第1話 二度目の人生
はじめまして。
今回が初めての小説投稿になります。
本作は、二度目の人生を手にした主人公が、自由を求めて異世界を旅するファンタジー作品です。
剣と魔法、冒険、そしてさまざまな人々との出会いを描いていきます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
人生というものは、思っていたよりもあっけなく終わるらしい。
少なくとも、俺の一度目の人生はそうだった。
享年二十八歳。
特別なことを成し遂げたわけでもなければ、誰かの記憶に残るような偉業を達成したわけでもない。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に学校を卒業し、それなりの会社に就職した。
それからは毎日、仕事に追われる生活だった。
朝早く起きて会社へ向かい、夜遅くに帰宅する。
休日になれば、疲れた身体を休めるだけで一日が終わる。
そんな生活を、何年も繰り返していた。
別に、仕事が嫌いだったわけではない。
同僚との関係も悪くなかったし、上司からの評価もそれなりによかったと思う。
ただ、少しばかり人の頼みを断るのが苦手だった。
『悪いけど、これもお願いできるか?』
『お前なら任せられると思ってさ』
『助かったよ。やっぱり頼りになるな』
そう言われるたびに、俺は引き受けてしまっていた。
期待されることが嬉しかったのかもしれない。
あるいは、断って相手を失望させるのが怖かったのか。
今となっては、どちらだったのかもよく分からない。
気づけば、自分のやりたいことはいつも後回しになっていた。
旅行に行きたかった。
知らない街を歩いてみたかった。
海外の雄大な自然を、この目で見てみたかった。
子どものころから、そういうことが好きだったのだ。
知らない場所に行くこと。
初めて見る景色に出会うこと。
自分の知らない世界を知ること。
それなのに、大人になってからの俺は、そんな小さな夢さえ実現できずにいた。
いつか時間ができたら。
仕事が落ち着いたら。
もう少し余裕ができたら。
そんな言い訳ばかりしていた。
そして、その「いつか」が訪れることはなかった。
その日の夜も、俺は仕事を終えて帰宅する途中だった。
いつもより少し早く退社できたので、久しぶりにコンビニで好きなものでも買おうと思っていた。
スマートフォンを取り出し、何気なく保存していた旅行先の写真を眺める。
青い海。
雪に覆われた山々。
見渡す限りの草原。
いつか行ってみたいと思っていた場所ばかりだ。
「……来月、休みでも取ってみるか」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
そのときだった。
道路の向こうから、けたたましいクラクションが聞こえた。
顔を上げる。
視界に飛び込んできたのは、こちらへ向かってくる車のヘッドライトだった。
「……え?」
避けようとした。
けれど、身体は思うように動かなかった。
次の瞬間、激しい衝撃が全身を襲う。
何が起きたのかを理解するよりも早く、視界が暗くなっていく。
痛みは、不思議とほとんど感じなかった。
ただ、一つだけ思ったことがある。
――もっと、好きなことをしておけばよかった。
それが、俺の一度目の人生で最後に抱いた感情だった。
◇
……温かい。
最初に感じたのは、そんな感覚だった。
柔らかい何かに包まれ、身体がゆっくりと揺れている。
耳元から、優しげな声が聞こえてきた。
「よしよし。もう大丈夫よ」
女性の声だった。
聞き覚えはない。
というより、そもそも何を言っているのか分からなかった。
知らない言語だ。
(……どこだ、ここ?)
目を開けようとすると、ぼんやりとした光が差し込んできた。
霞んだ視界の向こうに、一人の女性が見える。
栗色の髪を肩のあたりでまとめた、優しそうな女性だった。
彼女は俺を見下ろし、穏やかに微笑んでいる。
(……誰だ?)
状況が理解できない。
確か俺は、車にはねられたはずだ。
あれだけの衝撃だったのだから、無事だったとは考えにくい。
それとも、病院に運ばれたのだろうか。
だとすれば、目の前の女性は看護師か何かかもしれない。
そう考えて身体を動かそうとした瞬間、違和感に気づいた。
(……ん?)
腕が、短い。
いや、それだけではない。
手が小さすぎる。
指も、信じられないほど短かった。
何より、身体がまったく思いどおりに動かない。
(ちょっと待て)
俺はもう一度、自分の手を見た。
丸く、小さな手。
どう見ても大人のものではない。
(……赤ん坊?)
冗談だろ。
そう思ったが、いくら見ても現実は変わらなかった。
目の前の女性が、再び何かを話しかけてくる。
俺の身体を抱き直し、優しく頭を撫でた。
そして、彼女の口から一つの言葉が聞こえた。
「レオン」
まだ意味の分からない言葉の中で、それだけが何度も繰り返された。
どうやら、俺の名前らしい。
(……レオン、か)
以前の俺とは、まったく違う名前だ。
それにしても、これは一体どういう状況なのだろう。
死んだと思ったら、赤ん坊になっていた。
しかも、周囲の人間は知らない言葉を話している。
まるで、昔読んだ小説のような展開だ。
(転生……ってやつか?)
