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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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呪いの乙女ゲームに閉じ込められたらサポートキャラがひどすぎた件

掲載日:2026/10/25

 気が付いたら婚活パーティの会場に居た。


「……悪夢はいつもここから始まる」


 ここ1週間。

 毎晩寝るたびに夢の中で乙女ゲームの中に閉じ込められる私は、何処にでもいる還暦越えの妙齢女性。

 息子3人、娘1人に孫も4人居るけどお婆さんは自称しないセカンドライフ満喫女だ。


 そんな私が閉じ込められているゲームは末っ子の知り合いが作った同人乙女ゲーム。令和女子の人生を婚活を中心にシミュレートするという異色の作品。


 主人公である私は25歳の派遣事務員。

 一人暮らし、安月給、ややブラックな職場、奨学金残高約300万円。

 正社員で2歳上の先輩の誘いで婚活パーティに参加したところからゲームは始まる。


 主人公のスペックはモブに固定だけど、攻略対象の男達はゲームをリセットするたびにキャラクターが自動生成されるという斬新なシステム。

 言い換えれば、リセット時に攻略難易度が決まるひどい仕様。

 そして、何よりひどいのがサポートキャラ。


『よく来たべあ。このツキノワグマがサポートキャラとして世界を案内するべあ。今度こそハッピーエンド目指して頑張るべあ』


 サポートキャラを自称して半透明の姿で背後霊のように付いて(憑いて)来るのは、大型のツキノワグマ。イントネーションが東北弁じゃないから語尾のべあは熊(ベアー)をかけている意味不明な獣だ。


「毎晩連続でこのゲームはつらいんですが、休みを頂けないでしょうか」

『攻略成功してハッピーエンドを勝ち取ったら休めるべあ』


 攻略成功するまで休めないのか。なんてひどいゲームだ。


『まずは攻略対象を選ぶべあ』


 そうだ。このゲームは最初の相手選びが一番重要だ。

 パーティは大人数制のフリータイム立食形式。自分から積極的に動かないと結果を出せない高難度ルールだが、パーティ終了後に交際相手ナシで帰宅するとバッドエンド確定という鬼畜仕様。

 しかもゲーム開始時点でパーティは半分終わっており、スペックの高い男の周りには既に社交性の高い女達が群がっている状況。


 窮地を脱する突破口を求めて会場内を見渡して攻略できそうな男を探す。


「……男女20人のはずなのに男が5人しか居ませんが」

『ちゃんと20人居るけどオマエの女子力フィルタが低スペック男の存在認識を阻害しているべあ。見えない男は無視して、若さを武器に正面のイケメンを勝ち取りに行くべあ』


 正面の長身イケメン。女性4人に囲まれてて、今はパーティに誘ってくれた先輩が口説いてる。

 それを獲りに行けと? パーティ参加者最年少の若さを武器に?


 無理!


「危険を伴う攻略はしません。モテるイケメンがイイ夫になるとは限らないから、フリーの男を当たります」

『サポートキャラの助言に逆らうとはいい度胸べあ』


 サポートキャラを自称するコイツの助言を聞いて今まで何度もバッドエンドに堕ちた。このゲームを攻略するには自分の力で未来を勝ち取るしかないんだ。


 下方婚を嫌う本能より結婚適齢期の女子にはスペックの低い男を認識から外す能力が確かにある。

 だが私の正体は育児経験ありの妙齢既婚女性。夫と息子3人を育てた経験値があればそんなフィルタを外す事だってできるのだ。


 淑女奥義! 低スぺ非モテモブ男探知機能ON!


「居るじゃないの。都合のよさそうな非モテモブが……」

『強力な女子力フィルタを自力で外すとは、なかなかやるべあ』


 フィルタを外した目線で改めて会場を見渡す。

 女性参加者は高スペック男性5人に集中。余った15人のうち9人は男だけで2つのグループに分かれて消化試合モードで飲み食い。他の6人は会場の隅でそれぞれ1人で飲み食い。


 余った男達が完全にやる気を失ってるよ。気持ちはわかるけど。

 でも、なんで誰も私の所に来ないんだよ!


