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ミーティア戦記ー厄災の覚醒ー  作者: どりるD


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第6話 拳の理由

第6話 拳の理由


アカデミーの朝は早い。


まだ空が白み始めたばかりの頃――寄宿舎のスピーカーから、無機質な機械音声が流れた。


「起床時間です。訓練生は速やかに集合してください」


時刻6:00。


カリンはベッドから勢いよく起き上がる。


「よし……!」


一瞬で意識を切り替え、手早くジャージへと着替えると、そのまま部屋を飛び出した。


隣の部屋の前で立ち止まる。


コンコン、とノックを鳴らすと同時にドアを開ける。


「おい、起きろ」


中に入ると、アギは布団に顔を埋めたまま微動だにしない。


「……無理……あと5分……」


カリンは無言で布団を引き剥がす。


抵抗する間もなく、体が露出する。


「行くぞ」


「ちょっ、待て……!無理無理無理、まだ寝る……!」


半ば引きずるようにして体を起こし、そのまま立たせる。


クローゼットからジャージを引っ張り出し、乱暴に押し付けた。


「ほら、着ろ」


「無理だって……鬼か……」


寝ぼけたままのアギをそのまま連れ出し、二人は寄宿舎を後にする。


外の空気は刺すように冷たく、吐いた息が白く広がる。


すでに多くの生徒がグラウンドに集まり、静かに整列を待っていた。


時刻6:15。


教官が腕を組んだまま立っている。


「整列!」


号令と同時に、生徒たちが一斉に並ぶ。


足音が揃い、空気が一瞬で引き締まる。


「朝の訓練。10キロマラソン」


新入生の何人かが顔をしかめた。


「このアカデミーでは、毎朝10キロの走り込みが義務付けられている。基礎体力を軽視する者は、生き残れないからだ」


その言葉が、静かに重く落ちる。


わずかに空気が張り詰めた。


カリンは拳を握る。


(上等だ)


教官の手が振り下ろされる。


「スタート!」



10kmマラソン。


号令と同時に、生徒たちが一斉に走り出す。


アカデミー敷地を大きく回るコースは想像以上に長く、数分もしないうちに集団は大きくばらけていく。


先頭集団。


セイラは無駄のないフォームで走り、呼吸も乱れない。


一定のリズム。


揺れない体幹。


そのすぐ後ろを、余裕の表情を崩さないままダリアンが続いていた。


さらにその後方。


ハルカが歯を食いしばりながら食らいつく。


荒い呼吸。


それでも足は止まらない。


(落ちるかよ……!)