正直、信じられない。
けれど、目の前で起きていることを説明できる言葉は、それくらいしか思いつかなかった。
俺は小さく息を吐こうとした。
しかし、喉から漏れたのは意味のない赤ん坊の声だった。
「あぅ……」
女性が嬉しそうに笑う。
「ふふ、元気ね。レオン」
やはり、レオンというのが今の俺の名前なのだろう。
どうやら、もう一度人生をやり直すことになったらしい。
……まあ、いいか。
理由は分からない。
神様に会ったわけでもなければ、何か特別な使命を与えられたわけでもない。
それでも、こうして生きている。
もう一度、人生を歩める。
それなら。
(今度は、好きなように生きよう)
誰かの期待に応えるためでもない。
人から褒められるためでもない。
自分がやりたいと思ったことを、自分で選ぶ。
行きたい場所に行く。
見たい景色を見る。
それが、二度目の人生で俺が決めた、たった一つの目標だった。
◇
それから、しばらくの時間が過ぎた。
赤ん坊の身体というのは、想像以上に不便だった。
自分で歩くこともできなければ、食事を取ることもできない。
眠くなれば勝手に意識が遠のくし、腹が減れば身体が泣き始める。
精神的には大人のつもりでも、身体の反応までは自由にできなかった。
最初のうちは戸惑うことばかりだったが、次第に慣れていった。
どうやら、俺が生まれた家はそれほど裕福ではないらしい。
家は木造の小さな建物で、家具も必要最低限のものしかない。
しかし、決して暮らしにくい場所ではなかった。
父親の名前はガルド。
大柄で、日に焼けた肌をした男だ。
畑仕事や狩猟をしているらしく、家に帰るといつも土や草の匂いがした。
母親の名前はミリア。
優しく、よく笑う女性だ。
畑仕事のほかに、薬草を採ることもあるようだった。
二人とも、俺を大切に育ててくれている。
それだけは、言葉が分からなかったころから伝わってきた。
やがて少しずつ、この世界の言葉も理解できるようになった。
前世の記憶があるおかげか、言葉を覚えるのにそれほど苦労はしなかった。
もっとも、理解できることと、うまく発音できることは別だったが。
そんなある日のこと。
俺は、母の腕に抱かれながら台所を眺めていた。
父はまだ畑仕事から帰っていない。
母は夕食の準備をしているところだった。
「もう少しで終わるからね、レオン」
そう言って、母はかまどの前に立った。
いつものように火を起こすのだろう。
俺は何気なく、その手元を見ていた。
すると。
「《灯火》」
母が小さく呟いた。
次の瞬間。
彼女の指先に、小さな炎が生まれた。
(…………は?)
俺は思わず目を見開いた。
火打ち石も、マッチも、ライターもない。
ただ指先を向けただけで、何もない空間に炎が現れたのだ。
母はそれを当然のようにかまどへ移し、薪に火をつけた。
その一連の動作に、驚いた様子はまったくない。
まるで、蛇口をひねって水を出すくらい当たり前のことのようだった。
(……今の、何だ?)
手品?
いや、そんなものには見えなかった。
炎は間違いなく、母の指先から生まれていた。
俺は母の手をじっと見つめる。
当然、もう炎は残っていない。
それでも、先ほどの光景が頭から離れなかった。
(もしかして……)
胸の奥から、何とも言えない興奮が湧き上がってくる。
魔法。
そんなものは、前世では物語の中にしか存在しなかった。
けれど、今の光景が本当なら。
(この世界には、本当に魔法があるのか?)
心臓が高鳴る。
もし魔法が使えるなら、いったいどんなことができるのだろう。
空を飛べるのか。
炎や水を操れるのか。
自分の身体を強化することだって、できるのかもしれない。
想像するだけで、胸が躍った。
前世では、見たい景色があっても、結局ほとんど見に行けなかった。
けれど、この世界には、俺の知らないものがいくらでもある。
魔法。
未知の土地。
まだ見ぬ生き物。
そして、きっと想像もできないような景色が待っている。
(……面白そうじゃないか)
思わず笑みがこぼれた。
母はそんな俺を見て、不思議そうに首を傾げる。
「あら、どうしたの? レオン」
俺は答える代わりに、小さな手を伸ばした。
もちろん、炎が出るわけではない。
それでも構わなかった。
今はまだ、何もできない赤ん坊だ。
だが、いつか必ず。
(俺も、魔法を使ってみたい)
そして、強くなろう。
誰かに認められるためではない。
この世界を、自由に冒険するために。
俺は小さな拳を握りしめた。
――二度目の人生は、どうやら退屈せずに済みそうだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ここからレオンの二度目の人生が始まります。
これからの冒険を一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
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今後ともよろしくお願いいたします。