「来ないならこっちから行くか」

『遠巻きにオマエを観察している男が4人いるべあ。年配者、小柄男、薄毛男、太い男。本当にロクなの居ないべあ』


 婚活において女の若さは最高の武器。会場内で最年少の私が勝負を捨てた低スぺ非モテモブ男を狙えば勝率は高い。つまり相手を選べる立場だ。

 初期装備として右手に持っていたシャンパンのグラスを呷り気合を入れる。


「おぢはナシ。チビとハゲは保留。デブに行く」

『どういう選定センスべあ』


「年齢とチビとハゲはどうにもできないけど、デブはやりようあるの」

『ひどい消去法べあ』


 ターゲットに定めたデブを遠目で観察する。

 身長約176cm、推定体重130kgの恰幅の良い立派なデブだ。

 外観で女に避けられる自覚はあるだろうに。こんな高難度パーティに何しに来たのか分からないが、中身が妙齢女性の私から見れば好物件。


 デブは食事と生活習慣で改善できる。贅肉さえ落としてしまえばデブボディを支えていた心肺機能と骨格強度は強靭な体力として活きてくる。

 広い肩幅の下に眠る肺活量は、平均身長標準体型を貧乳で軽量化した私をお姫様抱っこできるポテンシャルを秘めているのだ。


「デブの改造でハッピーエンドを達成して、お姫様抱っこと日々の安眠を勝ち取ってやるわ」

『待つべあ。よく聞くべあ。今のオマエはパーティ参加者最年少でこの会場で最強の女べあ。ハイスぺイケメンも狙える立場で低スぺ非モテモブ男を狙うなんて正気じゃないべあ』


「若い娘はそういう発想で失敗するの。男は飾り物じゃなくて実用品。夫がモテてもイイ事無いんだから、そこを割りきるのが結婚よ」

『正面のハイスぺイケメンと見比べるべあ。今なら群がっている女を若さで蹴散らして清潔感のあるスカしたイケメンを勝ち取りに行けるべあ。女子力フィルタ外してまで低スぺ非モテモブ男から太いのを選ぶ理由は無いべあ』


 何かとバッドエンドに墜としたがるコイツが慌てるってことは、あのデブが当たりキャラってことか。

 よっしゃ! 今度こそハッピーエンドだ!


『よく考えるべあ。太いのとデートして太いのと食事して太いのと寝るとか、もう若い女子として生理的嫌悪感べあ』

「結婚で大事なのは耐える事。デブ男のキモイ臭いとキモイ汗とキモイ油のキモさに耐えて耐えて耐え抜いて人生を勝ち取るの」


『自分の息子が交際相手からそういう扱い受けたらどう思うべあ』


 グサッ


…………


 スタート時の婚活パーティから4年。

 私は男と同棲している。


 相手は先輩が口説いていたハイスぺイケメン男。

 女4人が囲む中に突撃してスペック上の若さと年の功の話術で強奪した。


 囲んでいたアラサー女4人の怨嗟の目線は恐かった。

 誘ってくれた先輩は翌日から仕事を休んでそのまま退職してしまった。


 申し訳ないとは思ったけど、女ってのはいくつになっても女だ。

 おぢやチビやハゲやデブよりもハイスぺイケメンがイイに決まってる。将来のポテンシャルよりもその時の見栄えの方が大事。本当に申し訳なかったけど反省も後悔もしてない。だって女だもん。


『熊ってのは獲物に執着する本能が強いべあ。仕留めたと思った獲物は喰い尽くすまで手放すことができないべあ』


 サポートキャラのツキノワグマの意味不明な独白。ゲームの進捗的に解釈するなら、そろそろ仕留めろという事だろう。


 交際期間4年。同棲生活2年。

 孫まで居る子持ち既婚女として男の習性を知り尽くしているからこそ、貧乳モブでありながらも快適な彼女としてハイスぺイケメンを繋ぎとめる事ができた。


 しかし、男は本当に身勝手なイキモノ。

 私はもう29歳。4個上のモテるハイスぺイケメンから見ればもはや若くない。

 今まで何度も結婚に誘導しようとしてはぐらかされてきたが、そろそろ仕留めないと後が無い。


 ダイニングで晩酌する彼氏のもとにピザとゼク〇イ持っていざ突撃!


