第13話 食事を提供し手に入れた黒い盾
レナードは『腐敗や不正がない世界』を実現させるには、これまでのネット上のIT能力や情報戦に特化したチーム以外に、アナログな行動を受け持つことができる実行動部隊が必要だと考え、警察官時代とFBI時代の知人何人かに声をかけた。
結果としてレナードは、10人足らずの小規模なPMC(民間軍事会社)を立ち上げた。その名前を『シカゴグリーン』として規模を拡大させていく。
レナードが持つ会話術やカリスマ性により、顧客とスタッフの両面での拡大の流れを呼び込み、短期間でシカゴグリーンの民兵数は100名を超える。この中から訓練、選別で大隊長の4人を選び、大隊長は残りの民兵の中から中隊長を16人選んだ。
その後定期的に傭兵を募集したり、それぞれのネットワークを使い人員を増強していき、最終的には4大隊、16中隊、64小隊、256分隊、総計1000人を超えるPMCシカゴ・グリーンが出来上がった。
現代において正規国軍も含めた兵とは、守る、防ぐを目的として作り上げられている。元々兵とは、奪う、壊すを目的として生まれたものであるのだが。中隊長までは統制が取れており、現代の目的を実行するのに望ましい、有能な民兵が集まっていた。
しかし64名の小隊長レベルになると、その半数は良く言えば攻撃力、悪く言えば暴力的な兵であるとしか評価できない実情があり、その下の分隊長ともなればさらに統制という言葉が遠くなる実情がある。
つまり本来の兵が生まれた理由や、そこに求められる特性を考えれば致し方ない事どころか望ましいことだと言えるが、現代の、ましてや行動原理が祖国を守るという崇高なものではなく、カネ儲けのために何かを、誰かを守ることが主な役割であるPMCにとっては、乱暴で攻撃的で考えるより暴れることを好むメンバーが増えてきたという現実は、代表であるレナードの頭を悩ませることであった。
レナードが自宅に戻ると、キッチンの奥から身長が2メートルに近いやせ形の、一般的なアフリカ系アメリカ人より若干肌の色が薄い、レナードより10歳以上若い男性が出てきた。
「お帰り、レナード。食事は食べるでしょ?」
「そうだな。何軒かメール対応しなければならないので、スリーゼロマイクにリビングに戻るよ」
「ハハハ。そういうところ、民間軍事会社の人間っぽい言い回しだね。30分後アイコピー」
ブラックは笑いながらキッチンに戻っていった。
レナードが田舎町の警察官だったころ、まだ10歳にもならないブラックが麻薬の運び屋をやっていた時に逮捕したのが、この2人の初めての出会いだった。
ブラックの母親はスラム街に住むアフリカ系アメリカ人であり、レストランの裏方として働いていた。父親はどこかの東洋人であるらしいということはわかっているが、どんな人間が自分の父親であるかをブラックは知らなかったし、母親も誰がブラックの父親であるかについては、絶対的な確信を持てていなかった。
残念なことではあるが、その後もレナードは『警察官と被疑者』という関係で何度もブラックと接点を持った。
イリノイ州では13歳未満の子供について、長期にわたる拘束はできないため、保護者への引き渡しが基本となるが、改善は見られない。児童家庭局や警察が持つステーションアジャスメントというシステムを使い、カウンセリングなども行ったが改善は見られなかった。
ある時、街でブラックを見かけたレナードは食事に誘った。ブラックのお腹が鳴る音を聞いたからだ。ブラックは警察官に誘われたにもかかわらず、笑顔で食事に応じた。
レナードはブラックに対してこれからも犯罪を重ねれば、保護者である母親が処罰される可能性があることを告げると、ブラックの表情はみるみる暗くなる。
ブラックが小学生になる前には、母親の体調が悪くなっており、家賃の支払いも滞り始めた。当然食べる物も事欠く毎日だったブラックが、その年齢で自分と母親の食事を手にする事には、それなりにリスクが伴うこと以外にはなかった事実。
ブラックはただ自分が食べるため、母親を食べさせるために麻薬の運び屋をやっていることをレナードは知った。
すでに刑事になっていたレナードはブラックに、自分の家に住み込みで家政婦をやらないかと誘った。レナードは刑事のかたわらで、エキドナのメンバーとしてコンピュータープログラムを組んで収益も得ていたため、母親が住む賃貸住宅の家賃や最低限の食事代くらいの給与を提示できた。