その少し後ろ。


マーシュが安定したペースで走っていた。


突出はしていないが、無駄もない。


崩れない。


さらに後方。


カリンは一定のリズムで走り続けている。


速くはない。


だが――どれだけ距離を重ねても、ペースが一切崩れない。


呼吸も、足運びも、最初から変わらなかった。


その少し後ろ。


アギが限界の表情で走っている。


「はぁ……はぁ……なんでお前そのペースで平気なんだよ……」


さらに後ろ。


ナナハが叫ぶ。


「ちょっと待って!……足が動かない!」


カリンは振り返りもせず言う。


「まだ半分も走ってないぞ!」


「……聞きたくない!」


アギが呻く。


「もう帰りたい……」


三人はバラバラな呼吸で、それでも必死に前へ進む。


――だが、その中でカリンだけは、どこか楽しそうだった。



時刻7:30。


食堂は朝から騒がしく、食器の音と話し声が入り混じっている。


カリンは山盛りのトレイを持って席に座った。


アギが呆れたように言う。

「食いすぎだろ」


カリンは気にせず笑う。

「走って腹減ったし!」


ナナハがトレイを見て顔をしかめる。

「…そんなに食べて午前動けるの?」


「おう!」


ナナハはぐったりとしたままパンをかじる。


その時だった。


「一緒にいいかな?」


明るい声とともに、一人の少年が近づいてくる。


「ここ、いいか?」


カリンは顔を上げる。


「ああ、いいぞ」


少年は軽く笑って席に座った。


「助かる。混んでてさ」


「オレ、マーシュ・クリスティオ」


カリンはすぐに答える。

「オレはナナツキ!」


アギが片手を上げる。

「アギ・ミクリヤだ」


ナナハが小さく頭を下げる。

「ナナハ・マユムラです……」


マーシュは軽く笑う。

「よろしくな。元気なチームだな」


「元気なのはカリンだけだ」

アギが肩をすくめる。


「私達は被害者です……」

ナナハが小さくため息をつく。


小さな笑いが広がる。


マーシュがカリンを見る。

「ナナツキ君、走った後なのに元気だな」


カリンは気にした様子もなく答える。

「カリンでいいぞ」


マーシュは少しだけ目を細めて笑う。

「そう、じゃあカリン。よろしくな」


カリンは笑って答える。

「おう!よろしく」


一拍置いて、マーシュが二人にも視線を向ける。

「うん、アギ、ナナハもよろしく」


アギが軽く手を上げる。

「おう、よろしく」


ナナハも小さく頷いた。

「……よろしく」


その時。


ナナハの視線が、ふと止まった。


食堂の端。


ハルカが一人で食事をしている。


フォークを持つ手が止まり、その視線はまっすぐカリンに向けられていた。


無邪気に笑うカリン。


――気に入らない。

ハルカの目が、わずかに細くなる。


ナナハは小さく眉をひそめた。

(……なんか、怖い人)



時刻8:30授業開始。


講義は――対異星戦史学。


教室の照明が落ちる。

スクリーンに青い地球が映し出される中、担当教官――トアルが低く口を開いた。


「2100年。人類は地球外生命体と接触した。来訪者は友好的で、世界は新時代に入ったと信じられていた」


スクリーンの映像が切り替わる。


平和的な交流の記録。


――すぐに次の映像へと移る。


崩壊した市街地。炎上する建物。逃げ惑う人々。


教官が淡々と続ける。


「だか、その中には人類と共存できない存在も紛れ込んでいた」


教室の空気が、わずかに張り詰める。


「彼らは地球に適応しながら、各地で犯罪行為を引き起こすようになる。強奪、破壊、殺害――規模も手口も、従来の犯罪とは比較にならなかった」


スクリーンには、被害の拡大を示すデータが映し出される。


「これらの凶悪な宇宙人を、人類は総称して――コズヴィランと呼ぶようになった」


教官が続ける。


「語源は単純だ。コスモ――宇宙。そしてヴィラン――敵対者」


スクリーンに文字が表示される。


COSMO / VILLAIN


「宇宙から来た敵。略してコズヴィランだ」


教室がざわつく。


短い定義。

だが、その意味は重い。


その言葉だけで、意味は十分だった。


「各国は対応したが、統制はなく、連携もない。結果、被害は拡大した」


映像が流れる。

「そこで動いたのが民間だ」


「2102年。元自衛官、警察、傭兵等が集まり――対異星防衛社〈インターセプト〉が設立された」


空気が重く沈む。


「拙い装備で未知の敵と戦い、多くが死んだ。それでも止まらなかった」


沈黙。


「その積み重ねがなければ、人類はあの時点で終わっていた」


画面が切り替わる。


「2105年。O.E.D.O設立」


「戦いは個人から組織へと移行し、宇宙技術の導入によって、人類は初めて対等に戦うための土台を手に入れた」


教官は教室を見渡す。

「だが、それでも人手は足りなかった」


「2115年。人材育成のため、このアカデミーが設立された」


教室が静まる。


「だが、戦いは終わっていない」


「覚えておけ。ここは学校じゃない」

「戦場の入り口だ」


沈黙が落ちる。



次の授業――

教壇に立つのは、異星人の教官――ワンルゥ。

その青白い皮膚が、静かに光を受けている。


「異星生命体学だ」


教室のスクリーンに、様々な宇宙生命体の映像が映し出される。


巨大な昆虫型、機械生命体、深海の怪物のような存在――それらは一部でしかない。宇宙には、まだ数えきれないほどの生命体がいる。


カリンは腕を組む。

「思ってたより、宇宙って広いな」


ワンルゥ教官が淡々と答える。

「そうだな」


画面が切り替わる。


人間とほぼ同じ姿の生命体。

「だが、地球人とほぼ同じ姿の種族もいる」


カリンはじっとスクリーンを見る。


(……いや、分かるかこれ)


一瞬考えて――やめた。


小さく息を吐いた。



戦術心理学の授業。


ハニーが教壇に立つ。


「戦場で生き残るのは、力の強い人じゃない。心を読める人よ」


怒り、恐怖、焦り。

スクリーンに、キーワードが浮かび上がる。


「人は感情で動く。だから――操れるの」

淡々とした口調。だが、その内容は重い。


教室は静まり返っていた。


カリンは腕を組み、スクリーンを眺める。

文字は読める。意味も、なんとなく分かる。


だが――頭に入ってこない。


(……なんか、回りくどいな)