「イイ気分で酒飲んでたのに……。またその話?」

「そう。またこの話。一緒にピザ食べながらゆっくり話そ」


 明らかにイヤそうな態度の彼氏。だけど好物のピザがあれば逃げない。

 話し合いの時間だ。


「いいじゃん。いまのままでさぁー。特に何の不便もないし」

「将来考えるとそろそろ次のステップ進んだ方がいいんじゃないかな。出産育児をするにしても後になると大変だし」


 実際育児ってすごく大変。

 特に初めての育児は若い頃に済ませておかないとつらい。


「全く……。女ってのはそうやってすぐ妊娠出産をダシにする。そんなこと言って寿退職と専業主婦狙ってるんじゃないの? 子供できても退職はダメだよ。産休育休取得して職場復帰が常識だよ」

「今は正社員だから産休育休も取れるし、資格もあるから転職も有利だよ」


 婚活パーティ時点では派遣社員だったけど、引継ぎ無しで突如辞めた先輩の穴埋めとして正社員に採用された。

 社会人経験2周目の経験値で資格を取ったり成果を出したりしたら主任の役職ももらえて収入も上がった。

 奨学金返済が残っていると結婚を避ける口実にされるから節約生活して前倒しで完済しつつ、稼ぎ過ぎても好感度が下がるから年収が彼氏の6割以下に納まるように仕事を調整してきた。

 攻略のためにここまでしないといけないなんて、世知辛い乙女ゲームだよ本当に。


「結婚しても生活レベルは維持したいから、妊娠中も産休手当で生活費は折半だよ。つわりで家事できないとか勘弁してよ。俺は忙しいんだから」

「えーっと……。それはあんまりなんじゃないでしょうか……」


 しまった。彼氏の表情が険しくなった。


『何してるべあ。好感度が半減したべあ』


 長年積み上げた好感度がこれで半減かよ。

 判定厳しいな。


「やれやれだよ。妊娠出産が命懸けなんだから命のリスクを持たない男は女のために働けとか言うけど、医療技術が進歩した今なら死亡率は五万分の一ぐらいだろ。帝王切開を切腹に例える女さんも居るけど、麻酔かけて切るなら痛くないだろうに。今の時代の女は甘えすぎだよ」


 これぐらいスルーできてた頃が私にもありました。


 結婚前の夫も大概だったし、長男と長女を年子でその2年後に次男を産んだ時にもつわりも弱くて安産だったから余裕ぶっこいてましたよ。

 でも、次男の7年後に三男授かった時は妊娠中毒症と全前置胎盤と最悪の経過。しかも予定切開3日前に早期剥離で緊急帝王切開。


 あの出産を思い出したら、切ってないはずのお腹が痛くなってきた。


「どうした? フェミみたいにヒスったりギャオったりは勘弁してよ。今の時代、女の涙が通用するほど現実甘くないんだよ」


 ヤバイ。こんな男と結婚とかゲームでも無理。

 なんかもう人生経験と魂が全力で拒絶反応を起こしてる。

 目の前のハイスぺイケメンがゴミクズに見える。


 コイツの親の顔が見たい。特に母親の顔が。

 ドコから産まれてダレが育てたらこんなゴミに育つんだ。


『やれやれべあ。スペックだけ見て男を選ぶからこういう目に遭うべあ』


 この野郎! コイツの性根がヤバイ事知ってたな!


