第12話 見えない電子で世界の舵を取る怪物
光志は暗号通貨のプロジェクト開始直後、パソコン通信時代から仲良くして、ともに様々なシステム構築やプログラム作成を行ってきた『Cigs』からこのシステムの設計者、運用管理の胴元としてのロイヤリティーについて相談された。その時クレジットカードの店舗手数料は、少ないカード会社で3%程度だから、自分たちはその10分の1である0.3%程度を取るのはどうか?と提案された。
光志は仲間内で使う精算システムの使用手数料を取るということは考えもしなかったが、Cigsが言うプロジェクトの作成と維持の対価を設定したいという考えを否定はしなかった。
了解した光志はこのプログラムの中心部分に、この仮想通貨の持ち主が変わるごとに、Cigsが言っていた取引率からさらに控えめな数字である0.01%が光志とCigsの暗号通貨口座に移動されるコードを仕込んだ。
Cigsはこのプロジェクトの始動開発者として、光志の名前もプログラムの中心部に残すべきだと言い、光志にとってはどうでも良い事であったため、あいまいに拒否はしない態度を示した。
Cigsはこのプログラムコードの先頭に、
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/* Author: Kohshi Nakamoto
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と書き記した。この暗号通貨の開発者名が『コウシナカモト』であると決定した瞬間だった。
仲間内で始めたこの暗号通貨の1日平均取引額が、30年後には6兆円に達し、1日6億円、年間2190億円の手数料が自身の口座に入金されることや、謎の天才プログラマーとしてコウシナカモトという名前が世界に知れ渡ることになるなど、考えもしていない光志だった。
光志の仲間たちは現実には具体的なチームではなかったし、メンバーはプロジェクトに参加しなければならないという強制的なルールも存在していない。それぞれ自分が興味あることには手を貸すし、興味が無いことには参加しない。個別の集団といえるチームだった。
仕事で作成したプログラムの問題解決のアイディアを出し合ったり、犯罪者や世話になった人物や、自分の妻の足取り追跡を仲間に依頼して、世界中の監視カメラの映像をハッキングして追っかけたり、政治家や団体トップの悪い噂が流れると、その政治家や団体トップのメールや秘密のデータサーバーに入り込みその中身をリークしたり、メンバーそれぞれが少しの電気代とそれぞれのスキルを持ち寄って、大きな流れを生み出していた。
ある時誰かが、『俺たち』というのは何を指すのかわからない時があるので、この集団を何と呼べばお互いの誤解が生まれないかという話を持ち出した。
このメンバーが作り出すプログラムやリーク内容は、どれも怪物のように世界に影響を与えたり、正義の怪物のように腐敗した政治家や団体トップを食い散らかすので、怪物を生み出すエキドナと呼ぶのはどうかと誰かが言い出した。
その瞬間からこの集団はエキドナと名乗るようになった。
自分たちを名乗る呼称が何となく決まったタイミングで、それまで色々なプロジェクトを発案して引っ張ってきた光志は、このチームから外れることを仲間に告げた。正式にそうであったわけではないが、事実上このエキドナのリーダーのような存在だったので、多くのメンバーが衝撃を受けた。
理由は光志との付き合いが一番古く、一番仲良くしていた『Cigs』だけには伝えられていた。
姉である志保が、光志をフォローしていた経験から、光志と同じように苦しんでいる子どもを助けたいという目的で、自身でNPO法人を立ち上げる計画を立てた。人とのかかわりをさほど必要とせず、社会にとって必要性が増しているプログラマーを育てる団体を作りたいという内容だ。
志保は光志がエキドナと名乗る世界で頭一つ抜けたサイバー集団のリーダー格であることは知らないので、プログラミングを教える先生をやってほしいと依頼した。光志は自分が何かを教えることに成功体験を持っていたし、なによりさんざん世話になっている志保に恩返しするチャンスが来たと考えて、自分のリソースをそちらに振る決断をしたことがその理由だった。
