第1話 ヒーローのはじまり
深い海の底。
光は届かず、音もない。
ただ、青い光だけが揺れていた。
その中で――
一人の少女が、目を開く。
銀色の髪が、水の中でゆっくりと広がる。
その瞳は、どこか遠くを見ていた。
まるで
これから起こる未来を、すべて知っているかのように。
⸻
次の瞬間。
世界は、炎に変わった。
崩壊した市街地。
瓦礫の山。
燃え上がる炎。
空を覆う黒煙。
その中心に、一人、立っていた。
O.E.D.O隊員カリン。
その周囲を取り囲むのは、
数十体のコズヴィラン。
静寂。
その中で、電子音が響く。
『敵数、四十八』
『包囲率、九十八パーセント』
『生存確率、二パーセント未満』
一拍。
そして。
『率直に言うと――絶望的』
サポートAIの音声。
カリンは、笑った。
「……上等だ」
足元で炎が爆ぜる。
拳を握る。
「燃えてきたぁ!!」
次の瞬間
敵が、一斉に踏み込んだ。
地面が砕ける。
カリンは迷わない。
胸元のパスを叩く。
左手には、赤く輝くスティック。
アストロギア。
カチリ。
『アストロコア認証』
『フレイムタイプ』
『リンク率、安定』
『戦闘出力――制限解除』
『ARE YOU READY?』
カリンが吠える。
「I’m――レディ!!」
一瞬の沈黙。
レンゲが即答した。
『READYよ。“レディ”だと淑女』
『今は戦闘中』
「う、うるせぇ! I’m READY!!」
『音声認証確認』
『声紋一致』
『変身コード展開』
カリンが叫ぶ。
「鎧装!!」
爆炎が弾け衝撃波が弾ける。
戦闘用強化スーツ装甲が身体を覆う。
赤い瞳が、敵を射抜く。
炎が噴き上がる。
「全部――守る!!」
カリンは突っ込んだ。
閃光。
轟音。
爆炎。
⸻
⸻
これは、この一人の少年が本物のヒーローになる物語。
⸻
――現在。
温泉街の一角の朝。
旅館〈ことは亭〉に、味噌の香りが満ちている。
「焼き魚あと三枚!」
「ご飯よそい忘れないで!」
厨房で、ハズキが声を張る。
忙しい。
だが、その顔はどこか楽しそうだ。
ふと、二階を見上げる。
「……あの子、まだ寝てるでしょ」
ため息。
でも、口元は少しだけ緩んでいる。
⸻
二階。
カリンは、布団に埋もれていた。
完全に熟睡。
「正義の拳を喰らえ……!」
寝言で叫ぶ。
襖が開く。
「カリン!!朝!!」
「……あと五分……」
「もう七時半!!」
布団が剥がされる。
「団体さんが出るのよ!」
「ヒーローは体力温存が――」
「何言ってるの!!」
座布団が飛んだ。
カリンは転がる。
そのまま庭へ。
⸻
朝露の残る庭。
ミカン畑。
ジンライが空を見ていた。
「あ、……じいちゃん」
寝ぼけたカリン。
ハズキが追いつく。
「甘やかさないでよ!」
ジンライは笑う。
「熟してない実はな、無理に揺すっても落ちん」
カリンは首をかしげる。
「起きる時は、自分で起きる」
ハズキは呆れる。
「もう似た者同士ね」
ジンライはカリンを見る。
意味ありげに。
だが、カリンは気づかない。
――平和な朝だった。
⸻
そして。
この地球では、人間と異星人が共に暮らしている
四本腕の配達員が自転車を漕ぎ、
青い肌の客が団子を頬張る。
人間と異星人が、同じ町で暮らしている。
それが日常だった。
ここは温泉街アカネザカ。
山と海に囲まれた町。
だが今日
少しだけ、空気が違っていた。
⸻
夕刻。夏祭り。
提灯の灯り。太鼓の音。人の熱気。
カリンは子供たちを連れて歩いている。
「射的!」
「わたあめ!」
「押すなって!」
騒がしい。
そこへ――
「カリン兄ちゃん!」
少女リィナが駆け寄る。
「リィナ遅ぇぞ」
「もう始まるよ!」
カリンは周囲を見る。
人の波。異星人。屋台。
いつもの景色。
だが目だけが鋭い。
「今日は人多い。オレから離れるなよ」
「なんで?」
「迷子になったら危ねぇから」
リィナが笑う。
「ヒーロー気取り?」
一瞬の沈黙。
「……気取りじゃねぇ」
小さく。
「本気だ」
子供達の笑い声が起きる。
だが――
リィナだけは違った。
「カリン兄ちゃんのヒーロー、好き!」
カリンはそっぽを向き照れ隠し。
――平和だった。
本当に。
この瞬間までは。
⸻
黒い装甲トラックが入ってくる。
《O.E.D.O》
その紋章。
子供たちがざわつく。
「研究所のやつだ」
「また運んでるのか」
店主が言う。
「宇宙絡みは全部あそこ行きだ」
その後ろ。
護送車。
異様な数。
重装備。
空気が張り詰める。
カリンは黙って見ていた。
そのとき――
ドン。
最後尾のコンテナが揺れる。
ほんの一瞬。
だが。
カリンだけが反応する。
(……なんだ?)