『サポートキャラとして特別にサポートアイテムを支給するべあ』


 痛むお腹を押さえていた手に心地いい重量感が伝わる。

 何かと思って確認したら、今欲しいと願っていたステキなアイテム。

 ナイスサポートだクマ!


 【大型サバイバルナイフ(※保有だけで銃刀法違反の両刃短剣仕様)】


「黙って聞いてりゃふざけんじゃねえぞテメェ! 五万分の一でも当たって死ぬ本人にしてみりゃ100%なんだよ!」

「うわぁぁぁぁ!」


 テーブルを蹴り飛ばして斬りかかったら間一髪で避けられた。

 流石スポーツ万能なハイスぺ。軽く飲んでてもいい動きをする。


「いきなり何するんだ! 殺す気か!」

「泣き落としで済ませる可愛げが無くて悪かったなぁ。女の涙を否定した男はテメェの血だまりに沈む定めなんだよ」


 私の動きを警戒しながら壁を背にしてゆっくりと玄関の方に向かう彼氏。

 殺意を載せたサバイバルナイフを順手で握り、標的との距離を詰める。


「AIに聞きましたみたいな薄っぺらい知識で命の瀬戸際語るんじゃねえぞクソガキ! 早期剥離した時には麻酔が効く前に腹を斬られたぞ! 救急医療がいつも手順書通りに済むと思うなゴルァァァァァ!」

「何の話だよ! 落ち着け! 落ちつけぇぇ!」


 正面からの斬撃を避けられた。でも着衣に掠(かす)った。

 部屋着の腹の部分が裂けて中身が覗き、ナイフを持つ手に力が入る。


 三男出産時、突然の早期剥離で血を噴きながら救急車に乗った。

 救急病院に到着した時。腹の中で息子を溺死させまいと覚悟を決めて先生にすぐに切ってと頼んだ。

 大量出血で一刻を争う状況。死戦期帝王切開に近い形で麻酔が効く前にメスが入り、朦朧とする意識の中で激痛に耐えた。


 痛みも苦しみも危険も無しに子供を授かるのが当然と思っているなら、それこそが甘えだという事を身体に物理で教えてやる。


 さっきの斬撃で標的は部屋の隅。逃げ場が無い方に逃げてくれた。

 ナイフを逆手に持ち替えて姿勢を落とし、利き足に力を込めていざ突進。


「クソしか出ない腹をぶった切って14Gの注射針8本刺してその冷血全部抜いてやらぁぁぁぁ! ヘブッ!」


 懐(ふところ)に飛び込んで下腹部から斜め上に切り裂くイメージで踏み込んだら、見えない壁にぶつかって跳ね返された。


「何だよこの壁! 斬らせろよ! 表皮だけでいいから!」

『内臓を抉(えぐ)り出すフォームで突進しておいて何を言うべあ』


 体勢を立て直している隙に彼氏はドアの外へ逃走。

 サポートアイテムを手に入れたのに、血を見せることもできずに逃げられた。


 チクショウ!


「女の細腕で男の腹筋を攻略するには全身の筋力を刃に載せる必要があるの!」

『ゲームのジャンルを変えるような攻略はやめるべあ。せめて呪うぐらいにしておくべあ』


 呪うのはジャンル内なのか。どんな乙女ゲームだよ。


『男に逃げられたべあ』


 攻略失敗だけど悔いは無い。

 モラハラ夫との結婚をハッピーエンドとは呼ばん。


『バッドエンドフラグ【アラサーリリース】成立べあ。男一人繋ぎ留められない憐れなメスとして、地球生命有性生殖五億六千万年の歴史を繋いだ祖先たちにメスの存在価値を汚した罪を詫びるべあ』


 サポートキャラのツキノワグマが実体化して、ミジンコを描いた大きなポスターをリビングの壁に貼り始めた。


「いや違うだろ! 私があのゴミクズを捨てたんだよ!」

『男に逃げられた事に変わりはないべあ』


 交際相手の女がいきなり刃物持って襲い掛かってきたら普通逃げるだろ。

 って、襲い掛かったのは私なんだから私のせいか!


