第14話:壊れた王太子
アリス・マーガレットが大逆罪人として地下牢に繋がれてから、七日が過ぎた。
王立グランシャリオ学園は表面上は平穏を取り戻したかに見える。だが、王宮の奥深くでは、一人の男が確実に壊れ始めていた。
王太子レオンハルト・フォン・グランシャリオ。
彼はここ一週間、執務室にも謁見の間にも姿を見せていない。
自室の窓という窓に厚い遮光布を張り巡らせ、暗闇の中で独り、壁に向かって同じ言葉を繰り返していた。
「アリスは無実だ……あれはセシリアの陰謀だ……そうだ、そうに決まっている……」
証拠は完璧だった。アリスの筆跡による密命書。実行犯マリアの懐から出た魔毒の小瓶。そして何より、アリス自身が毒を煽って自爆したという、百人以上の貴族が目撃した動かしようのない事実。
だが、レオンハルトの精神はそれを受け入れることができなかった。
彼にとってアリスは「光」だった。退屈な王族の義務と、高慢な貴族たちの虚飾に窒息しかけていた彼に、無邪気な微笑みと温かな言葉で寄り添ってくれた、唯一の救い。
——その「光」が、自分を殺そうとしていた?
あり得ない。認められない。認めてしまったら、自分が愛した全てが虚構だったことになる。
「殿下、お食事をお持ちしました」
「……下がれ」
「ですが、もう三日も何も召し上がって——」
「下がれと言っている!!」
食器が壁に叩きつけられる音が廊下に響く。
侍従たちは顔を見合わせ、怯えた足取りで去っていく。
——その暗い部屋の隅で、一人の青年が静かにレオンハルトを観察していた。
「殿下。お気持ちはお察しいたします」
柔らかく、しかし計算し尽くされた声音。
隣国エルデンシア王国からの留学生にして、レオンハルトの学友として半年前から側近に名を連ねる男——ユリウス・ヴァン・ヘルツォーク。
端正な容姿に穏やかな物腰。誰からも好感を持たれる「完璧な紳士」。
だがその瞳の奥には、この世界の誰にも見せたことのない、異質な光が宿っていた。
「殿下がアリス嬢を信じたいお気持ちは、痛いほど理解できます。……しかし、私はどうしても一つだけ、引っかかることがあるのです」
「……何だ」
「あの事件、本当にアリス嬢の自作自演だったのでしょうか? 私の目には、あまりにも……出来すぎているように見えました」
レオンハルトが、初めて顔を上げた。
濁り切っていた瞳に、微かな光——あるいは、狂気の火種が灯る。
「あの密命書。あの毒の小瓶。全てが、まるで最初から『誰かに仕組まれていた』かのように、完璧なタイミングで見つかった。……殿下、もしこの全てが、アリス嬢を陥れるための、もっと巨大な陰謀の一部だとしたら?」
「……陰謀だと?」
「はい。そして、その陰謀によって最も利益を得た人物が誰か——考えてみてください」
ユリウスの視線は、窓の向こう——学園のセシリアの居室がある方角をじっと見つめていた。
レオンハルトの目が、ぎらりと光った。
壊れかけた精神が、「自分は悪くない、アリスも悪くない、全てはセシリアが仕組んだのだ」という都合の良い物語に、まるで砂漠の旅人が蜃気楼を掴むかのように飛びついた。
「……セシリア。あの女が……全てを……!」
ユリウスは暗がりで、冷たく微笑んだ。
(操り人形の糸は繋がった。……さて、次のフラグを立てようか)




