第18話:道中の毒と蜜
王都からヴェスターマルクまでの道程は、馬車でおよそ七日。
その七日間は、セシリアにとって奇妙な——そして、甘やかな時間だった。
朝はエスターが淹れる完璧な紅茶で目覚め、昼は道中の景色を楽しみながら読書をし、夜は彼が手配した宿で温かな食事を取る。
追放の旅であるはずなのに、その全てが贅沢で、快適で、まるで夢のように穏やかだった。
しかし、セシリアは馬鹿ではない。
この旅が「異常」であることに、彼女はとっくに気づいていた。
三日目の夜。街道沿いの宿場町。
セシリアが就寝した後、エスターは宿の裏口からひとり、夜闇に溶けていった。
彼が向かったのは、宿場町の外れにある廃教会だ。
月光も届かない暗闇の中、三つの人影が彼を待っていた。
「——報告を」
エスターの声に、人影たちが跪く。
彼らはエスターが過去のループの中で見出し、今回のループで改めて買収・配置した、裏社会のネットワークだった。情報屋、暗殺者、傭兵。表社会では決して名の出ない、闇の住人たち。
「ヴェスターマルクの現状を報告せよ」
「はっ。領地は荒れ果てておりますが、領民は約三百名が残っております。主な産業は林業と薬草の採取ですが、魔の森からの獣害が深刻で——」
「領民の中に、王都や他の貴族からの密偵は」
「二名。宰相府の間者が一名、ローゼンベルク公爵家の分家筋から送り込まれた者が一名」
「排除するな。泳がせておけ。ただし、彼らの通信手段は全て傍受しろ。王都に送る報告書の内容は、俺が書き換える」
エスターは淡々と指示を出していく。
辺境に着く前に、情報網を完全に掌握する。王都からの監視の目を無力化し、外部との情報路を自分だけが管理する独占回線に作り変える。
「次に、魔の森の調査結果は」
「はっ。東の森の奥地に、古代遺跡が確認されております。魔力の残滓が強く、通常の探索隊では近づけません。また、森の主と思しきAランクの魔獣が——」
「『影喰いの大蛇』だな。全長四十メートル。弱点は第七鱗の下にある核。攻撃パターンは三種——尾の薙ぎ払い、毒霧のブレス、地中からの奇襲。……知っている。過去に十一回殺されたからな」
部下たちが息を呑む。
十一回殺された——その言葉の異常さに気づく者は、この場にはいない。
「大蛇は放置しろ。あれはかえって辺境の天然の防壁になる。外部からの侵入者を寄せ付けないからな。……問題は、遺跡だ」
エスターの目が鋭く細まる。
古代遺跡。
過去のループにおいて、その遺跡から「何か」が覚醒し、セシリアが命を落としたケースが四回あった。遺跡の封印が解かれるトリガーは不明だが、エスターは四回分の経験から、おおよその条件を把握している。
「遺跡の入口を完全に封鎖しろ。魔法封印と物理的な瓦礫の両方で。そして、周囲百メートルに監視用の結界を張れ。何者かが近づいた瞬間に、俺に知らせが届くようにしろ」
「承知いたしました」
部下たちが散った後、エスターは一人、廃教会の祭壇に腰を下ろした。
(順調だ。辺境の情報は掌握した。地形、魔獣、遺跡、領民——全ての要素を俺の管理下に置けば、あの土地は「推しにとって世界で最も安全な場所」になる)
彼は目を閉じ、かつてのループで見た光景を思い返す。
セシリアが魔獣に引き裂かれた夜。遺跡の暴走に巻き込まれた夜。辺境の民に裏切られ、王都からの刺客に喉を切られた夜。
全てを、潰す。
一つ残らず、根こそぎ。
「……推しの笑顔のためなら、この辺境を俺だけの箱庭に作り変えることくらい、造作もない」
エスターは立ち上がり、宿へと戻った。
セシリアが目覚める前に、完璧な朝の紅茶を用意するために。