「あんなアタオカ男が攻略対象に混じっているなんて乙女ゲームですらないし。所持だけで捕まる物騒ナイフがサポートアイテムとして出てくるこのゲームのジャンルは一体何なんだよ」

『確かに親の顔が見たいぐらいのアタオカ男べあ。実はこのゲームは教育ゲームべあ』


 親の顔が見たいぐらいのアタオカ男を混ぜた自覚はあるのか。

 一体どういう教育ゲームだよ。


『準備ができたべあ。いつも通り罰ゲームを始めるべあ』


 このゲームの最悪な点はバッドエンドに堕ちた時の罰ゲーム。

 女が男に捨てられるのは有性生殖の歴史に対する最悪の冒涜だということで、有性生殖の始祖ミジンコ様のポスターに向かって一晩中土下座で【捨てられるほど無価値な女でごめんなさい】と謝罪をさせられる。

 この罰ゲームを完遂しないと帰れないという超☆鬼畜仕様なのだ。


 毎晩コレに心を折られてきたが、今回は対策を考えてきた。

 この黒毛腹黒サポートキャラをとっちめてやる。


「喋り方でごまかしてるけど、お前メスだろ」

『……それがどうしたべあ』


 動揺してる。やっぱり知られたくなかったんだな。


「知ってるぞ。クマのメスって、オスから餌を貰えないんだってな」

『必要が無いからべあ! 俺達はメスだけで出産も育児も完璧にできるべあ。そもそも進化の過程で子宮と母乳を獲得したのはメスだけで育児を完結させて種の生存率を上げるためべあ。だから俺達の方が哺乳類として正当な進化をしてるべあ。男の力なしで世代を超えられない人間のほうが哺乳類として欠陥品べあ』


 サポートキャラが必死だ。いける。もう一押し。


「でも、オスから食べ物貰えない事が悔しかったんだろ。私が彼氏から食べ物をもらった時、毎回唸り声を上げながら歯軋りしてたよな。羨ましかったんだよな」

『あ、憐れんでたべあ! 人間の女は出産育児を一人でできないべあ。男の助け無しで世代を超えられない欠陥動物べあ。俺達こそが最強の獣べあ!』


 慌ててる慌ててる。よーし。トドメ刺してやる。

 今まで散々尊厳破壊された仕返しだ。

 年長者の口撃力を思い知れ!


「最強進化の終着点がオスに愛される事の無いメスなんて、本当に憐(あわ)れねぇ」

『………』


 泣いた。ツキノワグマがうずくまって泣いた。


「やった! 勝ったぞ! 魔物(モンスター)退治成功だぁぁぁぁ!」


 ガッツポーズで勝利宣言。

 勝ったんだからもうゲーム終わりでいいよね。


「勝負はついたからサポートキャラとしてエンディングを頼む」

『……ピザが食べたいべあ』


 泣きながら訴えてきたので、ひっくり返したテーブルの傍に散らばっていたピザの残りを集めて差し出す。


「ピザあげたんだから、もうエンディングにして現実世界に帰してください」

『ミジンコ様のポスターを剥がしたらラスボスが降臨するべあ』


 この流れで続があるの? ラスボス居るって事はコイツは中ボス?

 本当にどういうジャンルのゲームなんだろう。


 さめざめと泣きながらピザを食べるクマを見て何か引っかかったけど、まぁそれは一旦保留。ラスボス倒してさっさと帰ろう。


 壁に貼ってある忌々しいミジンコ様ポスター。

 勝利の証として罰ゲーム用小道具を処分だ。

 まずは横向き一刀両断!


『身の程もわきまえず進化の理(ことわり)を愚弄した愚か者よ』


 ミジンコ様ポスターを両断した瞬間、部屋が消えて星空の下のだたっぴろい空間になった。

 これはまさか、ラスボスのファイナルステージ!


