第2話:悪役令嬢の悪夢
「……はっ!」
公爵令嬢セシリア・フォン・ローゼンベルクは、最高級シルクのシーツを強く握りしめ、荒い息を吐きながら跳ね起きた。
全身が冷や汗で濡れている。首筋に、冷たく重い鉄の刃が深々と食い込んだような、生々しいまでの死の冷感が残っていた。
「また……あの、夢……っ」
最近、セシリアは頻繁に同じ悪夢を見る。
冷たい雨。自分を大逆罪人として蔑む群衆の目。憎悪に満ちた王太子の怒号。
そして、自分の首が切り落とされ——暗闇に落ちる直前、群衆の向こう側で絶望する「彼」の顔。
「セシリア様。お目覚めでしょうか」
ノックと共に、静かで心地よい声が響いた。
セシリアが小さく返事をするより早く、銀張りのワゴンに乗せた香り高い紅茶と共に、長身の従者——エスターが入室してくる。
「……エスター」
「はい。本日はお顔の色が優れないようですが、いかがなされましたか?」
彼はいつものように、完璧な所作でティーカップをテーブルに置く。
その顔には、一点の曇りもない従者の「忠誠」だけが張り付いている。悪夢の中で見た、血の涙を流して狂う男とは別人のようだ。
「……何でもないわ。少し、悪い夢を見ただけよ」
セシリアは王太子婚約者としての矜持で強がって見せ、差し出された紅茶に口をつける。
温かな香りが、張り詰めていた神経を少しだけ解きほぐす。
「エスター。あなたは……どこにも行かないわよね?」
「もちろんでございます。私はセシリア様の影。貴女様が望まれる限り、この命は貴女様と共に行き、貴女様のために尽くすのみです」
その言葉は、まるで呪詛のように甘く、そして異常なほど重かった。
セシリアは気づいていない。今、自分のために完璧な紅茶を淹れてくれたその手が、数時間前まで「敵を完璧に殺すため」の冷酷な罠作りにまみれていたことを。
ただ、彼女の胸の奥で、正体不明の「恐怖」と「安堵」が入り混じった熱が、ゆっくりと形を成し始めていた。
彼がいれば、どれほど恐ろしい夢を見ても安心できる。彼さえいれば。
「ええ……そうね。あなたは私のものよ、エスター」
無意識のうちにエスターの手首に触れた彼女の言葉は、主従を超えた「重すぎる依存」へと片足を突っ込んでいた。