一瞬だけ考えて、やめた。


視線を外す。


考えるより、動いた方が早い。

それがカリンのやり方だった。


その隣で、ナナハはペンを走らせていた。


一言も逃さない。


スクリーン、ハニーの視線。

すべてを追っている。


「感情の変化=行動予測」

ノートに書き込みながら、小さく息を整える。


(怒りは前に出る。恐怖は後ろに下がる。迷いは――止まる)


視線がわずかに動く。


周囲の生徒を見る。


仕草。呼吸。間。


(……なるほど。使える)


静かに理解して吸収していく。


同じ授業。同じ空間。


だが――見ているものは違っていた。


カリンは、天井を見上げる。

ナナハは、戦場を見ている。



近接戦闘基礎訓練の授業。


グラウンドに整列した生徒たちの前で、教官のタナンが警棒を手に構える。


「よく見ておけ。これが基本だ」


踏み込み。振り抜き。

無駄のない一撃が空気を裂く。


続けて防御。

受け流し、体勢を崩し、即座に反撃へと繋げる。


「力任せに振るな。重要なのは体幹と重心だ。軸がブレた瞬間、全てが崩れる」


淡々とした説明。

その動きには一切の無駄がない。


「同じことをやれ」



砂埃が舞う中、生徒たちは二人一組で組手を始める。


アギが警棒を構える。

「ちょ、ちょっと待て!速いって!」


カリンの一撃が風を切る。

「まだ軽くだぞ?」


受けきれず、アギの体勢が崩れる。


少し離れた場所では、ナナハが膝に手をついて息を切らしていた。


「もう無理……」


マーシュが苦笑する。


「体幹と重心、意識しないと一気に崩れるからな。基礎って一番きついんだよ」


その時――乾いた拍手が、ゆっくりと響いた。


全員の視線が向く。


ダリアンだった。

腕を組み、冷たい視線を向ける。


「遅いし隙だらけだ。基礎も甘い――その程度で満足しているなら、このアカデミーも落ちたものだな」


取り巻きの一人が、肩をすくめて笑う。

「おいおい、見たか?あの動き」


もう一人が、わざとらしくため息をつく。

「コイツら、入試の時に“3バカトリオ”って言われてたらしいぞ」


クスクスと笑いが漏れる。


ダリアンが、わずかに目を細める。

「……3バカ、か」


「なるほど。確かに、的確な評価だな」


アギの眉がピクリと動く。


その時――


カリンの指先に、ピクッと力が入る。


胸の奥がざわつく。視線は逸らさない。


一歩、前に出る。

「その辺にしとけよ。暇つぶしなら、他でやれ」


空気が変わる。


ダリアンの視線が、ゆっくりとカリンに向く。


一瞬の静寂。


二人の視線がぶつかる。


動かない。逸らさない。


周囲の空気が張り詰める。


――その時。


「そこまでだ」

低く、よく通る声。タナン教官だった。


一歩前に出る。


「ここは訓練場だ。私闘をする場所ではない」


視線だけで場を制圧する。


張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


ダリアンは小さく息を吐くと、興味を失ったように背を向けた。


去り際――

「……せいぜい頑張るんだな、3バカさん」

吐き捨てるように言い、ダリアンはそのまま持ち場へと戻る。


取り巻きたちも、小馬鹿にした笑みを浮かべたまま持ち場へ戻っていく。


残された空気だけが、重く沈んでいた。



睨み合いの最中から――

ハルカの視線は、カリンに向けられていた。


そして今も、逸らさない。


まっすぐに射抜くような視線。


その奥にあるのは、怒りか、それとも――


カリンは、気づいていない。



放課後。


すべての授業が終わる。

だが、それで一日が終わるわけではない。


ここからが、自習訓練の時間。

