第22話:闇夜の侵入者
蜜月が続く辺境に、最初の影が差し込んだのは、着任から四十五日目の夜だった。
エスターは、セシリアが寝静まった深夜に、部下からの緊急連絡を受けた。
「報告。魔の森の東側——古代遺跡付近の封鎖結界に反応あり。何者かが結界に接触しています」
エスターの目が、瞬時に冷たく変わった。
従者の仮面が剥がれ、三千回の修羅場を越えた殺人機械の顔が露になる。
「接触者の特徴は」
「単独。人型。……妙なことに、結界の構造を事前に把握しているかのような動きで、検知を最小限に抑えながら接近しています」
——結界の構造を、知っている?
エスターの思考が加速する。
この結界は、彼がオリジナルで設計したものだ。参考にした魔法体系は一般的だが、配置パターンは彼独自の——過去のループで試行錯誤した末に辿り着いた最適解。
それを「知っている」ということは、二つのケースしかない。
一つ、結界魔法の天才が現場で解析した。
二つ、この世界のシステムそのものの知識——たとえば「設定資料」のような情報源から、結界の仕組みを理解している。
エスターの脳裏に、一つの仮説が浮かんだ。
そしてその仮説は、彼の全神経を研ぎ澄ませた。
「……『転生者』か」
前世の記憶を持つ者。この世界が「ゲーム」であることを知る者。
原作の設定資料——すなわち、この世界の「裏設定」を知識として保有している者。
エスターは過去のループにおいて、自分以外の転生者の存在を明確に確認したことはなかった。だが、可能性として排除もしていなかった。
もしそのような存在がいるとすれば——セシリアへの脅威度は、アリスの比ではない。
「侵入者を追跡しろ。ただし接触するな。こちらの存在を悟らせず、行動パターンと目的地を特定しろ」
「了解」
部下が消えた後、エスターは暗闇の中で拳を握りしめた。
(来たか。……新手だ。アリスとは別の、盤外のプレイヤー)
彼の思考は既に戦闘モードに切り替わっている。
誰であろうと、推しの箱庭に土足で踏み込む者は許さない。
(お前が何者であれ——推しに近づく全ての脅威は、俺が排除する。今まで三千回、そうしてきたように)
エスターはセシリアの寝室の前に戻り、扉の前に静かに膝をついた。
闇の中で、獣のような目だけが光っている。
箱庭を脅かす侵入者。
その正体を暴き、排除するまで——エスターに休息はない。




