第15話:盤外のプレイヤー
深夜。学園の図書塔。
月光だけが差し込む閲覧室の最上階で、ユリウスは一人、窓辺に腰掛けていた。
彼の目は虚空を見つめているようで、実際にはこの世界の「誰にも見えないもの」を見ている。
——ああ、本当にやってくれたな。
ユリウス・ヴァン・ヘルツォーク。
隣国の公爵家の三男として、何不自由なく育った秀才。
それが、この世界における彼の「設定」だ。
だが、彼の本質は別のところにある。
前世——日本で生きていた頃の記憶。乙女ゲーム『グランシャリオの光姫』を千時間以上プレイし、全ルートをコンプリートし、設定資料集を暗記し、二次創作を書き漁った、筋金入りの『アリス推し』。
そう。ユリウスもまた、この世界がゲームであることを知る『転生者』だった。
「原作では、アリスはここで完璧に王太子を手に入れて、セシリアを追放して、ハッピーエンドを迎えるはずだった」
彼は自分の手を見下ろしながら、低く呟く。
「茶会イベントは、アリスルートの最重要フラグ。セシリアが大逆罪人として処刑されて初めて、アリスの『聖女昇格イベント』が発動する。それが原作の正史だ」
だが、現実はどうだ。
セシリアは生き延び、アリスが地下牢に堕ちた。
原作のシナリオが、完全に崩壊している。
「こんなことが起きるはずがない。アリスの計画は完璧だった。耐性薬のルートも、マリアの懐に仕込む証拠も、全て原作通りに進んでいたはずなのに……なぜ、結果だけが真逆に反転している?」
ユリウスの歯が軋む。
彼は前世からアリスに心酔していた。画面越しに見た彼女の笑顔に恋をし、この世界に転生してからは「アリスの幸福な未来を守ること」を人生の最優先事項に据えてきた。
そのために隣国から留学生として潜り込み、王太子の側近に食い込み、原作知識を駆使してアリスルートが滞りなく進行するよう裏から調整してきた。
全ては、アリスのために。
だが、その全てが水泡に帰した。
「……バグだ」
ユリウスは結論を出した。
原作には存在しなかった『異物』がいる。
セシリアの周囲で、原作のシナリオを食い潰している何者かが。
その異物の正体に、彼はまだ辿り着けていない。
だが、確信はあった。
「セシリアを排除すれば、原作は修復される。アリスを地下牢から救い出し、正しいハッピーエンドに戻す方法は——セシリアを、完全にゲームの盤上から消すことだ」
ユリウスは立ち上がり、月光に照らされた顔に冷酷な笑みを刻んだ。
「俺の手元には、原作の設定資料集——つまりこの世界の『攻略情報』がある。隠しダンジョン、裏ボスの出現条件、封印された古代兵器の起動方法。ゲームマスターしか知らない情報を、俺は全て覚えている」
原作知識による、盤外からの介入。
それが、ユリウスの切り札だった。
「まずは——セシリアを王都から追い出す。辺境の、魔の森に隣接した最果ての死地へ。そこには原作の『隠しイベント』が眠っているからな」
彼は動き出した。
壊れた王太子の復讐心を利用し、王家の権威で婚約を破棄させ、セシリアを辺境へ追放する。
そしてその辺境で、原作の致死イベントを起動させて殺す。
完璧な計画だ。
——彼は知らない。自分が相手にしようとしている『異物』が、三千回の死を越えた怪物であることを。




