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第13話:そして怪物は完成する

何度目のループだろう。  エスターは、暗い使用人部屋で静かに準備を進めていた。  彼の周りには、見たこともない奇妙な器具、致死量の毒草の標本、そして壁一面にびっしりと書かれた「アリスの行動パターン」や「学園の裏道」のメモがあった。




 彼はもはや剣を握ることをやめ、正面からの防衛に見切りをつけた。  代わりに彼が磨き上げたのは、毒薬学、解剖学、隠蔽工作、錠前破り、特殊な暗器術、偽造技術、そして——「絶対に足がつかない完全なる暗殺」の技術だった。




(ヒロインのアリスが王太子と接触するのが、学園の入学式。そこから彼女の「悪役令嬢排除シナリオ」が動き出す。だが、俺はそのシナリオの裏側に回り込む)




 アリスが薬師に依頼する「耐性薬」。  彼が3000回のループの中で何度も採取し、完全に成分を特定したあれを、効果のないビタミン剤とすり替える。




 アリスが雇う無頼の暗殺ギルド。  彼らがセシリア様に接触する前に、アジトに無味無臭の神経毒を散布し、誰にも知られず根絶やしにする。




 アリスが用意する偽造文書。  それと同じ筆跡、同じインク、同じ封蝋で完璧に模写した「アリス自身の内乱計画書」を用意し、彼女の協力者の懐に忍ばせる。




 エスターは冷酷な機械のように、一つ一つ、敵の「手札」を確実に潰していく。  そして何より重要だったのは、彼自身が「誰からも警戒されない完璧なモブ」を演じきることだった。




「——セシリア様。お目覚めでしょうか。本朝の紅茶はいかがなさいましょうか」 「ええ、エスター。いつものダージリンをお願いね」




 朝日が差し込む優雅な天蓋ベッド。  主であるセシリアは、目の前で洗練された所作で紅茶を淹れる彼が、昨夜ただ一人で暗殺ギルドの拠点を一つ壊滅させてきたことなど、知る由もない。




 彼女に向けられるエスターの微笑みは、温かく、偽りがない。しかしその奥にある瞳だけは、深い闇のように氷点下まで冷え切っていた。




(この命は、ただ貴女様のために)




 セシリアの美貌を見るにつけ、彼の胸の奥で狂信的な庇護欲が燃え上がる。  もう三千回も、彼女が死ぬ姿を見てきた。火あぶりになり、ギロチンにかけられ、あるいは毒を呷って血を吐く姿を。  あの痛みを、二度と彼女に味わわせるわけにはいかない。




 そのためなら、彼は喜んで悪魔になり、血にまみれた泥をすするだろう。  彼女には一生、美しいドレスを着て、綺麗な茶器で紅茶を飲み、彼が掃討した『綺麗で無害な世界』だけを見て生きていってほしい。




「どうしたの、エスター? 私の顔に何かついていて?」


「……いえ。セシリア様の御髪が、今日もとても美しいと思いましたので」


「もう、お世辞が上手なんだから」




 セシリアがころころと鈴のようにおかしそうに笑う。  エスターはその光景に、神に感謝した。彼らのような名もなき裏方が求めるのは、このただ一つの平穏だ。




「さあ、参りましょうか、セシリア様。私が、どこまでも御供いたします」




 一歩下がり、うやうやしく頭を垂れるエスター。




 ——こうして、すべての「絶望」を薪にして心臓を焼き尽くした男は、光の世界の住人には決して見えない暗闇の中で、静かに牙を研ぐ『完璧な怪物』となった。  三千回の絶望の果てに完成した、たった一つの最高傑作。  それが、現在セシリアの背後に立つ、エスターという男の真実だった。




(第一章「過去編」完)

第1章過去編でした!

第2章は明日以降投稿します!

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