このアカデミーでは、誰かに指示されることなく、自ら足りないものを補うことが求められる。


校舎内の自習室で机に向かう者。

グラウンドで黙々と走り込みを続ける者。

トレーニングルームで限界まで身体を追い込む者。

選ぶのは自由。


だが――何もしなければ、確実に置いていかれる。

この場所にいる限り、成長を止めることは許されない。

鍛えるか、脱落するか。

ただ、それだけだった。



自習訓練も終盤に差し掛かり――

トレーニングルームに残る生徒は、まばらになっていた。

ウェイト器具やサンドバッグが並ぶ室内。

汗と鉄の匂いが、わずかに残っている。


その一角。

カリンたちは軽く休憩していた。


アギが床に座り込み、ぐったりと息を吐く。

「……無理だろこれ……朝から走って、授業受けて、また訓練って」


ナナハも壁にもたれながら小さく頷く。

「普通にきつい……」


マーシュが苦笑する。

「まあ、慣れるしかないな」


ふと、マーシュがカリンを見る。

「でもカリン、体力はともかく……座学は大丈夫か?」


カリンは水を飲みながら答える。

「……あー、あれだろ。なんかその……しんり……せいしん……?」


首をひねる。


「そうそう!メンタル解放学」


アギが即座に突っ込む。

「全部違ぇよ」


ナナハが呆れたように言う。

「戦術心理学……」


カリンは気にした様子もなく頷く。

「そう、それそれ」


「でも戦いって、結局“直感”だろ」


アギが顔をしかめる。


「出たよ脳筋」


カリンは笑う。

「それに体力と根性があれば大体どうにかなる」


マーシュが少しだけ目を細める。

「……それでどうにかなってるのがすごいけどな」


ナナハが小さくため息をつく。

「感情読めないと、不意打ち普通に食らうよ……」


カリンは肩を回しながら言う。

「その時はその時だ。必要なら、やる」


アギが頭を抱える。

「ダメだこいつ……」


小さな笑いが漏れる。


――その時。


「おい」

低い声が、静寂を切り裂く。


カリンが振り向く。


そこに立っていたのは――

ハルカ・ミドウ。


鋭い目。敵意を隠そうともしない顔。

ハルカはゆっくりと歩いてくる。


一歩、また一歩。


その気配だけで、周囲にいた生徒たちがざわついた。


あれ……ハルカだ」

「……またか」

「誰かに絡んでるぞ」


ざわめきが広がる。


ハルカはカリンの前で止まる。


至近距離で睨む。


逃げ場のない距離。


「お前、初日の自己紹介で言ったよな?」


低く、押し殺した声。


「ジンライ総司令官を超える、だって?」


一歩、踏み込む。


カリンは視線を逸らさない。

「言ったが、それがどうした」


次の瞬間。


ドンッ!!


拳が腹にめり込む。


「――あの人の名前を、軽々しく口にしてんじゃねぇ」


カリンの体がくの字に折れる。


空気が一気に抜ける。


そのまま、体がよろける。


ナナハが叫ぶ。


「カリン君!」


ハルカは構えたまま言う。

「どうした?来いよ」


腹を押さえたまま、体を折る。

それでも――ゆっくりと顔を上げた。


ハルカの眉が動く。

「なんだよそれ」


次の瞬間――


ドンッ!!


二発目。


顔面に拳が叩き込まれ、カリンの顔が横に弾かれる。


歯が軋む。口の端が切れ、血が滲む。


ハルカが吐き捨てる。

「軽いんだよ……!」


怒りが滲む声。


「その名前はな――軽く言っていいもんじゃねぇんだよ!お前が孫だろうと関係ねぇ!」


カリンの体が後ろへ流れる。

だが――踏ん張る。

倒れない。


揺れた視界の中で、カリンはゆっくりと顔を戻した。


ハルカが叫ぶ。

「どうした!!」

「来いって言ってんだろ!!」


アギが叫ぶ。

「おい!やめろって!」


ハルカは止まらない。


ドゴッ!!