心臓が跳ねる。
視界が赤く滲む。
“何か”がいる。
見えないはずなのに。
「カリン兄ちゃん?」
我に返る。
コンテナは静かだ。
何もなかったかのように。
だが。
違和感だけが残る。
強く。
深く。
消えない。
やがて車列は去る。
祭りの音が戻る。
笑い声。太鼓。光。
――だが。
カリンの中だけは違った。
ざわめきが、消えない。
⸻
そして、その数分後。
町の中心で、祭りの喧騒が止まった。
空気が揺れる。
太鼓のリズムが乱れ、提灯が軋む。
足元の地面が、波打った。
――呼吸している。
大地の下で、巨大な何かが。
じわり、と。
道路の中央に黒い染みが広がる。
光を吸い込む闇。
温度が落ちる。
耳鳴り。
その時――
空間が、歪んだ。
景色が引き延ばされる。
屋台の柱が、提灯が、
ぐにゃりと曲がる。
黒い染みの縁に、淡い光が走る。
円を描き回る。
不規則に、しかし確実に。
それは――門だった。
開いている。
“向こう側”と繋がる穴。
ざわめきが広がる。
「……なんだ、あれ」
「おいおい……嘘だろ」
一歩、後ずさる人々。
誰かが、震える声で呟く。
「……やめろよ、それ」
沈黙。
次の瞬間――
「ゲートだ!!!」
空気が弾けた。
「コズヴィラン来るぞ!!」
「逃げろォ!!」
恐怖が、一気に伝染する。
人の流れが、反転する。
押し合い、転倒、悲鳴。
その上から――
無機質な音声が響いた。
《緊急警報――緊急警報――》
町中のスピーカーが一斉に起動する。
《未確認転移ゲートの発生を確認》
《住民は直ちに最寄りの避難区画へ移動してください》
《繰り返します――》
アナウンスは続く。
だが――
誰も、冷静ではいられない。
黒い門の奥で――
赤い光が灯る。
ひとつ。
ふたつ。
無数。
縦に裂けた瞳。
ズルリ、と。
最初の一体が地面へ降り立つ。
鱗に覆われた巨体。
赤い両眼。
コズヴィラン。
続く。
二体。
三体。
十体以上。
コズヴィランの咆哮。
衝撃波が街を叩いた。
提灯が吹き飛ぶ。
屋台が砕ける。
悲鳴が弾けた。
その瞬間――
横から、閃光。
轟音。
コズヴィランの巨体が弾かれる。
「O.E.D.Oだ!!」
誰かが叫ぶ。
装甲服の部隊が、隊列を組んで突入する。
「民間人を下げろ!!」
「防衛ライン形成!」
即座に動く。
銃が構えられる。
腕部デバイスが展開。
視界にデータが流れ込む。
「対象スキャン……」
赤いフレーム。
解析。
「……識別完了」
息を呑む。
「リザドゥ星人――群体反応!」
通信が重なる。
《トカゲ型宇宙生命体、リザドゥ星人》
《高筋力・高硬度外皮を確認》
《近接戦闘は危険――》
「来るぞ!」
次の瞬間――
跳ぶ。
巨体が、一瞬で間合いを詰める。
「撃て!!」
銃声が連なる。
閃光。
直撃。
――だが弾かれる。
鱗が火花を散らし、弾丸を逸らす。
「くそ、効かねぇ……!」
一体が突っ込む。
隊員が受ける。
衝撃。
吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
別個体。
横から迫る。
「右!!」
間に合わない。
爪が振り下ろされる――
寸前。
別の隊員が割り込む。
エネルギーブレード。
火花。
押し負ける。
足が、削れる。
「くそ……!」
さらに――
門から、新たな影。
次々と、現れる。
《敵増加――!》
《数が多い!》
「ライン下がるな!!」
「一体も通すな!!」
だが――
押されている。
確実に。
じわじわと。
防衛線が、歪む。
その向こうには――
まだ、逃げ遅れた人々がいる。
押し合い、転倒、泣き声。
混乱のその中で――
カリンは即座に動いた。
「こっちだ!!」
子供たちの手を掴む。
引き寄せる。
「走れ!!」
爆発。
背後で炎。
リィナが足を取られる。
「きゃっ!」
「リィナ!」
振り向く。
だが――
人波に飲まれる。
指先が滑る。
「カリン兄ちゃん!!」
声が遠ざかる。
「くそ……!」
カリンは子供たちを壁際へ押し込む。
「動くな!!ここにいろ!!」
呼吸が荒い。
心臓が暴れる。
その時、かすかな声。
「……カリン兄ちゃん……」
聞き間違いじゃない。
カリンは走った。
炎の中へ。
⸻
路地裏。
リィナが一人、震えている。
背後から重い足音。
恐る恐る振り向くとそこには巨大な影。
リザドゥ星人。
赤い眼と鋭い爪。
「あ……」
声が出ない。
影が動く。
その瞬間――
「触んなぁ!!」
カリンが飛び込んだ。
リィナを突き飛ばす。
直後。
爪が振り下ろされる。
斬撃。
血が飛ぶ。
カリンの身体が叩きつけられる。
息が止まる。
動けない。
(……怖ぇ)
本音が漏れる。
逃げたい。
だが――
後ろに、リィナがいる。
震えている。
そのとき。
頭の奥に声。
「カリン兄ちゃんのヒーロー、好き!」
――ドォン!!
