第27話:最悪の処断
ユリウスは逃げられなかった。
遺跡の出口は全てエスターの部下に封鎖されており、転移の巻物も無力化されている。
薄暗い遺跡の祭壇で、ユリウスは壁に追い詰められていた。
眼前には、月光すら届かない暗闇の中で、冷たく光る殺人者の目。
「殺、殺すのか……?」
ユリウスの声が震える。
エスターは、ゆっくりと首を振った。
「殺す? いいや、それでは不十分だ」
エスターが取り出したのは、一通の書簡と、いくつかの小瓶だった。
「お前の目的はアリスを救うことだったな。ならば、お前に最高の『再会』をプレゼントしてやろう」
「な……何を……」
「この書簡は、お前の筆跡で書かれた『アリスとの共謀の証拠』だ。お前がアリスと結託して王太子暗殺を企てたという、完璧な偽造文書。……お前の筆跡の癖は、王太子への報告書から既に採取済みだ」
ユリウスの顔から、最後の血の気が引いた。
「そしてこの小瓶は——知っているだろう? 『従順の秘薬』。原作ゲームの裏アイテムだ。飲んだ者は一時的に意識が混濁し、他者の誘導に逆らえなくなる」
「やめ——」
「お前は、この秘薬の効果が切れた頃に、王都の兵士に発見されるだろう。手には『アリスとの共謀の証拠』を握りしめた状態で。目覚めた時にはもう遅い。——お前は『大逆罪人アリスの共犯者』として、彼女と同じ地下牢に放り込まれることになる」
ユリウスの目が見開かれた。
「ま、まさか……アリスと、同じ……」
「ああ。お前がこの世界で一番愛していた女の隣で、永遠に朽ちるんだ。……良かったな。望み通り、推しの元に行ける」
エスターの声は、慈悲深いほど穏やかだった。
だが、その内容は——ユリウスが最も恐れる地獄そのものだった。
アリスの元に「行ける」。
だが、それは恋人としてではなく、共犯者として。
大逆罪人の地下牢で、王家の拷問官の手によって、永遠に苦しみ続ける。
しかも、アリスは——ユリウスが「自分を売った裏切り者」だと思い込むだろう。ユリウスの手に握られた「共謀の証拠」がそう証明するのだから。
推しに恨まれながら、推しの隣で朽ち果てる。
それは、ユリウスが想像し得る、最悪の結末だった。
「い、嫌だ……嫌だっ! 殺してくれ! 頼むから——!」
「却下だ。お前のような害虫は、殺して楽にしてやる価値もない」
エスターは無感情に秘薬の蓋を開けた。
「俺の推しに手を出した代償は——死よりも重い」
ユリウスの叫びが、遺跡の闇に呑まれた。
翌朝。
王都近郊の街道で、意識朦朧とした青年が発見された。
彼の手には、大逆罪人アリス・マーガレットとの共謀を詳細に記した書簡が握りしめられていた。
青年の名は、ユリウス・ヴァン・ヘルツォーク。
王家はただちに彼を逮捕し、大逆罪の共犯者として、アリスと同じ地下牢に投獄した。
地下牢の奥で、ボロ雑巾のようになったアリスが、新たな囚人を見た。
「……ユリウス? あなたが……なぜ、ここに?」
「違う……俺は……嵌められたんだ……エスターという男に……」
「エスター? ……誰、それ」
アリスはその名前に心当たりがなかった。
彼女にとって、エスターはセシリアの傍にいた「取るに足りないモブ従者」でしかない。
「やめてくれ……信じてくれ、アリス……俺は——」
「あなたが裏切ったのね。……あなたも、私を陥れる側だったのね」
アリスの目が、最後の光を失った。
この世界で唯一、自分を想ってくれていたはずの男すら、敵だった——そう確信した彼女の精神は、完全に崩壊した。
暗い地下牢で、二人の転生者は互いの言葉を信じることなく、永遠の闇に沈んでいった。