『我は大口真神(おおくちのまかみ)。獣の神として生命の法廷で裁いてくれよう』


 そして目の前に現れたのは大柄な狼。その背後には多数の獣。

 なんかこう、ネコ科、犬科、クマ科とかの分類ごとに集まっていて、空にはイルカやクジラが泳いでる。


 背後の獣達がモブだとしたら、ラスボスはこの狼だな。

 クマには勝てんがナイフがあれば犬となら戦える!


「神だかなんだか知らないが、プレイヤーの前にラスボス犬として出て来た以上は退治してやる!」


 乙女ゲームとしては負け確定なんだからもはや恐れるモノは何もない。

 自分のルールで勝利を勝ち取ってやる。


『神聖なる生命の法廷で着衣を赦した慈悲を無碍にするなら、産まれたままの姿で詫びることになるぞ』


 ラスボス犬の目が怪しく光ると同時に、着衣の下から下着が消えた感触。

 まさか、逆らったらすっぽんぽんで土下座させるという脅しか!

 なんて卑劣な!


 だが、私の中身は幾度も修羅場を超えた年長者だ。

 若い娘とは違うのだよ!


「経産婦ナメんな! 斬られて刺されて内臓まですっぽんぽんは経験済みだ!」


 経産婦だってすっぽんぽん土下座は絶対イヤだ。

 でもここで負けるわけにはいかないから全力で虚勢を張る。


「女の恥じらいを捨てて命を授かったこの誇り! すっぽんぽん土下座ぐらいで折れたりはせんぞぉぉぉぉって、あれ?」


 セクハラ犬神と獣達の目線が私の斜め後ろに集中している。

 そして獣達はなんかイヤそうな表情。


 何があるのかと思って振り返って視線の先を見たら、10mぐらい離れた場所に獣達の方に向けられた75cm級の工場用大型扇風機。

 そのフロントガードには洗濯ばさみで固定された安物の女性用下着。

 アレは私がさっきまで履いていたやつだ。


『獣の嗅覚は人間の万倍から億倍ぞ。この場であの扇風機を回したらどうなる』


 ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私が間違ってました。愚かな人間として誠心誠意詫びます! 嗅ぐのだけは! 嗅ぐのだけはお許しください!」


 物騒ナイフを床に置き、土下座姿勢で必死で懇願。

 尊厳破壊のレベルが段違いだ。このお犬様には絶対勝てん。


『ヒト科は進化の過程で致命的な欠陥を抱えた。直立二足歩行と胎生の両立は獣としては不可能な構造であった』


 お犬様が何か進化論的な事を語り出したよ。


『その形への進化を選んだ種の多くが子孫を残せず滅びた。しかし、発達した大脳を使って知恵の力で欠陥を克服した者が居た。それがお主達の祖先ぞ』


 いつの時代をどういう立場で生きた存在の目線なんだ。ガチの神様目線か?


『出産時に脆弱になる女を男が力と優しさで守る。そして、獣より遥かに長い育児期間を男と女が共に支え合い世代を繋ぐ。これが身体に欠陥を抱えるヒト科の唯一の生存戦略だ』


 知ってるよ。育児をやり遂げた既婚者に結婚制度の基本を語るなよ。


『だがヒト科はその大切な生存戦略を本能として覚えておらぬ。子孫を残す方法すら教わらなければ知ることができぬのだ』


 性教育とかの話か?


『男が女を守らねば、女は子供を産み育てることができぬ。母親となった者はこの大切な事を子へ教えねばならぬ。特に男児を授かった母親は。これは大切な事ぞ』


 ああ、あの親の顔が見たいレベルのアタオカ男の事か。

 どんな母親が育てたらあんなゴミクズになるのやら。


『母親としてその責務を怠った罪は重い。ヒト科の生存戦略を冒涜したその罪。ミジンコ様に土下座で詫びよ』


 私じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!

 でも逆らったら扇風機だからなんも言えねぇぇぇぇ!


