第25話:チート知識の蹂躙
ユリウスの第二の攻撃は、翌週に来た。
今度は古代兵器ではない。魔の森の奥深くに棲む『隠しボス』——原作ゲームにおいて、特定のフラグを立てた場合にのみ出現する、レアエネミーの群れだった。
『屍蝶の群れ(デスモス・スウォーム)』。
見た目は美しい銀色の蝶だが、その鱗粉は猛烈な神経毒であり、一匹でも人間を殺せる。それが百匹単位で群れを成し、セシリアの領地に向かって移動を開始した。
「報告。魔の森の北東部から、正体不明の魔蝶の大群が接近中。推定数、三百から五百」
部下の報告を受けたエスターは、静かに頷いた。
「『屍蝶の群れ(デスモス・スウォーム)』だ。……ループ二千四百七十二回目で、セシリア様がこの蝶の鱗粉で窒息死した」
部下が顔を引きつらせるのを無視して、エスターは淡々と対策を指示した。
「屍蝶の弱点は二つ。一つは火。鱗粉は可燃性で、炎に触れると連鎖爆発を起こす。群れごと焼却できる。二つ目は低温。気温が氷点下に達すると、翅が凍結して飛行不能になる」
「この時期のヴェスターマルクは夜間氷点下まで冷え込みますが——」
「待つ必要はない」
エスターは腰の革袋から、青白く輝く水晶球を取り出した。
「これは過去のループで魔の森の最深部にある氷竜の巣から回収した『永久凍土の核』だ。起動すれば、半径百メートルを瞬間的に氷点下四十度まで冷却できる。……蝶の群れが森を出る直前の隘路がある。そこに設置しろ」
指示は完璧だった。
部下たちが動き出し、わずか二時間後——魔の森の出口近くで、五百匹の屍蝶が一匹残らず凍りつき、ガラス細工のように砕け散った。
領民は誰も、その脅威の存在すら知らないまま、穏やかな朝を迎えた。
だが、ユリウスの執念は止まらなかった。
三日後。今度は『不可視の呪いの霧』が領地を覆った。原作ゲームの裏イベント——特定の条件下でのみ発生する、視認不可能な致死性の呪術現象だ。
エスターは、霧が発生する三十分前にセシリアと領民を全員、地下に退避させた。
「なぜ分かったの?」とセシリアが訊くと、彼はこう答えた。
「この呪いの発生条件は、古代遺跡の魔力残滓が特定の濃度に達した時です。遺跡が起動した時点で、大気中の魔力濃度のモニタリングを開始しておりましたので」
——嘘ではないが、本当の理由は別にある。
ループ千二百十三回目。セシリアがこの霧で全身の感覚を失い、三日間の激痛の末に息を引き取ったことを、エスターは一秒たりとも忘れていない。
あの時の推しの苦しむ顔を思い出すだけで、彼の理性は殺意に塗り替えられる。
霧が晴れた後、エスターは森の奥で部下に霧の発生源を追わせた。そこには、ユリウスが仕掛けた魔法陣の痕跡があった。
「三度目だ。……いい加減、こちらから仕掛ける」
エスターの声は、怒りではなく、氷のような静寂を湛えていた。
獲物を仕留める段階に入った捕食者の、冷徹な宣告だった。




