第4話 情報の錯綜
光也が自衛隊や警察の監視カメラのハッキングを発見した翌日の朝、NSSでは会議が行われていた。特殊案件係の係長である佐藤冴子が、タブレットを操作しながら状況説明をしていた。
「という訳で、今回の警察や自衛隊が管理する監視カメラへのハッキングといい、最近起こっている共産主義国人民解放軍、サイバー戦部隊の閃電白虎が実行している、アリシアに対するハッキングといい、何かしらの力が日本に向けられているのは確かよね」
外事課長の上村が光也を睨む。
「で、今回のハッキングの発見者である光也の意見は?」
朝から自分のペースが乱されて、機嫌の悪い光也が右肘を机につき、その手のひらに顔を乗せた姿勢で答える。
「知らないよ。僕が有能だから見つけただけで、僕が仕掛けたわけじゃないもん。多分エキドナだよ。今回のハッキングは。ホントたまたま見つけただけなんだから。この僕がだよ?すごいレベルの高いハッキングだった。だいたいが僕は実戦が本職なんだからね。そもそもエキドナと共産主義国なんて全く関係ないんじゃないの?エキドナと共産主義国なんて水と油じゃん。僕ネットではバレルライトって名前を使っているんだけどさぁ、ジョシュって仲が良いハッカーも言ってたよ。情報の自由流通の対極にいるのは共産主義国だって」
光也の隣に座る近藤真理雄が小さく手を上げる。
「あの~。関係なくはないですね。光也さんの言う通り、どちらかといえば敵対関係といえる共産主義国とエキドナですが、そのネガティブな関係性でつながっている現状があると言えます」
冴子が眉間にしわを寄せる。
「どういうこと?何か把握しているの?」
「エキドナは共産主義国のコントロール権を狙っているという情報を得ています。その目的は、最終的に世界のコントロール権です。世界の人間に正しい情報を流すという目的がエキドナの存在意義です。エキドナは情報のコントロールに関して、世界で頭一つ二つ抜けた存在ですが、少人数なのでアナログな動きは苦手です。天然資源の豊富さや人口の多さ、国家株主体制が故の市民のコントロールのしやすさ。低賃金構造。ここら辺が共産主義国が世界の工場となっている理由であり、その結果エキドナが共産主義国のコントロール権を欲する理由。世界第2位の人口を抱える国ですから、エキドナが実際にコントロール権を奪取することは簡単では無いと思いますが。例えばエキドナが何かしらの情報を共産主義国に流して、共産主義国がそれに踊らされるってことはあると思います。共産主義国が欲しがっているアリシアを、共産主義国が奪取できるように陰で情報を流し、結果としてエキドナがアリシアを手に入れるってことはあるのでは?」
冴子は思考を巡らす面持ちで言う。
「共産主義国がアリシアを欲する理由は、共産主義国が仕掛けた世界一路構想を止めさせたというのが理由。だからリウ主席はアリシアを設計した安田美咲を共産主義国に国賓として招待した。その友達であるあなたも行くんでしょ?でもエキドナがアリシアを欲しがる理由は何?あれだけの能力の集団なんだから自分で作ればいいじゃない」
「エキドナがアリシアを欲する理由の一つは時間です。AIはベースが良くても勉強させるにはそれなりの時間が必要です。だから世界のAI会社は無料でユーザーに使わせて、多くの人間と会話させ、勉強する時間を短縮させている。対価は莫大な電力くらい。エキドナが有能なAIのベースを作っても、一般ユーザーに開放することはできない。だからすでに実用ベースにあり、それが高レベルであるアリシアを欲した。ここらへんじゃないでしょうか。我々が注意する点は、エキドナが具体的作戦の実行開始を目の前に迎えている可能性についてです」
何かを思い出したように光也。
「そういえばさぁ、今までは無かったんだけれど、3日前くらいにアリシアを運用している会社であるエリシオンのアメリカ本社からアリシアにアクセスしているんだよね。これって気にするべきことなのかな?」
冴子がさらに眉間のしわを深くする。
「ダウンロードされた形跡でもあったの?」
「それを見つけていたら、すぐに共有するよ。それに前から言っているけれど、アリシアはネット上には存在しない人格記憶層が無ければ結構ポンコツだよ?エキドナが人格記憶層を欲しいのであれば、厚労省がある中央合同庁舎の5号館まで来なければアリシアの中核部には入れないんだから、問題ないじゃん」
冴子は上村課長に視線を向けた。
「課長。安田美咲、悠太、その娘の翔子に関してしばらくの間、保護すべきだと提案します。もし真理雄の情報が正しければ、こちらが想定できない動きが生まれます。流れ弾に当たるようなことになる前に、あの家族を保護しましょう」
上村は冴子を見る。
「どのレベルで?」
「自宅や職場の24時間警護をNSSで実行。期間はもう少し情報が集まるまで」
「お前たちもそんなに暇じゃないだろうが。警察に依頼だ。俺の名前で即時実行させる。それでいいか?」
冴子は不満げに顔を左右に振った。
その日の夕方から、私服警察官が2名ずつ美咲の職場である黒田病院、悠太の職場の厚生労働省がある中央合同庁舎5号館、翔子の学校である吉住小学校での警護が始まった。情報漏れを防ぐために、本人たちには事実を伝えずに、それぞれが移動する際には私服警察官がある程度の距離を保っての尾行警護となった。
その日の夕飯の時間、安田家では美咲が悠太に言う。
「今日ね、病院出てからずっと誰かがついてきていたのよね。悠太君、私のことが心配で探偵でも雇った?」
びっくりした表情を浮かべる悠太。それを見て笑いながら翔子も言った。
「わたしもがっこうでみたひとが、いえのまえまでついてきたよ。だるまさんがころんだみたいにふりむくと、おみせにはいったりしていたのがおもしろかった」
悠太は心配な表情に変わっていく。
「え……僕は誰もついて来たりしていなかったけれど……心配だなぁ。冴子さんに相談しておいた方が良いかなぁ」
美咲が笑いながら答える。
「悪意は感じなかったから。続くようであれば一応相談しておきましょう。それよりもね、チェンさんに共産主義国に行く日取りとメンバーを伝えて以降、返信が無いのよ。大丈夫なのかしら?」
悠太はまたしても心配そうな表情を浮かべる。
「え~?もう一度連絡してみたら?」
「でもすでに3回連絡しているのよ。チェンさんが病気とかじゃなければいいのだけれど……」
美咲の言葉に、家族3人で心配そうな表情を浮かべた。