ただし条件として、本来中学校に通っているはずの年齢に達していたブラックが、学校に通うことを付け加えた。それを聞いたブラックは、寒い冬が明けた春の朝のような笑顔を見せてうなずいた。
その日以来、ブラックはレナードの住まいの一部屋を自分の家として暮らし、学校でかかる費用はレナードが出し、母親の金銭的な面倒も見られるようになった。
レナードがFBIのシカゴ支局に移る時にも、ブラックは共に居を移し、母親には送金を続けていた。
数年後、レナードはブラック本人、ブラックの母親と話し合い、里親としてブラックの後見人になることをイリノイ州に届け出た。
ブラックは麻薬密売の運び屋として警察から逃れる手順を構築したり、新しい麻薬を欲する顧客を掘り出すことにも長けていた。もともと持っている知能の高さがあったため、小学高学年の黒人ハーフであるにもかかわらず、田舎町のギャング集団の中で将来を嘱望される存在となっていく。
そんなブラックだったが故に、まともな生活の中で学校に通いだすと、成績はどんどん上がる。ブラック自身が新しい知識を知るということが楽しく、真綿が水を吸収するように膨らむ。
そんなブラックは世界ランキングでも上位とされるシカゴ大学に通った。幼いころから犯罪組織の一員となって人間の欲望や暴力性の中で育ったブラック。レナードという正義感溢れる警察官に出会い、泥沼から抜け出すことができたブラック。人と人との交流や関係が何かを良い方向にも、悪い方向にも動かすことを知っていたブラック。
彼は人が人に与える影響という事実に興味を持ち、シカゴ大学で政治学と経済学を学んだ。
大学卒業後の生き方について、レナードは自分の興味があることをやる様に伝えていた。本心としては仕事でも自分のフォローをして欲しいという思いはあったが、レナードがブラックの将来に口を出してしまっては、今までのこと全てが利己的な行動に変わってしまうような気がして、ブラックをシカゴグリーンのメンバーには迎えていなかった。
ブラックが高校生や大学生の時に、FBIの捜査員であったレナードの捜査を助けていたという事実がある。ジャンキーや売人や何ならプロの殺し屋のまねをして相手に近づく。そして情報を入手してレナードに渡していた時期があった。
ブラックはそれらの情報を、自分で『捜査』したのではなく学校の生徒同士の『噂話』として聞いたとしてレナードに伝えていた。
レナードはそれらの情報のおかげで多数の犯罪者を検挙することができていたが、ある時ブラックがその捜査の過程で窮地に落ちた。命の危険はブラックの機転で回避したものの、それを知ったレナードは二度と情報屋の真似事などしないように、ブラックに強く言った。
その時の経験もあり、レナードは危険な世界で生きている自分とできるだけ距離を取らせるべきだと考えて、ブラックの将来はブラックの世界であることを重視していた。
そんなある夕食の日、帰宅後メール対応を終えて30分ピッタリにダイニングに現れたレナード。
レナードはシカゴグリーンの民兵数は増えてきたが、個の統制の難しさをブラックに愚痴のように漏らした。
「ねえレナード。僕をシカゴグリーンで雇ってもらうことはできないかな。ご存知の通り僕はこの社会の末端で生きてきた人間だ。色々な人間を見てきた。もし僕がレナードに会えずにいたら、身体を鍛えてギャングか兵士になっていると思うんだ。暴力で何かが手に入ると信じている人間にね。だから僕にはわかるんだ。レナードが手を焼いている民兵が何を求めているかってことが。僕から見ればレナードは恵まれた環境にいた人だ。そしてその恵みを僕にも分け与えてくれた人だ。だからレナードは僕がいたような、底辺の世界に身を置いたことは無い。警察官として関わったことはあってもね。夜眠るベッドは温かく安心できるものだったはずだ。僕は冷たく硬い、安心などできないベッドに眠って子供の頃を過ごした。だからそういう環境の中で育ったヤツの気持ちは理解できる。僕は民兵になれるほど体力に自信は無いけれど、民兵の世話を焼くことはできる。民兵の世話役として僕をシカゴグリーンで雇ってくれないかい?」
その言葉を聞いたときのレナードの表情は、ほっとしたような、悪行を選択するような、なんとも言えない表情になっていた。
結果としてブラックは、1週間後にはそれまで働いていた政治家の事務所をやめて、シカゴグリーンの社長秘書となった。




