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第16話:婚約破棄の宣告

それから、わずか三日後のことだった。


 セシリアは学園の大広間——王族と上級貴族だけが足を踏み入れる謁見の間に、突如として呼び出された。

 広間の玉座には国王が座り、その傍らに宰相と数名の重臣が控えている。

 そして、正面には——かつての婚約者、王太子レオンハルトが立っていた。


 彼の顔は、一週間前とは別人のように変わっていた。

 痩せこけた頬。血走った眼。そして、セシリアを射殺すかのような、純粋な憎悪の眼差し。


「——セシリア・フォン・ローゼンベルク」


 レオンハルトの声が、冷たく広間に響く。


「本日を以て、我が王家と貴女との婚約を破棄する」


「……殿下」


 セシリアの声は、驚くほど落ち着いていた。

 予感はあった。いや、夢で見ていた。この広間で、この男に、冷たい刃のような言葉を突き刺される光景を。


「理由をお聞かせいただけますか」


「理由だと? お前の周囲で起きた凄惨な事件の数々——その全てがお前の陰謀であったことを、我が側近が証拠を掴んだのだ。アリスを陥れ、マリアを殺し、王家の権威を踏みにじった大罪人。本来であれば即刻処刑だが——」


 レオンハルトの背後から、ユリウスが一歩前に進み出る。

 彼は完璧な礼節を纏い、国王と宰相に向けて恭しく一礼した。


「——畏れながら陛下。ローゼンベルク公爵家は王国屈指の名門であり、確たる裁判を経ずに嫡女を処断することは、諸侯の動揺を招きかねません。ここは穏便に、辺境領への転封という形で——」


「ふん。甘いことを言う。だが、ユリウスの言う通りだ」


 国王が重々しく頷く。

 宰相の手により、一通の勅令書が差し出された。


「セシリア・フォン・ローゼンベルクに命ずる。ローゼンベルク公爵家の辺境領——ヴェスターマルク伯領への転封を以て、王都からの追放とする。期限は十日以内。以後、王命なくして王都の土を踏むことは許さん」


 ヴェスターマルク。

 それは、王国の最北端に位置する極寒の辺境領だった。魔の森と呼ばれる広大な原生林に囲まれ、凶暴な魔獣が跋扈する死地。歴代の領主は誰一人として長生きできず、事実上の「体のいい処刑場」として知られている。


 ——つまり、行けば死ぬ。


 広間に沈黙が落ちる。

 重臣たちは一様に目を伏せた。誰もが、これが理不尽な判決であることを承知している。だが、王太子の狂気と国王の追認の前では、正論など紙屑に等しい。


「……承知いたしました、陛下」


 セシリアは深く一礼した。

 その声に震えはなかった。背筋は折れず、瞳は濁らない。

 悪役令嬢として培った矜持が、彼女の最後の砦だった。


「ただ一つだけ、お願いがございます。従者のエスターを、引き続き私の許に置くことをお認めください」


「従者? たかが一介の使用人の配置など、好きにしろ」


 レオンハルトは吐き捨てるように言った。

 彼にとって、エスターなど取るに足りないモブに過ぎない。


 ——それが、どれほど致命的な判断ミスであったか。

 この暴君が気づく日は、もう二度と来ない。


 謁見の間を後にするセシリアの背後で、エスターは静かに歩いていた。

 無表情の仮面の下で、彼の心は——歓喜に打ち震えていた。


 (辺境への追放。……ああ、これ以上の僥倖はない)


 王都は危険だった。

 貴族の暗殺者、政敵の謀略、不特定多数の悪意。セシリアの命を狙う脅威が、四方八方から絶えず降り注いでくる。

 三千回のループの中で、エスターは王都にいる限りセシリアの安全を完璧に保障することは不可能だと学んでいた。

 

 だが、辺境は違う。


 (外界との接点を断ち切れる。王都の蛆虫どもが手を伸ばせない、閉じた世界。……俺が全てを管理し、全てを支配できる、推しだけの安全な箱庭テラリウムを作れる)


 追放は罰ではない。

 これは——千載一遇の、好機だ。


 エスターの口角が、わずかに、しかし深く歪んだ。


「セシリア様。お荷物の手配は、全て私にお任せください」

「……ええ。任せるわ、エスター」


 セシリアの声は平静を装っていたが、彼女の指先は微かに震えていた。

 エスターはその震えを見逃さず、さりげなく一歩距離を詰めた。


 今はまだ、推しに真意を悟らせる必要はない。

 辺境での新生活を完璧に整え、外界の全ての脅威を排除し——推しが、自分の用意した箱庭の中で安らかに微笑む日が来るまで。


 エスターは、その日のために動き始めた。

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