飛行訓練
「空を飛びたい?」
ドラゴンと一緒に暮らすことになってから半年ほど、俺と拾い子である畿誡紗由里とともに、捨てられた小さな集落で地味に畑を耕しながら話していた。
古代の伝説では、ドラゴンと人間は不可分であったそうだ。
ドラゴンは人間を友とし、人間はドラゴンを相棒と認識し、ドラゴンによって選ばれた者が生涯共に過ごすということになっていたらしい。
しかし、そう言った幸せな時代は、突然に終わる。
ドラゴンの長老が人間によって殺されたという話が広がり、現に首がかききられ、翼をへし折られ、さらに心臓がえぐり取られていた。
それをみたドラゴンたちは激怒、人間と一切の交信を絶った。
そして、人間を見たとたんに襲うようになってしまった。
それが、数百年前の話。
手紙や荷物を運ぶという簡単な運送業をしていたが、半年ほど前に瀕死であった古老のドラゴンの一人であるゲオルギウスから、その息子であるタンニーンを立派に育て上げると、古代の方式によって盟約した。
そんなタンニーンも最初のうちは俺の1.5倍ほどの身長があったが、今では5倍ほどにまで成長していた。
「まあ、翼も立派になってきたしな…」
俺はタンニーンの背中をさすってやった。
本当なら親が空を飛びながら教えるのであろうが、俺たちは翼がない。
それどころか、空を飛ぶ方法すらない。
「でしょ、僕も、そろそろ空を飛ぶ時期に来たんだと思うんだ」
タンニーンは話すことができない。
その代わりに、俺たちの頭に直接テレパシーのような感じで話しかけてくる。
「けどなぁ、どうやって空を飛ぶ方法を覚えるんだ。教えてくれる人はいないんだぞ」
「僕なら勝手に飛べるようになるよ」
「本当?」
話しているところに、紗由里が森の奥から帰ってきた。
森の奥には食べれる野草やキノコ類があり、紗由里はそれを取りに行っていた。
「本当だとも。自転車だって、適当に乗っていれば自然に覚えるでしょ。それと同じだよ」
「繰り返しすることによって体が自然に覚えるということか?」
「そう言うこと」
タンニーンはそう言うと、翼を広げて羽ばたきをはじめた。
「ちょい、俺たちのそばで羽ばたかないでくれ!」
母親よりは小さいとはいえ、その羽ばたきは相当の風力を生み出した。
紗由里は飛ばされないように体を低くし、俺は近くにあった地面に植わっている古い看板にしがみついた。
「あ、ごめんなさい…」
シュンと落ち込んだように小さくなり、羽ばたきもやめた。
看板が根こそぎ吹き飛ばされそうになっていたところだったから、俺は軽く安心した。
「練習はしよう。ただ、家のそばじゃなくて、街道のあたりで練習をするか」
棄てられた集落の一つの家で、俺たちは暮らしている。
その集落は、ドラゴンとの戦争が起こる前に使われていた主要街道である、イスレール街道沿いに作られていた。
しかし、今となっては誰も通らないけもの道に近い道となってしまっていた。
だからこそ、飛行訓練とかをする場所は、十分にあった。
そんな話をタンニーンとした1週間後、いよいよ飛行訓練をする時が来た。
「風をつかむんだ」
誰も師匠がいない中、静かに練習を始めた。
向かい風が来るたびに、タンニーンは翼を広げ立ち向かい、飛ぼうと一生懸命になって羽ばたいた。
俺たちは、その間、畑を耕し、けがに効く薬草を調合し塗り薬を作り、擦り傷、切り傷を毎日作るタンニーンの為に作り続け、耕し続けた。
タンニーンと出会ってから1年ぐらいが経った頃、俺も畑仕事がうまくなりつつあった。
そんな時、畑で育ったトマトを収穫していると、空が一瞬暗くなった。
見上げると、ドラゴンがそらを飛んでいた。
「タンニーン!」
「見て見て!僕、空飛べるようになったよ!」
「良かったなー!」
空を見上げながら、俺は叫んだ。
飛ぶ練習場所に収穫物が入ったかごを持って待っていると、紗由里が走ってきた。
「タンニーンが飛んでたよ!」
「ああ、俺のところにも空から挨拶しに来た」
「やっと飛べるようになったんだね」
「一人前になるまで、俺たちがしっかりと育ててやるんだ。ゲオルギウスとの盟約によってな」
古代の盟約を破れば、待っているのは死ぬことだけだ。
そのことがよくわかっていたから、紗由里にそう言ったのかもしれない。
そんなことを考えていたら、タンニーンが降りてきた。
「ねえねえ、見た見た?」
「ああ、しっかりと見たさ」
「おめでとっ、飛べるようになったんだね」
紗由里がタンニーンの首筋をしっかりとなでてやる。
猫のように喉を鳴らして喜んでいるようだった。