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縁の理(えにしのことわり)下巻~理不尽で不可解な溺愛と執着は、生まれる前に交わした約束とキスの証明  作者: 平瀬川神木


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第11話 分散(チェーンブロック)という名の福音

 光志が一度も通学しなかった中学校を卒業するころには、7歳年上である兄の堅志は北海道大学4年生として卒業を待っていた。5歳年上である姉の志保は自宅から通える教育大学に進学し、3年生に上がる手前となり、光志のフォローを続けている。


 そんな寒さも和らいできた初春の夜、トイレに向かう光志は廊下で堅志と志保の部屋から洩れる話し声が耳に入った。

「堅兄ちゃんは環境分析ラボに就職が決まったけれど、奨学金の返済ってどのくらいだっけ?」


「俺は1万円が13年だからどうにかなるよ」


「私は2万円弱が17年だから、結構響くわよね」


「志保はお父さんが出すって言ってたじゃん」


「研究者なんて大した給料じゃないじゃないの。光志が働くのは難しいし、自分の分は自分でどうにかするわよ。実家で暮らさせてもらっているんだしね」


 光志にとって、生活はそこにあるもので、そこにお金がかかっていることを脳では知っていたが、この夜初めて心で理解することになった。

「……僕も何かしなくちゃ」

 光志は小さくつぶやいてトイレに消えた。


 光志の部屋には、父親が知人から中古で購入したPC98というパソコンがあった。マウスという入力装置はまだ存在せず、キーボードだけで人間の意志を機械に伝える時代だ。


 光志はこのパソコンでゲームプログラムを組んで自分で遊んだり、パソコン通信というデジタル上でつながりあうことができるシステムで、知らない人との会話を楽しんでいた。


 パソコン通信上で知り合った人間に、郵送でゲームプログラムが記憶されたフロッピーディスクを送ると、光志のゲームは面白いと評判を得ていた。


 当時のデータ通信は、一般固定電話回線を使っていたので、通信中は電話が話し中になる。したがって、誰も電話をしてこないであろう夜の時間に通信を行う必要があったし、通信した時間分だけ通話料金がかかっていた。その通信速度もまだ実質50Kbps程度だったため、光通信の2万分の1程度の速度。


 したがって光志が作ったゲームをネット上で共有できる訳もなく、データはフロッピーディスクという『モノ』に抱かせて、郵便で物理移動させる以外に方法は無かった。当然のように、動画どころか写真や音楽などのやり取りがネット上でできる訳もなく、パソコン通信でやり取りするのは文字だけとなる。


 その数年後インターネットが開始され、ISDNという2回線使用のデジタル電話回線が導入された。これにより『話し中問題』は解決された。それでも通信速度は1回線で64Kbps。話し中を覚悟して2回線を通信に当てても128Kbpsであり、光通信の1万分の1程度の速度。


 堅志や志保に勉強を教え結果を出したことが楽しいと感じた光志は、インターネット上で何かに困っている人を見つけるために、パソコン通信時代に存在したフォーラムという人々が集まる掲示板のプログラムを書き、『io ch』(イオチャンネル)として運用し始めた。この掲示板プログラムは後に売却されて『〇ちゃんねる』として運用され続けた。


 イオチャンネルに書き込まれる困りごとの中から、プログラム、ITに関する相談をピックアップし、それを解決するための助言を無料で行った。


 これらの行動で信頼関係を築いた相手とは電子メールなどでやり取りをして、有料でプログラム作成の依頼を受けたりすることがあったため、ちょっとした光志の小遣い稼ぎが成り立ち始めていた。


 そんな中で、とある趣味サークルのデータ共有についての依頼を受けた。レンタルサーバーを借りたり、それらを運用していく知識や費用は持っていないという前提だった。


 光志はネットワークでのデータやり取りを行う上で、サーバーを介して共有するのが一般的だったこのころに、直接個人のパソコン同士を繋げてデータのやり取りを行うシステムを提示した。


 自分のパソコン内の共有フォルダを、共有パスワードで出入り可能にするという、小さいサーバーをたくさん並列でつなぐようなアイディアである。


 このアイディアはその趣味サークルのメンバーに受け入れられたので、光志は無料でプログラムを組んで提供した。この個人のパソコン同士を複数つなぐシステムは、瞬く間に世に浸透していった。後にこの考え方は『P2P』と呼ばれるようになった。


 光志が次に考えたのは、P2Pを『データを配る』ためではなく『データを確かめ合う』ために使う方法だった。


 同じ台帳を世界中の仲間がそれぞれの端末に持ち、取引が起きるたびにページを一枚ずつ増やして鎖のようにつなぐ。各ページには一つ前のページの要約が刻まれるから、どこか一枚でも書き換えれば、その先の鎖がすべて不一致としてはじかれる。


 正しさは『多数の台帳が一致しているか?』で決める。ただしここでの『多数』は単純な数ではない。台帳を検証するために払われた計算や資産の重みで合意が取られる。後からこっそり改ざんするには、世界中の正直者が分散して支払ったコストを上回るコストが必要な設計だ。


 持ち主の証明は、紙の印鑑の代わりに『鍵』を使う。『送る人』だけが知る『秘密鍵』で署名し、『受け取る相手』の『公開鍵』宛てに記す。台帳のどこをめくっても、誰がいつどれだけ移したかが確かめられ、同じ原本を二度使うダブルスペンドも弾かれる。


 これなら、ゴールドの『偽造しにくさ』と通貨(現金)の『扱いやすさ』を、どちらも管理者なしに両立できる。


 そう考えた光志は、カード会社や銀行のような主催者に寄りかからない、『みんなで検算して回す』お金の仕組みに手を伸ばした。


 目的は身内の経済圏だ。


 掲示板で助け合う仲間に「相談の御礼」「コード作成の手間賃」を払う、小さな『肩たたき券』。ただしこれは紙切れではない。台帳に刻まれた署名と検証で所有者が移る、偽造できないデジタルの肩たたき券だ。試作を共有する中で、目の肥えた仲間ほど早く気づく。


 これは『遊び』で済まない。世界のどこへでも届く、誰の許可もいらない、新しいお金の原型だと。


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