『詫びよ!』

 『詫びよ!』

  『詫びよ!』

   『詫びよ!』


 お犬様の上に巨大なミジンコ様の幻影。

 そして、獣達からの激しい詫びよコール。

 だけど、私は神から断罪を受けるような生き方はしていない。


『詫びよ!』

 『詫びよ!』

  『詫びよ!』

   『詫びよ!』


 出産も育児もやり遂げた。

 三男出産時、夫不在の自宅で早期剥離で突如噴いた時には、当時小学生だった上の子達が救急車を呼んでくれた。

 緊急帝王切開での出産後、子宮からの出血がなかなか止まらず心肺停止。輸血と蘇生を2時間続けても心拍戻らず先生達が打ち切りしようとした時に子供達が大騒ぎしたから処置を継続。

 そのおかげで心肺停止から4時間半後に奇跡の生還。後遺症で虚弱体質になっちゃったけど悔いは無い。


『詫びよ!』

 『詫びよ!』

  『詫びよ!』

   『詫びよ!』


 全力で支えてくれた夫にも感謝してる。

 しっかりと稼いで家計を支えてくれた。結婚後に共働きを求められたことは無かったし、それでいて子供達の教育にも熱心だった。年子の長男長女と少し離れた次男がしっかりと育ったのは夫のおかげだ。

 私が心肺停止状態になった時は、神宿る事で有名な山奥の神社に行って滝行で母子の無事を祈願してくれた。ボロボロになって肺炎まで発症して帰ってきたけど、生還を泣いて喜んでくれた。

 その時の縁でリタイヤ後に夫は神社の手伝いに行ってる。


 私は生きた。私は真っ当に生きた。生きたんだ!


『詫びよ!』

 『詫びよ!』

  『詫びよ!』

   『詫びよ!』


 獣達からの詫びよコールは容赦なく続く。

 女として、親として、ヒトとしての尊厳を踏みにじられ、屈辱に涙が溢れる。


『さぁ、詫びよ! 己が幸福のみに満足し、幸せを次世代へ繋ぐ義務を怠った結末を全身全霊で詫びよ!』


 私が一体何をしたんだ! 何なんだこの仕打ちは!

 でも逆らえない。扇風機だけは。扇風機だけは!

 屈辱の泥に頭を擦り付けて号泣しながら必死で詫びる。


「女として無価値でごめんなさい!」

 「ヒトとして無力でごめんなさい!」

  「母親として無能でごめんなさい!」


 ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


………………


「……さん。…………母さん。大丈夫?」


 末っ子の声だ。

 朦朧とする意識に気合を入れて周りを見ると、昨晩就寝した自宅の寝室。


 帰ってこれたのか。

 今回は本当に最悪なバッドエンドだった……。


「うなされてて汗びっしょりだけど大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。心配かけたねぇ……」


 26歳になる三男。大学卒業後も定職につかず実家暮らしで職を転々としてる。もうちょっとしっかりしてほしいと思うけど、まぁ、出産時の苦労を思い出すとあんまり厳しく言えない。


「母さんは身体が弱いんだから無理しないで。今日は休んでなよ。食事は俺が作るから」


 出産後に病弱になった私しか知らない三男は何かといたわってくれる。しかも子供達の中で際立って美形に育って、もうイケメン真っ盛り。

 そろそろ自立を促した方がいいとも思ってるけど、この子と一緒にデパートとかに出歩くのが楽しみなので離れてしまうのは寂しかったりする。


「私のお世話してくれるのも嬉しいけど、自分の将来も考えるのよ。そういえば付き合ってる彼女とはどうなの?」


 三男の彼女は夫が滝行で祈願した山奥の神社の娘さん。この家にも頻繁に遊びに来る何かとおもしろい娘で、あの乙女ゲームの製作者でもある。サブカルやITに強くてたまにカオスなセンスを発揮する。


 交際期間も長いからそろそろ結婚かなぁ。

 寂しくなるけどその時は祝ってやらないとね。


「あー、彼女とは先月別れたんだ」


 えっ?


