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第40話:新しい箱庭



 宰相の失脚から一ヶ月が過ぎた。


 ヴェスターマルクは、以前にも増して活気に満ちていた。

 隣国エルデンシアとの交易路が安定したことで、塩や薬品の不足は完全に解消された。それどころか、魔の森から産出される希少な魔獣素材の取引が軌道に乗り、辺境の経済は急速に成長している。


 第二王子派の貴族たちとの関係も良好だ。魔獣素材の独占取引権を彼らに与えたことで、辺境は王国内にも強力な味方を持つに至った。


 追放先の死地が、大陸有数の豊かな自治領へと変貌しつつある。


 だが、エスターにとって最も大きな変化は——領地ではなく、自分自身の中にあった。


 朝。いつものように推しの紅茶を淹れながら、エスターは自分の手を見た。

 震えていない。

 あの夜——セシリアが「私があなたの目になる」と言った夜以来、手の震えは止まっていた。


 知らない明日は、相変わらず怖い。

 だが、もう一人で怯える必要がない。隣に、自分より賢く、自分より恐ろしい女がいる。


 (俺がかつて求めていたのは、推しを安全な箱に閉じ込めることだった)


 エスターは紅茶をカップに注ぎながら、静かに思った。


 (だが、箱の中から出てきた推しは——俺が消し去ろうとしていた世界を、自分の力で従えてしまった。俺の箱庭は壊れた。代わりに出来上がったのは……推しが、自分の手で作り上げた王国だ)


 セシリアがダイニングに現れた。今日は朝から領民集会の予定がある。


「おはよう、エスター。今日の議題は?」


「南部集落の新しい村長選出と、隣国からの留学生受け入れの件です」


「ふふ。忙しいわね。——でも、嫌いじゃないわ」


 セシリアは紅茶を一口飲み、窓の外の景色を見た。

 かつて王都で「追放先の死地」と嗤われた土地が、朝日に照らされて美しく輝いている。


「ねえ、エスター」


「はい」


「あなた、最近変わったわね」


「……どのように、でしょうか」


「前は——私の知らないところで全部片づけていたでしょう。私が何も知らないうちに、敵を消して、道を整えて、完璧な箱庭を用意していた」


 セシリアは立ち上がり、エスターの傍に寄った。


「でも今は、私に相談する。私の判断を待つ。私の命令で動く。……それが、あなたにとって幸せかどうかは分からないけれど」


「幸せです」


 エスターは即答した。迷いなく。


「推しの指示で動くことは、推しを知らないところで守ることより——遥かに」


 セシリアの瞳が、僅かに潤んだ。

 だがすぐに、いつもの不敵な笑みが戻る。


「なら、もう二度と一人で背負わないで。これからは——二人で、この世界の脅威を潰していくの。あなたが剣で、私が盾。あなたが影で、私が光。……だから」


 セシリアはエスターの胸元に手を置いた。


「今度こそ、本当に——私のものになって」


「……最初から、ずっとそうです。セシリア様」


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