この当時の光志は、インターネット上で仕事の依頼を受ける『個人請負プログラマー』と言える立場であり、年間で200万円くらいの収入を得ていることは確かであったが、姉の望みをかなえていくには資金が全く不足していた。
そこで光志はそれまで積極的な営業活動は行ってこなかったわけだが、姉が作ったNPOで指導者を行う傍ら、独自の『クラウドシステム』の構築を始めた。
当時はまだ中小企業であっても情報を自分たちが用意した、ローカルサーバーで保存して共有するのが一般的であった。
インターネットの通信速度が速くなってきていた時代に大企業などがわざわざVPNを用意して、本社と支社を接続してデータ共有する様を見て、バカっぽいと感じていた光志。
P2Pとは逆の発想で、専門家が管理する1台のサーバーをインターネット上に置く事により、特別な回線など使わずにどこにいても使えたらきっと便利。そう思った光志は、入りやすさと入れないという利便性とセキュリティーを両立することが必要なクラウドシステムのプログラミングを組み始めた。
光志が初めに作ったアイディアを、物販としては世界一となっていたが、あくまでも物販会社であったアメリカの通販大手の技術者に送った。その技術者はエキドナで昔から光志と共に色々なプロジェクトに携わってきたパパというハンドルネームの人物だ。
仲間から外れた光志からの連絡は嬉しかったし、その内容は大変面白いものだった。今持っている通販システムを、一般企業にもデータ置き場として売り出すプランである。つまり持っているシステムのプラットフォーム化である。無論データ漏洩を避けるためのプログラムなども含めて。
パパはこのシステムを会社に提案すると、あっという間にそのアイディアは本社決済対象となった。この噂を聞き付けた検索大手やOS大手も、次の一手としてのクラウドサービスについての模索を始めていた時期であり、それぞれの会社から、パパへの引き抜きが始まった。
パパは正直にこのシステムを生み出したのは自分の友人であることを告げ、光志のメールアドレスをそれらの会社に伝えた。結果として光志が所属する姉のNPO法人には、世界トップクラスの多くの会社から、クラウドシステムの構築についてアドバイザーとしての依頼が舞い込む形となり、金銭的な問題は一気に解決した。
結果として光志は、アメリカ大統領より世界に影響を及ぼした。だが世界のゲームチェンジャーとしての仲本光志の姿を知る人はいない。光志は当初から「kohshi」と名乗っており、彼が仲本光志であることや暗号通貨の生みの親である「コウシナカモト」であることを知る人物はCigs以外にはいなかった。
光志が今まで手掛けた様々なプロジェクトに、ずっと付き合っていた仲間であるCigs。
本名レナード・グリーン。
このレナード・グリーンは、アメリカイリノイ州、シカゴに生まれ育った。父親が保安官であったレナードは、正義感溢れる性格であり、自分は少し離れた田舎町で警察官になった。
若かったが短期間で捜査成果を上げ続けたレナードは、3年弱で刑事になる。さらにその3年後、FBIにスカウトされて移籍した。
3年で刑事に昇格するだけの成果を上げ続けられたのは、エキドナメンバーによるデジタル捜査の協力が大きかった。その後3年でFBIの目に止まるほどの成果を上げ続けられたのは、エキドナの協力は当然として、レナードの捜査に協力する存在が他にもできたことが強く影響していた。
しかしレナードがFBIで向き合ったのは、現実世界を取り巻く不正と腐敗。そしてそれらを排除できない自分の力不足。
憧れ信じてきた父親の腐敗もFBIの捜査官として知ることになり、それをレナードの上司が簡単にもみ消した。それを見たレナードはFBIを退職した。
レナードは光志との長い付き合いの中で、プログラミングや人間の感情や一般人の考え方、経済活動などにアドバイスをしてきた。同じようにレナードが関わる捜査に対して協力をしてきた光志やエキドナのメンバーたち。顔が見えない関係だったからこそ、そこには嘘偽りは存在していなかった。
自分たちならば、腐敗のない国、腐敗のない世界を作れるのではないか?レナードはそう思い始めていた。




