第21話:蜜月の裏側
辺境の暮らしが安定するにつれ、セシリアとエスターの関係は、静かに、しかし確実に変質していった。
朝。セシリアが目覚めると、エスターは既にベッドサイドに紅茶を用意している。
昼。領地の視察をしながら、二人で肩を並べて歩く。主従の距離は、もはや半歩もない。
夜。暖炉の前で読書をするセシリアの足元に、エスターが膝をついて報告書を読み上げる。
外から見れば、それは微笑ましい主従の姿だろう。
だが、その本質は「微笑ましい」からは程遠い。
「エスター。今日、あなたが私のそばを離れた時間は?」
「食材の買い出しに、約一時間ほど」
「長いわ」
セシリアの声に、甘えではない、切迫した響きが混じった。
「……あなたがいない間、私は三回、あの悪夢を見たわ。首を切られる夢。毒で内臓が溶ける夢。そして——あなたが、血まみれで倒れている夢」
エスターの表情が、わずかに揺らいだ。
セシリアが見る悪夢——それは、過去のループの「残滓」だ。
死に戻りの能力はセシリアにはない。だが、三千回も殺され続けたことで、彼女の魂には「死の記憶」が薄い傷跡として刻まれている。
デジャヴのような予感。夢に見る、覚えのない凄惨な死。
それが、セシリアの根源的な死への恐怖——そしてエスターへの病的な依存の種だった。
「……以後、買い出しは部下に任せます。私は、セシリア様のお傍を離れません」
「当然よ」
セシリアは満足げに頷いた。
だが、その目の奥にある光は、満足とは別の何かだった。
——怖いのよ。
あなたがいないと、世界が私を殺しに来る気がするの。
あなたの手だけが、私をこの恐怖から守ってくれる。
だから——お願い、どこにも行かないで。
それは依存だった。
王都にいた頃よりも、もっと深く、もっと濃密な。
外界と断絶された辺境という閉鎖空間が、二人の歪な関係を加速させていた。
セシリアにとって、エスターは唯一の安全装置だ。
エスターにとって、セシリアは唯一の存在理由だ。
互いが互いの鎖であり、同時に救命索でもある。
その夜。
セシリアが悪夢にうなされて目を覚ますと、エスターがベッドの傍らに跪いて、彼女の手を握っていた。
「……いたの?」
「はい。セシリア様がお休みになられた後も、ずっと」
「……ずっと?」
「はい。一秒たりとも、目を離しておりません」
その言葉は、忠誠ではなく、監視の告白だった。
だがセシリアは、それを咎めなかった。
むしろ、安堵の息を漏らしながら、彼の手を自分の頬に押し当てた。
「……ありがとう。あなたがいてくれて、よかった」
暗闇の中で、エスターの目が異様な光を帯びた。
推しが、自分の監視を「安心」と呼んでくれた。
自分の狂気を、受け入れてくれた。
——もう戻れない。戻す気もない。
この箱庭は完璧だ。
外の世界など、最初から存在しない。




