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第10話:怪物とワルツを



数時間後。大混乱が収束し、セシリアの完全な無実が証明された夜。


 自室に戻ったセシリアは、暖炉の火を見つめながら、静かに、そして激しく震えていた。

 彼女は馬鹿ではない。聡明な頭脳は、今日のあまりにも「完璧すぎる」結末に警鐘を鳴らし続けていた。


 思考のパズルが、カチリ、カチリと音を立てて組み上がっていく。


 第一の違和感。破滅の決定打となった、あの手記だ。

 マリアがあんな決定的な自白の証拠を、わざわざあのような対決の場にみすみす持ち込むだろうか? 否だ。あれは『誰か』がマリアに強いて持たせたか、あるいは後からすり替えたのだ。そして真実が記された都合のいい手記が「あのタイミング」で劇的に提示されたことで、セシリアへの疑いだけが綺麗に晴れた。


 第二の違和感。マリアの不自然な死。

 彼女は手記を取り出そうとした瞬間、まるで見えざる呪縛が発動したかのように突如として命を落とした。あれは偶然の発作ではない。あの手記の手触り、あるいは隠し場所に『即効性の毒』が周到に仕込まれていたとしたら?


 第三の違和感。アリスの不可解な自爆。

 すべての黒幕として君臨していたはずの彼女が、最後に唐突に不可解な破滅を選んだ。まるで、見えざる糸に操られた操り人形のように。一連の事件の幕引きとしては、あまりにも鮮やかで、芸術的で、そして——異常だった。


 そして何より、最大のピース。

 全てが終わった後、いつものように静かに紅茶を淹れてくれたエスター。その所作の中で一瞬だけ見えた、彼の手首の仄暗い青黒い変色。

 あれは怪我ではない。劇薬——それも、他者の命と精神を確実に奪い、狂信する人間を自在に操るような強烈な『魔毒』を扱った際に生じる、特有の黒ずみだ。


 点と点が繋がり、一つの恐ろしくも美しい『解』が導き出される。

 全ては初めから仕組まれていたのだ。

 マリアの行動も、彼女の絶命も、アリスの自爆も。セシリアの完全な無実を証明し、敵対者を一人残らずこの世から排除するための、血塗られた完璧な脚本。


 それを書き上げ、自ら泥を被って実演したのは——他でもない、今この背後に控えている男だ。


「……あなたが、やったのね。エスター」


 背後に控える従者に向けて、セシリアは振り返らずに問いかけた。


「何のことでしょうか、セシリア様」


「とぼけないで。……私が、夢で見たあのアリスの凶行を、あなたが全て先回りして……彼らを壊したのでしょう?」


 エスターは沈黙した。否定も肯定もしない。

 ただ、その瞳の奥には、セシリアへの狂信的とも言える「絶対的な庇護欲」だけが、真っ暗な底なし沼のように広がっていた。

 ——推しは、俺たちに感謝などしなくていい。ただ安全な御殿の奥で、無垢に笑っていてくれればいいのだから。俺は、そのために泥と血にまみれる道具だ。


 そう思っていた彼に、信じられない出来事が起きる。


 セシリアはゆっくりと振り向き、なんとエスターの胸元に歩み寄ったのだ。

 そして、猛毒に触れたかもしれないその彼の手首を、躊躇することなく自分の両手で強く握りしめた。


「——恐ろしい人」


 セシリアの頬は紅潮し、その瞳には、かつての高慢な色など微塵もない。

 あるのは、溺れる者が藁を掴むような、あるいは麻薬の快楽に身を委ねるような、重くどす黒い「依存」と「熱」だった。


「私のためなら、あなたは王族をも欺き、平然と他人の命を奪うのね。……私が、少しでもあなたから目を離せば、あなたがどれほど血に濡れるか分からない」


 彼女はうわ言のように紡ぐ。

 この怪物を野に放ってはおけない。私のために狂ってしまった彼。私のために、世界のすべてを敵に回せる彼。……ならば、彼を世界の何者にも渡してはならない。


「あなたは私のものよ、エスター。私の足元で、ただ私だけを守り、私のためだけに罪を犯しなさい。……絶対に、離さないわ」


「——御意のままに、セシリア様」


 エスターは静かに頭を下げた。

 彼は狂喜していた。これでもう、推しは自分から離れていくことはない。


 こうして、推しを狂信的に守り抜く裏方の怪物と、その怪物に魅入られ病んでしまった悪役令嬢の、最悪で最高に血みどろな蜜月が幕を開けたのだった。

プロローグ編完結です!

過去編の後に追放編へと進みます!


少しでも面白いと思ってくれた方は、評価や感想等いただけると作者が喜びます!

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