爆発。
装甲トラックが吹き飛ぶ。
炎。
そして。
カラン、と転がる赤いスティック。
心臓が跳ねる。
ドクン。
――近づくな。
頭の奥で、誰かが囁く。
だが。
同時に、別の衝動が込み上げる。
掴め。
それを――使え。
「……なんだよ、これ……」
理屈じゃない。
分かるんじゃない。
“反応している”。
血が騒ぐ。
鼓動が、あのスティックと重なる。
ドクン。
ドクン。
呼ばれている。
拒まれている。
来るな。
来い。
矛盾。
カリンは歯を食いしばる。
(なりてぇんだよ……!)
ヒーローに!守れるやつに!本物に!
敵が迫る。
時間がない。
手を伸ばす。
その瞬間――
世界が止まる。
深い海。
青い光。
その中に、少女。
銀の髪。
こちらを見ている。
そして――
首を振る。
「まだ……ダメ……」
悲しそうに。
次の瞬間。
世界が弾ける。
カリンの手が、赤いスティックを掴む。
ドクン!!
鼓動が爆発する。
血が逆流するような感覚。
骨が軋む。
肉が裂ける。
それでも――
力が、溢れる。
髪が銀へ。
瞳が赤く染まる。
炎が、噴き上がる。
「オォォォオオオオオオオッ!!」
咆哮。
理性が焼き切れる。
湧き上がるのは――
ぶっ潰す。壊す。消す。
それだけ。
踏み込む。
地面が砕ける。
一瞬で間合い。
拳。
爆炎。
叩き込む。
抉る。
殴る。
殴る。
だが――浅い。
効いていない。
敵が笑う。
尾が振り抜かれる。
「ガァッ!!」
衝撃。
骨が軋む。
吹き飛ぶ。
地面を転がる。
それでも、立つ。
足が勝手に動く。
前へ。
壊すために。
そのとき――
「……こわい」
小さな声。
リィナ。
その一言が、
頭を――叩いた。
炎が、揺らぐ。
視界が戻る。
ぐちゃぐちゃに濁っていた思考に、
一本、線が通る。
(……違う)
拳が震える。
(違う……違う……!)
頭の奥で、何かが暴れる。
壊せ、と叫ぶ。
潰せ、と叫ぶ。
でも――
(守るんだ……!!)
叫ぶ。
「うおおおおおおおおおッ!!」
二つの衝動がぶつかる。
身体が軋む。
血が吹き出す。
それでも――
前へ。
その瞬間――
離れた場所。
護送員の横でモニターを見ていた研究員の顔が凍りつく。
「ありえない……そんなバカな」
視線は、カリンの手。
赤いスティックへ。
震える声。
「何故だ?あのアストロコアは……中身の入っていない“空”のはずだぞ……!」
――ドクン。
呼応するように、
カリンの胸が脈打つ。
炎が、爆ぜる。
まるで――
中身が“こっち”にあるかのように。
「オオオオオオオオオオッ!!」
全てを拳へ。
一直線。
迷いごと――叩き潰すように。
激突。
爆炎。
貫通。
外殻が――砕ける。
粉砕。
巨体が、崩れ落ちる。
静寂。
……しかし。
まだ終わらない。
背後。
二体。
残っている。
カリンの膝が崩れる。
炎が消える。
指先すら、動かない。
限界。
リィナが駆け寄る。
「カリン兄ちゃん!!」
カリンは、笑う。
血を吐きながら。
「ヒーローはな……」
息が荒い。
視界が霞む。
「一人でも守れりゃ……上等だ」
迫る影。
終わりが近い。
――そのとき。
遠くでサイレン。
光。
誰かが来る。
⸻
とある研究施設。
モニターに映る、炎の少年。
白衣の人物が呟く。
「……見つけた」
画面に表示されるコード。
《E11》
「生きていたか…ダブルワン」
微笑。
画面が暗転する。
⸻
第1話 終
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第一話、いかがだったでしょうか。
初投稿でドキドキです。
ここから物語が動き出していきます。
よければ続きも読んでいただけると嬉しいです。