 でも彼女は先週1人でこの家に遊びに来たよ。

 交際について何も言わなかったし、新作の安眠お守りとして【ピザ食べる熊の置物】をくれたよ。

 あれ? ピザ食べる熊って、まさか……。


「イイ娘なのに……。何があったんだい?」

「結婚したら養ってほしいとか言いだしたから、女だからって妊娠出産を理由に男に生活費を依存するのは男女平等に反する甘えだって説教したら、呪ってやるって泣き出したから別れたよ」


 毎晩見る悪夢の乙女ゲーム。私は彼女に呪われていたのか!


「このバカ息子ぉぉぉぉぉ!!」


………………

…………

……


 過酷な難産から奇跡の生還を勝ち取った出自より甘やかされて育った末っ子。しかしその家族愛を冒涜した罪は重かった。

 急報を聞いて駆け付けた長男長女次男にボッコボッコのボッコボッコでボッコボッコにシバかれて勘当。


 全てを失ったズタボロの姿で元カノに詫びを入れに行ったら、彼女の実家である山奥の神社に連行されて跡取りとして婿養子に。

 誰よりも深い愛と業の狭間を生きた男は、山奥での過酷な修行により火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の加護を獲得。

 後に資格も取得して立派な神職として生命の理(ことわり)を語り人々を導く余生を送ったとか。


 めでたし。めでたし。

【オマケ解説】

 男が漢気を忘れたら女は子供を産めません。

 その先にあるのは少子化による文明の滅亡。

 教育って本当に大事です。


 男児を育てる母親の皆様。大切な事をちゃんと教えていますか?

 身についていないなら教えていないのと同じです。

 もしも抜けがあったなら……。

 息子の交際相手から呪いで攻略されるかもしれませんよ。


 とはいえ、子供の教育というのは家族及び社会全体の責任で行う物であり、結果に対して母親だけが責められるべきではありません。

 それなのにファイナルステージで母親だけが神から究極の尊厳破壊の仕打ちを受けたのは、ゲーム世界全てが母親べったりで価値観のズレた彼氏を攻略するために彼女が作った呪いだから。


 母親に捨てられ兄弟に物理矯正された彼氏を逃げられない形で生家に確保。

 そんな恐ろしい攻略をする彼女の正体。

 こちらを見ればわかるかも。


・地獄女神とセクハラ男神 二組目 加護と呪いと適材適所

 https://ncode.syosetu.com/n4020mc/3/

 https://ncode.syosetu.com/n4020mc/4/


 ひどい。ひどい。


 ついでに【アラサーリリース】のテーマソングもこちらに。

 https://youtu.be/q4ZdRMRqZSM


 ひどい。ひどい。ひどい。


※ポイントクレクレ記述

 派遣の後輩を婚活パーティに誘った正社員の先輩の扱いがひどいと思う年下部下を持つアラサー女性の方が居たら、ひどいの証として☆1評価をブチこんでもらえると作者は、引き立て役として安月給の派遣の子を連れて行ったけど若さに惨敗してハイスぺイケメンを奪われたあの先輩は、パーティ終了後にその足で高速夜行バスに飛び乗って故郷に帰り独身で農家の長男である幼馴染宅に突撃して、子供の頃から全員顔なじみの義実家に溶け込むように嫁ぎゲーム唯一の勝者となりましたと舞台裏を明かします。


 ひどいは最高の誉め言葉!

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― 新着の感想 ―
いやもう、ひどい! ひどすぎる!(笑)(*´∀`*)<ツキノワグマのサポート(ナイフが出てきて、スプラッタな展開かと思いましたw)からして大概なのに、ミジンコ様からの、ラスボスの大口真神様に至っては、…
このバカ息子くん、言葉選びが下手ですね。 >男女平等に反する甘えだ ではなく、 「俺が婿入りするから養って」 と言っておけば、ヒモとしての可愛げが発生するので、多少揉めても呪われず、親兄弟から…
感想一覧
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