第3話 消耗戦と化す戦力の逐次投入
シカゴグリーン社長室。エキドナの幹部が使うチャット画面を映し出すスマホから、視線を入口ドアの脇にあるデスクに動かしたCigsことレナード・グリーン。
「ブラック。ちょっといいかい?」
デスクに座りノートパソコンで情報を整理していた『ブラック』と呼ばれる男もまた、視線をパソコン画面からレナードに移して席を立った。
身長が2メートルに近いが細身である彼は、黒人の母親とブラック自身は知らない、おそらく東洋人の父親の血が混ざりあっている肌の色。緩やかなウェーブの髪の毛をオールバックのように後ろに撫でつけている。
レナードはブラックに自分のスマホを渡すと、ブラックはそこに映されている文字を目で追った。レナードは煙草に火を付けながら言う。
「どうしたものか。考えを聞かせてくれ」
ブラックは視線をスマホから外しレナードに向ける。
「セプテンバークラスのハッカーが手に入らないというのであれば、ネット上には存在しないのでしょう。1か月の時間をいただければ、私がこの『安田悠太』という人物と接点を作ります。ですがジュネーブコンパクトの準備はすでに整っている。レナードが言った通り5日で準備を整えるのであれば、少し乱暴な手段でことを進める必要を感じます」
「少し乱暴にというと?」
「本日中にこの安田悠太という人物の身辺を調査。3日目までに日本国内で自由基地を改修。5日目までに安田悠太をシカゴグリーン1個小隊で確保。8日目にセプテンバーと面会させる。いかがでしょうか?」
「1個小隊……32人は派手過ぎやしないか?せいぜい1個分隊8人で十分なのでは?」
「私はレナードが言った言葉は絶対であることを証明したいのです。あなたがリーダーであり続けるために。それは資金力ではなく実力をもってそうであることを、セプテンバーに理解させるために」
「お前はセプテンバーが苦手か?」
「いえ。ですがセプテンバーはそのハッキング能力から、リーダーであるあなたを少々見下すところがあります。セプテンバーの不可能を可能にする事実を提示したいだけです」
「……わかった。自由基地は栃木県の銅山跡地を使うのか?」
「はい。MORSウイルス世界蔓延時に、世界中の富豪がウイルスをシャットアウトしていた日本に逃げ込みました。彼らの身辺警護依頼対応のために、裏ルートで米軍に運ばせた銃火器をストックしてある、栃木県の足尾銅山跡地の基地を使います。そろそろ一度手を入れた方が良いタイミングでしょう」
「ブラックは日本語も?」
「はい。共産主義国語ほど得意ではありませんが、韓国語と日本語は似ていますので、どちらもある程度の会話は問題ありません」
「頼もしいな。では一任する。準備が整い次第、お前からセプテンバーに詳細を伝えてくれ」
「かしこまりました。小隊選択もお任せいただけますか?」
「希望があるのか?」
「小隊長に1名、日本人がおります。彼の小隊をと考えておりますが」
「頭の中ではすでに作戦が始まっているんだな。わかった。任せた」
ブラックは民兵組織の社長秘書らしく敬礼をして、社長室を出て行った。
ブラックは即刻日本人の菊池が隊長を務める小隊に日本への出動を命じる。
その後すぐにエキドナ幹部のジョシュに連絡を取り、安田悠太の住所や家族、生活パターンの調査を依頼した。
ジョシュはすぐにエリシオン社のサーバーに潜り、安田悠太の基本情報や写真を入手。その後、日本の警察や自衛隊などが管轄する監視カメラから、安田悠太の情報収集を始めた。ブラック自身は先乗りの形で、その日のうちにアメリカン航空の羽田行き直行便に乗り込んでいた。
日本に着いたブラックは、銅山跡地付近の自由基地の管理を行っているエキドナ隊員の3名に状況を伝えて、5名の日本人警備員に対して小隊の訓練を理由に、2週間の有給自宅待機を伝え基地の情報漏洩の危険性を排除した。
菊池小隊長から成田空港に到着した旨の報告を受けるのと同時に、ジョシュから安田悠太の調査結果を受け取った。
ジョシュからの報告には調査の後半で、日本政府機関から邪魔が入ったことも添えられていた。
基地に小隊が到着すると、すぐにカンファレンスを行い。3日後に安田悠太の娘である安田翔子を誘拐し、それをエサに安田悠太をつり出す作戦を伝えた。
カンファレンスでは、ブラックが用意した作戦がアメリカの政府要人でも引っ張り出すレベルの慎重なものだったため、その必要性の確認が菊池小隊長から上がった。
「ミスターブラック。日本は西洋各国に比べて平和な国です。直接安田悠太をターゲットにした方が良いのではないでしょうか?」
「その件だが小隊長。エキドナ幹部がアリシアの管理技術者である安田悠太の情報をリサーチしている際に、日本の政府機関に妨害されたらしいのだ。エキドナの幹部のハッキングを把握してブロックをかけてきたという事実を考えれば、アメリカ国防総省以上の技術力を前提に作戦を立てるべきだ。日本の武力は弱かったとしても、ここは日本。物量で押されれば我々の次の一手が難しくなる。つまり失敗できないファーストコンタクトだ」
ブラックが重厚な作戦の意味を伝えると、カンファレンスの場はそれなりの緊張感に包まれた。
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ブラックが小隊との作戦カンファレンスを行う12時間前の日本、東京霞が関中央合同庁舎8号館、内閣官房国家安全保障局、通称NSSの外事課特殊案件係戦術介入班の班室では、本来近接戦闘や破壊工作などの専門官である伊藤光也が、正体不明のハッカーから自衛隊や警察に対して極秘裏にハッキングが実行されているのをリアルタイムで把握した。
光也はサイバー攻撃対策の専門部署である、NSS情報分析科情報技術解析係と共にこのハッキングに対応した。
目的は不明だが、最終的に警察の監視カメラを使って、誰かを探している可能性を仮説としてNSS全体で把握した。




