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第42話:悪役令嬢は退屈しない



 平穏な日々が戻った——と言えば聞こえはいい。

 だが、二人の怪物の日常は、平穏とは程遠かった。


「エスター。東部の交易商から苦情が来ているわ。魔獣素材の品質にムラがあるって」


「品質管理の工程を見直します。狩猟班の技術が追いついていない可能性が」


「それと、隣国の商会から提携の申し入れ。条件は悪くないけど、裏がありそうね」


「今夜中に相手の身元を洗います」


 朝の執務室。二人は並んで書類を処理していた。

 かつてなら、エスターが全てを一人で処理し、セシリアには「完璧に整えられた結果」だけを見せていた。

 今は違う。情報を共有し、判断を共に下し、実行を分担する。


 ある日、小さな事件が起きた。


 隣国から来た行商団の中に、一人だけ不審な動きをする男がいた。セシリアの領民の間で妙な質問を繰り返している。


 以前のエスターなら、即座にその男を尾行し、捕らえ、あるいは排除していただろう。

 だが今は——


「セシリア様。不審者が一名。どう対処しますか」


「泳がせなさい。三日間。誰と接触するか見極めてから動くわ」


「御意」


 三日後。男の接触先は、隣国の通商担当官だった。産業スパイ——辺境の魔獣素材の採取技術を盗もうとしていたのだ。


 セシリアは男を捕らえず、逆に——偽の技術情報を掴ませて送り返した。


「本物の技術を盗まれるなら脅威だけど、偽物を持ち帰らせれば、相手は的外れな投資をすることになるわ。最高の防衛策は、敵に間違った情報を信じ込ませること」


 エスターは、推しの知略に改めて舌を巻いた。


「……セシリア様。俺なら、あの男を排除していました」


「知ってるわ。だから私がいるんでしょう?」


 セシリアがいたずらっぽく笑った。

 エスターの口角が、ほんの僅かに——しかし確かに、上がった。


 夕暮れ。領民の子供たちが、領主館の前で遊んでいた。

 セシリアがバルコニーからそれを眺めている。その隣に、いつものようにエスターが控えている。


「平和ね」


「ええ。……少し前まで、こんな光景が来るとは思いませんでした」


「そうね。あなたが一人で全部を背負っていた頃には、見えなかった景色でしょう」


 セシリアは夕焼けに目を細めた。


「退屈?」


「いいえ、まさか」


 エスターは穏やかに首を振った。


「推しが新しい策を練るのを見ているだけで、退屈することなどありません」


「ふふ。重症ね、相変わらず」

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