第7話 それぞれに違う当たり前の相違
その日の夕方のニュースでは、日本国内で白昼堂々と行われた銃撃戦について全チャンネルで取り上げられていた。多くの人がスマホで動画を撮影する現代では、情報統制など取りようもなく、様々な憶測が憶測を呼ぶ。
外務省が管轄する御殿山セーフハウスには、真理雄が無事に送り届けた翔子をはじめ、美咲、悠太、それぞれの両親なども警察によって保護、移送が完了していた。
NSSのメンバーや、外務省特殊機関対外戦略特別局、通称FSBのメンバーも御殿山セーフハウスのスタッフミーティングルームに集まっている。
光也から冴子の死は伝えられていたため、ミーティングルーム内は無言の重苦しい空気が漂っていた。
腕を組んで目をつぶったままの、NSS外事課長上村が声をだす。
「で?光也。いったい何がどうしてこんなことになった?」
いつもと変わらぬ光也が答える。
「何のこと言ってるの?経緯のこと?武器の出所のこと?」
目を開けて光也を睨む上村。
「全部だよ!バカ!」
「真理雄がね、超心配だって言うから、僕も冴ちゃんも準備はしていたんだ。真理雄の読みは正しかったよね。翔子ちゃんが危ないって。課長の判断ミスで冴ちゃんが死んだ。初めからNSS全体で保護しておけばよかったんだ。僕と冴ちゃんが狙うなら、翔子ちゃんが友達とバイバイした後の自宅前だろうねって。でも自宅前は警備があるかもだから、自宅5分前だろうねって。だからそこで張ってたんだ。もう少し手前でことが起こった。これは僕と冴ちゃんの読み間違いのミスだ。だから撃ち合いになった。それだけじゃん」
「撃ち合いって何だよ。どこからアサルトライフルだのバトルライフルだのを持ち出したんだよ?」
「あれ?課長は僕や冴ちゃんと初めて会った時のこと忘れたの?僕たちはテロリストとしてこの国に送り込まれたんだよ?僕は中央アジアの某国から。冴ちゃんは東アフリカの某国から。テロ実行のために送り込まれたんだから、武器くらい持ってくるよ。その武器は自分の身を守るものだから、課長に差し出すわけないじゃん。自分の命の担保は自分で取っておくさ」
「お前たちを国の庇護のもとに置いたのは誰だと思ってるんだよ!このバカ!」
「あれ?それ言っちゃう?そもそも小学生にもならない僕たちが拉致されたのは誰のせいなの?僕たちを守れなかったのは誰なの?僕たちは進んで某国のテロリストになったわけじゃないよ?遊びでチンチン切られてさぁ、さんざん性欲のはけ口にされてさぁ。でもそれでも言うこと聞いて、食べて命をつないだのは僕自身であり、冴ちゃん自身だもん。国が何を守ってくれるのさ?僕たちが愛国心を持っていたから、日本にテロリストとして送り込まれてすぐに政府に垂れ込んだんじゃん。課長の怒りの矛先は違うにもほどがあるよ」
「なんでお前はそんなにヘラヘラしてるんだよ!冴子が死んだんだぞ?!」
「それは課長たちが安全で、平和な国で育ったからだよ。僕とか冴ちゃんの命なんてさぁ、例えじゃなくて本当にタバコ1本、トイレットペーパー1巻きより軽いんだ。手が滑って上官のタバコ1本を折ってしまって目をえぐられて殺される。手が滑ってトイレットペーパー1巻きを川に落として四肢を切断されて殺される。冴ちゃんや僕が死ぬなんてさぁ、その程度のことなんだって。人の命とゴキブリの命の重さの違いなんて、僕たちにはわからないよ。僕や冴ちゃんの命をそこまで軽くした日本政府を恨まずに、日本国民を守るために頑張っている僕らにその口の利き方はどうかと思うけどね」
上村は表情を変えてすっと席を立ち、直立不動から深く頭を下げた。
「日本国政府職員として、お前たちを守れなかったことを深く謝罪します。申し訳ありませんでした」
光也は笑いながら言う。
「やめてよ課長。課長に謝ってほしいわけじゃないって。課長が今回の銃撃戦のことに話を振るのがおかしいって言っているだけ。僕や冴ちゃんは日本国民である翔子ちゃんや悠太君や美咲ちゃんを守らなきゃ。その話をしようよって言いたいだけだよ。でも課長。僕は今回の件が落ち着いたら消えていなくなるからね。僕をNSSにつなぎとめていたのは課長じゃなくて冴ちゃんだ。冴ちゃんの頼みだから聞いていた。自信無くさないでよね。それまでは一生懸命頑張るからさ」
次の瞬間、ミーティングルームは真っ白な世界になった。そこには真理雄と冴子だけがいた。
「あ、冴子さん。どうしたの?アニマとして直接語り掛けてくるなんて」




