第26話:怪物の正体
ユリウスは、森の中に設けた秘密の拠点で、震えていた。
古代ゴーレム——撃破。
屍蝶の群れ——殲滅。
不可視の呪いの霧——無効化。
三つの切り札を、全て潰された。
どれも原作ゲームの「初見殺し」として設計された、通常プレイヤーには対処不可能なレベルの脅威だ。それが、わずか数時間で、まるで既にパターンを暗記しているかのような精度で無力化されている。
「ありえない……ありえないだろ……!」
ユリウスは頭を抱えた。
彼の手元には、前世で暗記した設定資料集の記憶——この世界の全てのモンスター、ダンジョン、隠しイベントのデータがある。それは「神の視点」に等しい情報優位のはずだった。
なのに。
セシリアの傍にいる、あの従者——エスター。
あの男は、ユリウスの知識を完全に上回る速度と正確さで、全てに対処している。
「……設定資料にも載っていない対処法で、設定資料に載っているボスを倒している。そんなことが、どうやったらできる?」
答えは一つしかない。
あの男は、設定資料を「読んだ」のではない。「体験した」のだ。
何度も。何度も。何度も。
実際にあのボスたちと戦い、殺され、対処法を肌で覚えるまで繰り返した。
「……化け物だ。あいつは——人間じゃない」
だが、ユリウスは止まれなかった。
アリスを救うために。原作の正史を取り戻すために。
彼には、最後の——最大の切り札が残っていた。
「原作ゲームの真の隠しボス。設定資料集にも、ほんの二行しか記載がなかった——『深淵の大罪竜』。あれを起動させれば、あの辺境ごと更地にできる」
ユリウスは遺跡の最深部へと向かった。
最後の封印を解くために。
——それが、彼にとっての終わりの始まりだった。
ユリウスが遺跡の最深部に足を踏み入れた瞬間、暗闇の中から声が響いた。
「やっと来たな。——待っていたぞ、転生者」
松明が灯る。
祭壇の上に腰掛け、足を組んで待ち構えていたのは、エスターだった。
ユリウスの全身が凍りついた。
先回りされていた。遺跡の最深部——自分しか知らないはずの場所に、あの男が既にいる。
「な……っ、お前、なぜここに!?」
「お前の行動パターンは分析済みだ」
エスターは淡々と語った。
「第一撃——古代ゴーレム。広域殲滅型の兵器。これは『威力偵察』だ。こちらの戦力を測るための初手。第二撃——屍蝶の群れ。ステルス性の毒による暗殺型。正面から崩せないと判断して、搦め手に切り替えた。第三撃——不可視の呪い。防ぎようのない環境型攻撃。暗殺も通じないから、土地ごと汚染する作戦に変更した」
ユリウスの顔が蒼白になっていく。
自分の思考が、完全に読まれている。
「三段階のエスカレーション。威力偵察→暗殺→環境破壊。そして、全てが通じなかった場合に残された選択肢は一つ——『最大火力による殲滅』。つまり、この遺跡に眠る最強の封印を解くこと」
エスターは祭壇から降り、ユリウスに歩み寄った。
「お前の攻撃の流れは、お前が来る前から全部わかっていた。なぜなら——」
「や、やめろ……来るな……!」
「俺は三千回のループの中で、あらゆるパターンの『敵の思考回路』を学習している。知識チートで攻めてくる奴の行動原理なんて、単純な威力のエスカレーションだ。本で読んだ答えを順番に試すだけの、ただの一本道。走るレールが丸見えなんだよ」
ユリウスの足が、後ずさった。
彼の手が震えながら、懐に伸びる——護身用の魔法陣が刻まれた巻物。起動すれば、瞬間転移で脱出できるはずだ。
だが、巻物に触れた瞬間——指先に、異様な感触があった。
「……なん、だ? 巻物が……起動しない……?」
「ああ、それは昨日のうちに中身をすり替えておいた。瞬間転移の巻物ではなく、ただの白紙だよ」
ユリウスの顔が、絶望に歪んだ。
「お前……お前は……何者だ……! こんな強さ、原作にはないぞ……!」
エスターは、ユリウスの前に立ち、冷たく見下ろした。
「原作? 知らないな」
彼の声は、感情の色を完全に排除した、乾いた音だった。
「俺はただの——推しを三千回殺された、ただのオタクだ」




