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縁の理(えにしのことわり)下巻~理不尽で不可解な溺愛と執着は、生まれる前に交わした約束とキスの証明  作者: 平瀬川神木


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第6話 特等星堕ちる

 国道1号線を北に向かい、翔子を乗せた黒いワンボックスカーを視界にとらえた、真っ赤なドゥカティ851を操縦する真理雄は、タンデムシートに跨る冴子に言った。

「冴子さん。後ろから同じ黒いワンボックスカーが猛スピードで追い上げてきます」


 冴子が振り向くと、そこにはエコー隊が乗るワンボックスカーがいた。

「ドローンを出せ!あのバイクは一味だ。誰だ?目隠しペイント弾のドローンで相手の視界を奪え!」

 エコー隊の分隊長の指示で、窓からドローンが飛び出した。


「ええ?ドローンですよ!冴子さん」


「爆弾じゃないわよね。民間人を巻き込ませるのはまずいけど」


 冴子は運転する真理雄のおしりをはさんだ両ひざを強く締めて身体を安定させ、背中に背負ったFNハースタル社のFALバトルライフルを振り向きざまに構えた。


 ドットサイト越しにドローンを捉えながら呟く。

「あーん。スコープにすればよかった」


 愚痴ともとれる発言と共にトリガーを引く。その瞬間、空中にいたドローンは落下した。


「うお、さすが冴子さん。お見事」

 次の瞬間冴子は、FN・FALの銃口を下げてトリガーを引く。


 エコー隊の乗っていたワンボックスカーの前輪が破裂してスピードが落ちていった。

「さあ真理雄、翔子ちゃんにさっさと追いついてちょうだい」


「了解!」


 真理雄はアクセルをひねって一気に加速。

「万が一にも翔子ちゃんに当てる訳にはいかないから、できるだけ近づいて!」


 冴子はFN FALを背中に回して、左腋のホルスターから同じFN社のブローニングハイパワーというハンドガンを取り出した。

「右から一気に抜いて!」


 真理雄は指示通り反対車線に飛び出して、デルタ隊と翔子が乗ったワンボックスカーに並んだ。


 冴子は一瞬のうちにワンボックスカーの右側両輪に9ミリ弾を撃ち込み、ワンボックスカーはバランスを崩して急ブレーキを踏んだ。


 冴子はドゥカティを滑るように離れると、右手のナイフを逆手に返した。太陽光が刃先をキラッと白く光らせる。


 ワンボックスのスライドドアががらりと開き、黒装備の2人が降りてくる。黒いアーミーブーツのゴム底が路面を噛む『ギュっ』という音、冴子のコンバットナイフと民兵が持つ銃火器がぶつかり合う乾いた『ギャン』という音。民兵が息を吸う。その隙間へ、冴子は一歩目で沈み込み、二歩目で前へ。


 動きは最小限。袖口を払うように、撫でるように、肉を切り裂く手触りを確かめるごとく冴子が持つ刃が往復する。


 最初の1人は、何が起きたのか分からない顔で指が勝手に開き、銃が路面で跳ねる。冴子は地を這うように2人目の足元アキレス腱にナイフを滑らすと、民兵は足がもつれて糸の切れた操り人形のように膝が落ちる。5秒遅れで運転席から出てきた三人目の胸元に飛び込んだ冴子がナイフを泳がせると、銃器の構えを保とうとしても肩が抜け、冴子のナイフが喉元を撫でるとかすれ声が喉から漏れた。


 冴子は呼吸を乱さずに、周囲に目を配る。


 1人目の民兵はまだ立っている。だが足は止まり、両腕はダランと垂れ下がっており、視線は泳いでいた。道路に倒れた2人目の民兵が銃を拾おうとして、結局やめる。


 交差点の付近の誰かが鳴らしあうクラクションが、倒れた銃のストラップを揺らしている。

「……完了」


 独りごとのようにつぶやいた冴子は振り向き、黒いワンボックスカーの後部座席に座っていた翔子のそばに駆け寄った。


「翔子ちゃん。久しぶりね。私が誰かわかるわよね?」


 唇が青くなっている翔子は何度か頷いた。


「怖かったわね。でももう大丈夫。あのバイクの後ろに乗って、この背が小さいお兄さんにしがみついていてね」


 そう言いながら冴子は翔子を抱きかかえて、ドゥカティのタンデムシートに乗せた。

「真理雄、あわてず急いで外務省管轄の御殿山セーフハウスまで。転んだりしたら殺すからね」


 真理雄はうなずくと、抑え気味の急発進で走り出した。


 次の瞬間、エンジン音に冴子が振り向くと、猛スピードでアルファ隊が乗ったワンボックスカーが、真理雄が運転するドゥカティに迫った。


 冴子は背中に背負ったFALバトルライフルを構えようとしたが、一瞬早く乾いた発砲音が響き冴子はその場に倒れた。


 ワンボックスカーの開いた助手席窓から乗り出した菊池小隊長が放ったM4A1のNATO弾が、冴子の心臓近くを打ち抜いた。


 また次の瞬間に乾いた発砲音がとどろき、ワンボックスカーの窓から身を乗り出していた菊池小隊長が道路に落下した。


 その後ろには、PP-19Bizonを構えた光也がいた。

 ワンボックスカーからは、3名のシカゴグリーンの民兵が降りてきたが、無言のまま光也は引き金を引く。


 3名の民兵が倒れると、光也は冴子の元まで走った。


「……光也……1回位あなたと寝ればよかったかしら?」


「僕も近いうちにそっちに行くから、そしたら約束通りしよう」


「……フフフ……あなた切り取られて性器ないじゃないの……」


「それでもいい仕事するって評判なんだってば」


「……それにしても……Bizonなんて笑うわね……中央アジアのテロリストの匂いがプンプンしているわよ」


「自分だってFALなんて、アフリカのテロリスト臭がプンプンだよ」


「……日本に送り込まれた時に……持たされたのよ……」


「僕も同じさ。お互い、面白くもひどい人生だったね」


「……」

 光也の腕の中で、冴子は脱力して返事を返すことは無い。


 光也は冴子がかぶっているヘルメットを外し、うっすらと涙が流れ落ちた瞳にキスをした。


「冴ちゃんが死んだんだから、僕は今回のことが終わったらNSSは抜けさせてもらうからね」


 遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてきていた。


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