第23話:チートの凶弾
侵入者の正体が判明したのは、三日後だった。
エスターの部下が追跡した結果、侵入者は魔の森を経由して辺境の東側から出入りしている人物——隣国エルデンシアの留学生にして王太子の側近、ユリウス・ヴァン・ヘルツォークと特定された。
「ユリウス……王太子の側近か」
エスターは報告を聞きながら、記憶を精査した。
過去のループにおいて、この名前は一度も浮上していない。アリスの陰謀が成功するルートでは、セシリアは茶会の時点で処刑されるため、辺境に追放されること自体がなかった。つまり、ユリウスという駒が動き出すのは「アリスが排除された後」のルート——エスターがまだ到達したことのない、未知の展開だ。
(過去のデータがない。……厄介だ)
だが、エスターには三千回のループで培われた、パターン認識とも呼ぶべき直感がある。
ユリウスの行動——古代遺跡への接近、結界構造の理解、原作知識に基づくと思われる動き。これらを総合すると、結論は一つ。
(奴は俺と同じだ。この世界が『ゲーム』であることを知っている。……転生者)
そして、その転生者が古代遺跡に執着しているということは——
「遺跡の封印を解いて、『何か』を起動させようとしている」
エスターの推論は正気だった。
その翌夜。
突如として、ヴェスターマルクの大地が揺れた。
「な……何事!?」
セシリアが飛び起きた時、窓の外は異様な光に染まっていた。
魔の森の奥——古代遺跡の方角から、禍々しい紫色の光柱が天を衝いている。
「セシリア様、お下がりください」
エスターが瞬時にセシリアの前に立ち、窓を背にして彼女を庇った。
その目は、光柱の正体を理解している。
(——『古代ゴーレム・ティターン』の起動シークエンスだ)
原作ゲームにおける「隠しボス」の一体。
全長二十メートルの石の巨人。古代文明が残した自律型兵器であり、一度起動すれば周囲のあらゆるものを破壊し尽くすまで停止しない。
通常のプレイヤーであれば、ゲーム終盤のレベルキャップに達してようやく挑戦できるような強敵。
ユリウスは、それを遺跡の封印を解くことで意図的に起動させたのだ。
「エスター、あの光は何……!?」
「古代兵器です。誰かが意図的に遺跡の封印を解きました。——セシリア様、地下室へ。領民の避難も指示します」
エスターは冷静に動いた。
部下たちに避難指示を飛ばし、セシリアを領主館の最も堅固な地下室に移す。
そして——単身で、魔の森へ駆け出した。
森の中を走りながら、エスターは過去のループの記憶を高速で検索する。
(古代ゴーレム・ティターン。遭遇回数——四回。うち三回はセシリアが巻き込まれて死亡、一回は俺が先に殺されてリセット)
四回の死から学んだことがある。
(弱点は胸部の魔力核。だが、外殻の硬度は通常の武器では傷一つつかない。唯一の突破口は——起動直後の三十秒間だけ、核を保護する外殻が展開途中で「隙間」が生じるタイミング)
森を抜けた先に、それはいた。
紫色の光を放ちながら、巨大な石の人型がゆっくりと立ち上がる。
大地が軋み、木々が薙ぎ倒される。圧倒的な質量と魔力の暴威。
だが、エスターは怯まない。
「起動シークエンス、あと十八秒」
彼は走りながらカウントを始めた。
腰の革袋から取り出したのは、一本の黒い短剣——過去のループで魔の森の最深部から回収した、古代文明の遺物だ。唯一、ティターンの外殻を貫通できる硬度を持つ。
「十二秒」
ゴーレムの巨体が完全に直立する。
紫色の目が点灯し、周囲を索敵し始めた。
「七秒」
エスターはゴーレムの足元まで走り込み、外殻の継ぎ目を目視で確認した。
胸部の装甲板が、まだ完全に閉じきっていない。核を覆うプレートの間に、拳一つ分の隙間。
「三——」
ゴーレムの巨腕が振り下ろされた。
大地が爆砕し、衝撃波がエスターの体を吹き飛ばす——が、彼は衝撃波を利用して体を回転させ、空中で姿勢を制御した。
「——今だ」
落下の勢いを乗せて、黒い短剣を胸部の隙間に叩き込む。
古代金属が古代金属を貫き、核に到達する。
一瞬の沈黙。
そして——
轟音と共に、ゴーレムの巨体が内側から崩壊を始めた。
紫色の光が消え、二十メートルの石塊がただの瓦礫となって崩れ落ちる。
砂塵が晴れた後、瓦礫の上にエスターは立っていた。
右腕が不自然な角度に曲がり、額からは血が流れている。
だが、彼の目は冷たく澄んでいた。
「——所要時間、二十八秒。……遅すぎたな」
ゴーレムは倒した。
だが、エスターの意識は既に次の標的に向いている。
これを起動させた者——ユリウス。
奴は今、どこかでこの結果を観察しているはずだ。
エスターは暗い森を見渡し、静かに宣告した。
「見ているんだろう。……次は、お前の番だ」




