第43話:書かれざる明日へ
ヴェスターマルクに、秋が来ていた。
魔の森の紅葉が、領地の北端を燃えるような赤と金に染め上げている。かつて「瘴気の森」と恐れられた場所が、今では辺境一の絶景として旅人を惹きつけている。
領地の人口は、追放された当初の三倍に膨れ上がっていた。
王国内の不遇な民や、隣国からの移住者が、「自由で豊かな辺境」の噂を聞きつけて流れ込んでくる。セシリアの統治は公正で、エスターの治安維持は完璧。そしてなにより——この領地には、不当な権力の横暴がない。
遠い王都では、王太子レオンハルトが座を追われたと聞いた。
精神を病んだ彼は王位継承権を剥奪され、療養のために南方の別邸に幽閉されたという。代わって第二王子が皇太子に立てられ、王国は新たな時代を迎えようとしている。
セシリアにとって、それはもう——箱庭の外の出来事に過ぎなかった。
ある夕暮れ。
セシリアはバルコニーに出て、秋の夕焼けを眺めていた。
半年前の夕暮れを思い出す。
あの日もこのバルコニーで、エスターと二人で夕焼けを見た。あの時セシリアは、自ら鳥籠の鍵を閉めた。エスターの用意した完璧な檻の中で、永遠に二人きりで生きていくと宣言した。
だが今は——違う。
あの頃の自分は、「守られること」を選んだ。
今の自分は、「共に戦うこと」を選んでいる。
「エスター」
「はい」
「綺麗ね、この夕焼け」
「ええ。……半年前と同じ場所ですね」
「同じ場所。でも、同じ景色ではないわ」
セシリアは振り返り、エスターを見上げた。
「半年前の私は、あなたの箱庭に逃げ込んだ。あなたに守られることだけを望んだ。……でも今は、少しだけ変わった気がするの」
「どのように」
「今の私は——あなたと並んで、この箱庭の外を見ている」
風が吹いた。秋の冷気が、二人の髪を揺らす。
「ねえ、エスター。ここから先、何が来るか分かる?」
「いいえ。俺の知識には、この先の未来はありません」
「怖い?」
エスターは少し黙った。
かつてなら「問題ありません」と即答しただろう。推しの前で弱さを見せることは、許されないことだった。
だが今は——
「怖いです。何が起こるか分からない明日が、怖い」
正直に、そう答えた。
セシリアは微笑んだ。怒るでも呆れるでもなく、ただ——温かく。
「私もよ」
その言葉に、エスターは目を見開いた。
「私だって怖い。王国が次に何を仕掛けてくるか、隣国がいつ裏切るか、領民を守りきれるか——全部、怖いわ」
セシリアはエスターの手を取った。
「でもね。隣に、世界一恐ろしい怪物がいるから。……たぶん、大丈夫」
エスターは、その手を握り返した。
推しの掌は、あの夜と同じように温かかった。
「ねえ、エスター。この先なにが来ても——私はあなたの推しで、あなたは私の怪物よ。それだけは、どんな未来でも変わらないわ」
「……御意のままに。——永遠に」
夕焼けが、ヴェスターマルクの空を燃やしていた。
半年前の夕焼けは「世界の終わりのように」美しかった。
今日の夕焼けは——「世界の始まりのように」美しい。
こうして。
幾千の絶望を超えた怪物と、自ら檻の鍵を握る悪役令嬢は——誰にも書かれたことのない、血みどろのハッピーエンドの続きを歩き始めた。
一旦完結です!ご拝読いただいた皆様に本当に感謝です!
次は一風変わったダンジョン物を投稿する予定ですので、また応援等いただけると嬉しいです!