三発目。


拳が腹にめり込む。


さっきよりも、深い。

体の芯を抉るような一撃。

鈍い衝撃が、内側から弾ける。

体がくの字に折れ、呼吸が完全に止まる。


膝が落ちかける。歯を食いしばる。

肩がわずかに震える。

それでも――倒れない。


ハルカが、さらに踏み込む。

距離を詰め、逃がさない。


「……お前とは、背負ってるもんが違ぇんだよ」


低く吐き捨てる。

拳が、わずかに震える。


「オレは――」

言いかけて、止まる。


歯を食いしばる。


一歩、さらに前へ。

「……遊びでやってんじゃねぇんだよ」


それでも――カリンは拳を上げない。


ハルカが叫ぶ。

「どうした!!来いって言ってんだろ!!」


一歩、踏み込み間合いを潰す。


ガシッ――


胸ぐらを掴み、強引に引き寄せる。


至近距離。


逃げ場はない。


カリンの体が揺れる。

それでも――視線は逸らさない。


ハルカの息がかかる距離。


怒りで歪んだ顔。

「来いよ……!」


荒い呼吸を整えながら、カリンは言う。

「……やらねぇ」


ハルカ

「は?」


カリンはゆっくり顔を上げた。


その目は、まっすぐだった。

「オレは、自分の為に拳は使わねぇ」


その言葉が、静かに落ちる。


周囲が一瞬で静まり返った。


ハルカの顔が歪む。

「……ふざけんなぁ!!」


――その時だった。


「くだらんな」


淡々とした声。空気が変わる。


全員が振り向き、そこに立っていたのは――


ダリアン・ナイトレイ。


取り巻きを引き連れ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

腕を組み、冷たい目で見下ろしている。


取り巻きの一人が、肩をすくめる。

「なんだこれ、ガキのケンカか?」


もう一人が小さく笑う。

「見苦しいな。」


ダリアンは無言のままカリンを見据える。

一瞬。値踏みするような視線。


そして、吐き捨てる。

「……その程度で粋がるな」


ハルカが睨む。


「おい、邪魔すんな。お前には関係ねぇだろ」


ダリアンは無視して続ける。


視線はカリン。

「見てたぞ。なんだ、その様は」


次の瞬間。


ダリアンが動こうとした、その前に――


ガシッ!!


ハルカの手が、ダリアンの胸ぐらを掴んだ。

強引に引き寄せる。


「……しゃしゃってくんじゃねえよ!!」


苛立ちを滲ませ、そのまま拳を振り上げる。


殴りかかる――


だが。


ダリアンの目が細くなり、冷たい光が底から滲む。


「……触るな」


次の瞬間。


ドンッ!!


ダリアンの拳が振り抜かれる。

速い。反応すら許さない。

――頬を捉えた。鈍い音。


ハルカの頭が横に弾かれる。

体が大きく流れる。足が浮きかける。


だが――膝も手もつかず踏みとどまる。

歯を食いしばる。


――倒れない。


ゆっくりと顔を上げる。

その目は、まだ死んでいない。


ダリアンの眉が、わずかに動く。

「……ほう」


次の瞬間。


ダリアンが踏み込む。


ドゴッ!!


追撃。

拳が叩き込まれる。

今度は、容赦がない。


ハルカの体が浮く。

そのまま――地面に叩きつけられる。


鈍い音。


完全に、倒れた。動かない。


静寂。


ダリアンがゆっくりと歩み寄る。

見下ろす。冷たい目。


「……雑魚がイキがるなよ」

吐き捨てる。


足を振り上げ踏みつける――


その瞬間。


ガシッ!!


足が止まる。


足を掴まれ、ダリアンの動きが止まる。


視線が下がる。


そこにいたのは――カリンだった。


無言。


ただ、足を掴んでいる。

その目が、変わっていた。


ダリアンの目が見開く。

「なに……?」


カリンが、静かに言う。

「……何してんだ。やめろ」


ダリアンが足を振り払おうとする。


だが――動かない。

ピクリとも動かない。


ダリアンの眉が寄る。


もう一度、力を込める。

それでも――びくともしない。


ダリアンの表情がわずかに崩れる。

「……何だこれは……離せ」


カリンは視線を逸らさないまま言う。

「喧嘩なら好きにしろ」


力がこもる。


「……けど」


倒れているハルカを一瞥する。


「それはスジが違うだろ」


カリンは、ゆっくりとダリアンの足を離す。

そのまま後ろへ数歩下がり、間合いを取る。

だが――視線は逸らさない。


「……これ以上やるなら容赦しない」


一瞬の静寂。


ダリアンの目が歪む。

「……何だ、それは……ふざけるな!!」

焦りの咆哮。


そのまま――踏み込む。


拳を振りかぶる。

次の瞬間、肩ごと振り下ろす。

頭上から叩き潰す一撃――


その瞬間。


ピシッ


カリンの装飾具から、微かなノイズのような音が漏れる。


ドンッ!!


