第17話:追放の花道
追放までの猶予、十日間。
セシリアにとっては、社交界での死を意味する期間だったはずだ。
だが現実は、彼女の想像とは全く異なる様相を見せた。
「セシリア様、こちらの毛皮のマントは極北の最高級品でございます。ヴェスターマルクの厳冬にも耐えうるよう、魔法織りの裏地を——」
「こちらは道中の保存食です。見た目は質素ですが、宮廷料理長に監修いただいた逸品で——」
「お薬、暖房用の魔道具一式、非常時の護衛用の魔法陣の巻物……全て揃っております」
エスターが手配した出立準備は、「追放される罪人」のそれではなかった。
まるで王族が外遊に出るかのような豪華さ。しかもそれが、表面上は全て「たまたま安価で手に入った」「知人の商人から譲り受けた」という体裁で整えられており、他の貴族から嫉妬や疑念を買わないよう完璧に偽装されていた。
「……エスター。これは、いつ手配したの」
セシリアは山と積まれた荷物を眺め、静かに問うた。
追放の勅令が下されてから、まだ二日しか経っていない。これだけの準備を二日で整えるのは、どう考えても不可能だ。
「はい。セシリア様にお仕えして以来、万が一に備え、あらゆる事態を想定した準備は常に整えておりました」
——嘘ではない。しかし、全てでもない。
三千回のループの中で、セシリアが辺境に追放されるパターンは実に百二十七回あった。その全てにおいて、道中で命を落とす危険を徹底的に検証し、最適な装備と補給路を確立していたのだ。
「……あなたは本当に、恐ろしい人ね」
セシリアは微かに笑った。
その笑みには、恐怖と畏敬と、そしてどうしようもなく甘い依存が混ざり合っていた。
出立の朝。
王都の東門から、セシリアの馬車がひっそりと出発した。
見送りに来た貴族は一人もいない。ローゼンベルク公爵家の紋章すら外された、質素な外観の馬車。
それが、かつて次期王妃と呼ばれた女に与えられた、最後の体面だった。
——ただし、その質素な外観の内側は、別世界だった。
「…………は?」
馬車の扉を開けたセシリアは、思わず目を疑った。
内装は最高級の絹張り。暖かな魔法暖房。淹れたての紅茶と焼きたてのスコーンが銀のトレイに並び、窓際には生花まで活けられている。
「セシリア様。長旅になりますので、どうぞお寛ぎを。道中の宿も、全て手配済みでございます」
エスターが恭しく手を差し伸べる。
セシリアは呆れたような、泣き笑いのような複雑な表情で、その手を取った。
「……追放される罪人の旅路じゃないわね、これは」
「追放? いいえ、セシリア様。これは『転居』でございます。貴女様に相応しい新たなお住まいへの、ささやかな旅路にすぎません」
馬車が走り出す。
王都の喧騒が遠ざかり、広大な平原が窓の外に広がっていく。
セシリアは紅茶のカップを両手で包みながら、ふと呟いた。
「ねえ、エスター」
「はい」
「あなたは……怖くないの? ヴェスターマルクは魔の森に囲まれた死地だと聞いているわ。歴代の領主が全員、短命で終わっている土地よ」
「恐れることなど何もありません」
エスターは微塵の迷いもなく答えた。
「セシリア様のお傍にいる限り、私には死ぬ理由がございませんので」
——正確には、推しが死なない限り、俺は死ねない。
セシリアが殺されれば、時が巻き戻る。つまりセシリアが生きている限り、エスターにとって「死」は存在しない。
だからこそ、あの辺境を「推しが絶対に死なない安全地帯」に作り変えることだけが、彼の唯一の目的だった。
「……変な人」
セシリアは小さく笑い、カップに口をつけた。
窓の外を流れる風景を見つめるその横顔に、王都にいた頃の強張りは、もう少しだけ解けていた。




