ、ふるふると首を振った。

「恐れながらメイ、何事にも例外はございます。お気を落とされませぬよう」

 その芝居がかった調子に合わせ、メイは重い息をついて天を仰いで見せた。

「俺に靡かぬ娘は女ではないというのに、おまえは悪趣味だな」

「メイ、悔し紛れに可哀想なことをおっしゃってはいけません。これは純情一途、恋に恋する夢見がちなおチビちゃんなのですから」


 コーキの辛辣な愛情表現に、笑おうとして失敗したファイスの唇が引き結ばれる。眉を寄せたその顔が薄い朱に染まっているのに気づき、コーキと顔を見合わせたらたまらず噴き出してしまった。

「これはすまん。黒竜騎士殿の逆鱗に触れたかな?」

 その揶揄する声音にファイスは顎を上げ、目元を赤くしたままでふんと鼻を鳴らす。

「お言葉を返すようですが、我がトランティアの竜に逆鱗はありません。もっとタチの悪いものならありますけどね」


 その言葉にメイは、見る者の背筋を凍らせるような笑みを浮かべ、薄い唇に立てた人差し指をあてた。



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