地面を踏み込む音。


カリンの姿が消える。


いや――

一歩で間合いを潰した。


次の瞬間。

カリンの拳が――ダリアンの目の前にあった。


寸止め。触れていない。


だが――拳が止まった瞬間、風が弾けた。


ダリアンの髪が揺れる。

前髪が持ち上がる。


圧が、そこにあった。


「――え」

一瞬、ダリアンの思考が止まり呼吸も止まる。


そして、拳から溢れる圧倒的な殺気に、ダリアンの背筋が凍る。


(な、なんだ……こいつ……)


呼吸が乱れ、足が動かない。

一歩も動けない。


そして――


ガクン。


ダリアンは尻餅をついた。


訓練場が、完全に静まり返る。


その沈黙に耐えきれず――


取り巻きの一人が、後ずさる。

「……なんだよ、あれ……」


もう一人も視線を逸らす。

「む、無理だろ……」


次の瞬間――

取り巻きは逃げるように、その場を離れ始めた。

音を立てないように。


気づけば、周囲の生徒たちも距離を取っている。


空間がぽっかりと空く。


その中心に立っているのは――カリンだけだった。


カリンが短く言う。

「帰るぞ」


アギ

「お、おう……」


ナナハ

「うん……」


三人は歩き出す。

マーシュも無言で、その後を追った。

足音だけが、やけに響く。


ハルカは、その背中を見ていた。

動けない。視線が離れない。


(……何だ、今のは)


さっきまで殴っていた相手。

その男に、止められた。

守られた――のか。


意味が分からない。

理解が追いつかない。

だが――一つだけ、はっきりしている。


あいつは、自分のために拳を使っていない。


遠ざかっていく背中。


気づけば、もう手の届かない距離にあった。



その様子を、少し離れた位置から観察している者がいた。


セイラ・サヤカミ。


壁にもたれ、腕を組んだまま、一部始終を静かに追っていた。


視線は――カリン・ナナツキ。


さっきの一瞬。あの踏み込み。

あの圧。


ほんのわずかに、眉が動く。


(……今の)


違和感。

力の質が、他と違う。


制御されている……いや。

抑えていたものが――一瞬だけ弾けた。


「……興味ある」

小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。



トレーニングルームは、再び静寂に包まれていた。

さっきまでの喧騒が嘘のように消え、残っているのは――ダリアン一人だけ。


ダリアンは、その場に座り込んだまま、動けずにいた。

拳が、わずかに震えている。


「……くそ」

ダリアンは吐き捨てる。だが、声に力がない。


あの一瞬を思い出す。

目の前にあった拳。


触れていないはずなのに――体が、動かなかった。


(……なんだ、あれは)

視線が、自分の手に落ちる。


手がわずかに震えている。

(……まさか……恐怖?)


一瞬、浮かぶ。

(……ふざけるな)


すぐに否定する。歯を食いしばる。


「……ありえねぇ」


――その時。


コツ……コツ……足音。


ダリアンが顔を上げる。


そこに立っていたのは――ノートだった。

穏やかな表情。


ノート

「大丈夫?」


ダリアンは顔を上げる。

一瞬、誰か分からず眉をひそめる。


「……お前は……確か、同じクラスの」


ノートは気にした様子もなく、隣にしゃがみ込む。


「ノート・アラント」

「別に。ただ気になっただけだよ」


少しだけ首を傾げる。

「君、強いのに……変だなって思ってさ」


ダリアンが睨む。

「何が言いたい」


ノートは一瞬だけ考え、静かに答える。

「環境、かな」


視線を周囲に向ける。

「ここ」


そして、ダリアンに戻す。

「強い人には、向いてない気がする」


ダリアンは黙ったまま、視線を逸らさない。


ノートは続ける。

「さっきのもそう」

「君、本気出す前に終わったでしょ」


ダリアンが睨む。

「違う」


ノートはすぐ頷いた。

「分かってる。君はまだ本気じゃない」

静かに言う。


「でもさ本当に強い人って、周りがそれを理解してくれないとつまらないよね」


ダリアンの拳が強く握られる。


ノートは立ち上がる。

「君は面白い。また話そう」


そして静かに言った。

「君の力は、こんな場所で終わるものじゃない」


背を向けて歩き出す。


その途中――一瞬だけ、足を止める。


振り返らないまま、呟く。


「……彼も」

誰にも届かない小さな声。


ノートは、そのまま去っていく。


ダリアンは、その背中を見ていた。



第6話 終

ここまで読んでいただきありがとうございます!


第6話はバチバチにぶつかる回でした。

カリンが殴られてもやり返さない理由、ここはこの先にも関わる大事な部分です。


ハルカの覚悟と、ダリアンの強さとズレも出してみました。

ダリアンはただの嫌なやつでは終わらせない予定なので、今後も見てもらえたら嬉しいです。


次回は少し空気変わって日常寄りになりますが、その中でも関係が動いていきます。


引き続き読んでもらえたら嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
ダリアンいいキャラだな。
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